宇宙戦艦白雪

烏羽星乃

第1話 祭りという名の戦争

 まんまる窓――玄関の吹き抜けにある丸い窓。

 薄暗く誰も居ない、しぃんとした家の中。ここが幼い私の世界の全て。

 そんな私の世界で許されてるのは、まあるい外の世界を覗くことだけ。

 そこはどんなに手を伸ばしても届かない別世界。

 少しでも近くから覗きたい、階段のちょうど良い段にちょこんと座り、まんまるの空を飽きることなく、朝も、昼も、夜も、ずぅっと眺めていた。


 丸くて真っ青な空に白い雲……ああ、まんまる窓だ……

 いつ私はあの家に戻って来たのだろう。

 おかしいな、隣にもう一つ窓があるよ……窓は1つだけのはず。

 ああ、見覚えがある。この窓はまるで……


「お月様みたいだ」


「夕日乃?起きました?」

「え……あぁ、寝ちゃってたんだ私」

「お菓子パクパクしてたらいきなり寝ちゃって、もうっ年頃の娘が大の字ではしたないですねぇ……」

「うわっパンツ丸見え!まぁいいじゃん、雪ちゃんしかここには居ないんだしさ」

「いえ――ほらカメラシップ。全銀河中継してましたよ?パンツも」

「ギャーッ!言ってよ!ってゆうか判ってるならパンツ隠してよ!」


 眼前に碧く淡く輝く地球とまんまるの月が並び浮かぶ。そこは星の海。

 星の海にセーラー服の少女。二人がはしゃぐのは宇宙戦艦の甲板上。

 地球照を浴び白竜の如く星の海に佇む純白の宇宙戦艦の名は白雪。宇宙戦艦白雪。


「もうすぐ戦争開始ですよ、ほらほら準備しましょ」

「うん、わかった」


 中継用カメラシップに赤面しながら手を振るぱっつん前髪の似合う少女。

 彼女の名は、秋月夕日乃。《あきづきゆうひの》

 その隣で、手を振る少女をやわらかな笑みで見守る純白ロングヘアーの少女。

 彼女の名は、星宮白雪。《ほしみやしらゆき》

 宇宙戦艦白雪の乗員はこの二人だけ……

 いや正確には一人と言うべきかもしれないが。

 滑らかなセラミックの様な手触りのするハニカム構造の半有機アンチスキャン装甲が開口すると二人は飲み込まれるように姿を消し、三人も乗れば一杯のエレベーターケージが乗員室に移動する。

 とても宇宙戦艦の室内とは思えない、まるで自分の部屋の様な薄桃色の壁紙仕立ての小さな部屋が、この艦唯一の居住スペースだ。狭い空間だが窓を模した外を見渡せるモニターが壁に沿う様に配置され、息苦しさは感じられない。


「はい、スーツにお着替えしますよ、すぐ脱ぐ脱ぐ!全裸プリーズ!」

 そう言いながらパパッと制服を脱ぎ、ぽゅんっとブラを外す白雪。

「雪ちゃん、お着替えはいつもハイテンションだねぇ……うっ相変わらず暴力的なおっぱい。いっつも上から目線だよね、それ」

「それは私の方が背が高いから、仕方ありませんね」

「いや、そうじゃなくて」

 慎ましいサイズの少女に向け勢いよく胸を張ると、普段のジト目から形容し難いジト目に変容する。

「夕日乃はコンプレックスを持ってるようですが、あなた体型はスレンダーなのに意外に膨らんでて、こう……ほにゅっと丁度良いのですよ?」

「その手つき、なんかオヤジ臭いよ……まぁ雪ちゃんがいいなら別にいいけどね」

「ふふふ」

 小さな三角形のスーツコアを夕日乃に手渡しながら満面笑みの白雪。


 スーツコアを胸元に押し当て「装着」そう告げるとスーツ地がぶわっと展開する。

 首筋から下全てを薄手のスーツ生地がキュルンと締まり、ボディラインをサテンのように滑らかな手触りの生地でピッチリと覆う。きめ細やかでとても美しいが、見た目に反して高い防御力があり、艦による補佐があれば小型シールド展開も可能だ。


 少々胸を協調するような、夕日乃にとっては、何とも微妙なデザインだが、かれこれ十数年来の付き合い故、今更変更しようとは思わない。

 夕日乃のスーツは耳当て付きの操縦士仕様で白地にチェリーピンクの配色。

 年頃の彼女にとっては、これだけ体線が露わになると確かに気になるだろう。

 だが鑑賞する側としては、開花直前の蕾の様な体つきは中々どうして侮れない。

 汎用型の白雪のスーツは白地に落ち着いた黄緑色。夕日乃のスーツと基本デザインは然程変わらないのだが、唯でさえ大きな胸が更に自己主張してしまい殊更凶悪に感じられる。

「子供の頃は気にならなかったけど、このスーツ。体の微妙な凹凸とか浮き出て本気で恥ずかしいんだけど?」

「そんな微妙な事を気にしてたら、私の艦長なんてやってられませんよ?ほらほら着たら艦橋に移動!」

「何度も言うけど、私って普通に操縦士じゃダメの?」

「艦長です!あと嫁!いや婿?」

「この私が何十年もかけて選んだ、あなたは私だけの艦長さんなのですよ?いい加減に観念なさい」

 後ろから抱き着き、抱き着かれながら二人がハッチを潜り艦橋へ入る。

 乗員室より奥行きはあるが幅は狭くやや先細りの空間がこの宇宙戦艦の艦橋だ。

 艦橋と言っても、外に突き出てる訳ではなく、分厚い装甲の奥深くに鎮座しており、現行の宇宙戦艦の標準仕様と言える構造だ。

 そもそも艦橋という呼び方は、海洋艦時代からの名残でしかない。

 起動前の艦橋内部にはポツンと操縦席があるのみ。

 二人が艦橋に入るとぱぁっと全天周囲型モニターが起動し星の海が映し出される。

 この艦の操縦席は複座型で、例えるならタイヤの無い大型のツーリングバイクの様な形状をしている。

 フロントシートに夕日乃がやや前傾姿勢でまたがり、左右操縦桿にふわりと触れキュッと握る。するとこの艦が承認した操艦深度まで精神接続される。

 これにより夕日乃は思考するだけで許可された範囲での操艦を自由に行える様になるのだ。思考し操艦可能なのに操縦桿があるのはそれなりの理由があるらしい。

 夕日乃の操艦深度はレベルB。ハイパードライブ航法と秘匿兵器ガトリングハイペリオン砲以外の操縦を可能としており、実質最高レベルの操艦深度と言える。

 夕日乃のお尻一つ分後方にあるリアシートは、操作パネル類は一切無いヘッドレスト一体型だ。何故かアームレストにドリンクホルダーは付いてる。

 白雪がリアシートに座り行うのは、まず日々成長する夕日乃の背中から腰、そしてお尻のラインを眺める。それを確認しニンマリとする事だ。

 とはいえ白雪はこの艦自身。夕日乃の為に出来る事はとっくに完了済みである。

 

 二人が着座すると、眼前に現れたインフォメーションスフィアと呼ばれる透明の球体内に艦構造図と、この艦の立体映像が3Dゲーム画面の様に表示され、艦首から艦尾へとチカチカと各部がグリーンに点灯し、状態をチェックしてゆく。

 艦首プラズマビーム砲、各部武装、光子魚雷射出基、アクティブアーム、シールド発生装置……そして最後に艦内部に収納されたハイペリオン砲と呼ばれる大砲が表示される。

 全てがグリーンに染まると≪宇宙戦艦白雪正常稼働中≫と表示されスフィアが縮み、目立たない場所へ移動する。

 操縦席の周囲には常時何らかの表示がチカチカしているのだ。

 夕日乃曰く「SFっぽい」

 彼女の目に入る艦内文字表記は全て日本語に設定されている。

 地球言語として日本語は未登録なので白雪が夜なべして手動入力したのだ。

 そのうち銀河ユニオン共通言語も覚えて欲しいけど翻訳機有るし、まぁいいか~と、キュッとしなやかなエロかわいい尻を眺めながら思う白雪。

 そして、何故か背筋がゾクリとする夕日乃。

「雪ちゃん……何?」

「なんにも?」

 ジト目と真顔。

「戦闘開始20分前ですよ、指定された座標に移動しましょ」  


 銀河ユニオン戦艦祭――白雪の言う所の戦争とは、この祭りの花形バトルシップトーナメントの事だ。

 宇宙戦艦による一対一のトーナメント戦で、エントリーした宇宙戦艦の開発元やオーナーである惑星国家や企業体が己の威信や誇りを賭け、そして商品アピールの為に競う。

 それは試合形式ではあるが、最低限のルール上、最新の強力な武装を駆使し、相手艦の撃沈を目的とした本気の戦闘なのだ。

 安全性には配慮するが、攻撃を受けた艦の乗員は当然死亡する事もある命がけの試合。毎回多数の犠牲を出しており、まさに戦争である。

 今回、その祭りの開催地として地球が選ばれはのは、幸運なのか不幸なのかは、まだ判らない。

 だが夕日乃は白雪に出逢えた事を心の底から幸せだと断言する。

 白雪は自分をまんまる窓の「本物の向こう側」へ連れ出してくれた。

 そして、これほどにも愛してくれるのだから……


 指定された座標は地球赤道上1500㎞の空間、ここは大西洋上空だろうか。

 相手艦は既に地球を挟んで宇宙戦艦白雪の反対の座標に待機している。

 戦闘開始まであと5分。

「どうしたの?雪ちゃん」

 夕日乃が仰け反る様に顔を向け、怪訝そうな表情の白雪を見る。経験上こういう時は何かがあると思った方がいい。

「今、相手の艦艇情報をチェック出来たのですけど、あれは200年前のシュバルツ製の戦艦ですよ」

 艦名バルクロウス。全長465m、エルトロン級巡航宇宙戦艦、ユニオン歴5228年竣工……ハイペリオン砲はあるが武装は特に目新しいものは無い。

「へぇ、物持ちいいんだね」

「いえ、改修し火力増強したとはいえあんな旧式艦をこのトーナメントに出場させるのはおかしいのです。ギンコ姉様が送ってきた情報にも気になる物がありまして」

 送られてきた相手艦オーナー情報がウィンドウにヒュンと映し出される。

「このオーナー情報は偽物で、真のオーナーは……」

 グランドン・ボワードの名が表示される。この祭りの運営委員で、銀河ユニオン最大手造船メーカーシュバルツバルステラ重工との繋がりがある男だ。

「またそいつか!」ムッとする夕日乃。

 シュバルツバルステラと言えば、この白雪を生み出したアトリエクラリアに何かと張り合う大企業で、この祭りに協賛し多数の艦艇を参加させている。

 そして祭りの開催前から何度も白雪に手を出しており、収奪が叶わぬ今、連中はクラリアの最新技術の結晶と謳われるクラリアカラーズの【白】を撃沈したくて堪らないのだ。


「ギンコ姉様が気を付けろ、との事ですが……あんな艦で私に勝てるはずもないのです。確実に私達が圧倒しますよ?でも何か胸騒ぎがします」

「疑わしいのは判った、なら速攻でやっつけよう」

「じゃあどうします?夕日乃艦長さん?」

「ん~最初の予定通り接近戦はやめて、まず光子魚雷をメインにけん制、シールド削ってプラズマ砲の一点集中で撃ち抜く、かな?」

「了っ解!」

 モニターにカウントが現れる。60秒前、59、58、57……

 夕日乃が操縦桿を握り、獲物を狙う子猫の如くぐぅっと前掲姿勢を取り構える。黒曜石の様な瞳にカウントが映り込む。

 宇宙戦艦白雪の主機である四基のハイペリオンドライブ内部螺旋構造体がヒュンヒュンと回転を始めると、キラキラ翠色の粒が溢れだす。

 ……03、02、01、バトルスタート!


「光子魚雷6連射!同時に戦闘速度で発進っっ!」

 シュパパパッ!輝く光の塊が艦尾上部光子魚雷射出口より放たれ、地球の輪郭に沿う様に猛烈な勢いで飛んでゆく。

 その光を追う様に白雪も戦闘速度で加速し、瞬く間に地球の輪郭に消える。

 敵艦バルクロウスが回避行動を取りながら、六角形の粒子エネルギーシールドを複数展開させるも、光子魚雷命中と同時にパパァンと呆気なく消滅する。

 辛うじて全弾命中を避けるも1発が艦体を覆うエネルギースクリーンを掠りプラズマ光が飛び散るとスクリーン出力がガクンと落ちた。

 その刹那、距離を詰めた白雪が艦首及び左右艦翼大口径プラズマ粒子ビーム砲7基で一点集束砲撃を仕掛ける。

 ビームが弾け凄まじい閃光と同時に完全にスクリーンが消失、無防備な艦側面超微粒子複合装甲を紫色の稲妻を纏うビームが貫き、爆発で艦が傾く。

 勝負ありだ。


 いや――何か様子がおかしい。通常ならサレンダーするダメージレベルだが突如暴走したかのような挙動を示し敵艦が加速を始める。

「ちょっ何っ?雪ちゃんどうする?まだ戦闘終了じゃないよね?もっと撃っちゃう?」

「今運営から相手がサレンダーしたからその場に待機せよと通信来ましたが……変なタイミングですねぇ」

 敵艦の挙動に困惑する二人をよそにバルクロウスは更に加速し、不自然に回転しながら大気圏に突入しようとしていた。

 まるで与えられた役を演じるかのように。


「――やっやられたわ!それが狙いですかっ!」

「えっ何っ?」

 白雪が操艦システムに介入し暴走するバルクロウスの後を追う。青褪める白雪に夕日乃も事の重大さを感じ取る。

「この祭りを盛り上げる為の生贄にしたのよ!」

「いっ生贄っ?あの戦艦を?」

「いいえっ那須野原市をです!このコース間違いないっ!あの艦を町に墜落させる気だわっ!私達の目の前でっ!」

 表情を凍らせる夕日乃、そして直ぐ正面を向き白雪を更に加速させる!

「間に合わないっハイペリオン砲は!?」

「ダメッ射角取れないっこれだと東京が消えてしまいますっ!」

 ブワァッと雲海を押し退け、大隕石の如くバルクロウスが猛烈な速度で落下する。

 夕日乃の祖母と白雪の家族が住む那須野原市へ――


「「うわあああああああっ!!!」」


 強烈な閃光が走り、街中に艦が激突した!

 二人がそう認識し、絶望したその瞬間――

 巨大な光の柱がバルクロウスを飲み込むと、そのまま艦を押し戻しながら装甲の一片も残さず消滅させてゆくのだった。

 気付けば一帯を覆っていた暗雲は吹き飛び、真っ青な空を覗かせているのだった。「いっ今のはスターブラスターの輝き?さくら!?」

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