ものがたり

ずわりす

第1話


「3、2、1、よーい」


 名前も知らない男のその一声で、どこにでもあるような小さなラブホテルの一部屋は、大きな舞台へと一変する。


 僕は彼女の赤く塗られた唇に唇を重ねる。

 彼女のそのとろけた表情はまるで「本物」で、僕は慌ててあくまで今の世界の僕は僕ではない何かであることを思い出す。

 この物語に『言葉セリフ』はない。

 演者は表情と雰囲気、喘ぎだけでその全てを表現しなければならない。

 薄暗い部屋の中、僕らはお互いの愛を触れ合いながら確かめ合っているように見せる。

 薄く、強く触れたら壊れてしまいそうなほど華奢な彼女の、透明感のある下着をそっと外し、僕は台本通りにコンドームの封を切り、物語は佳境に近づく。

 今頃だが、アダルトビデオでもないただの深夜ドラマの撮影でここまでする必要はあったのだろうか。なんてことを考えもしたが、僕はあくまで役者であって、作家でもなければ監督でもない。それに僕からしたらそれを悪いものとは思わない。つまり結局のところ気持ちいいしそれでいいのだ。僕は立派ではない。

 この誰だかもわからない彼女役の誰かとそっと体を重ねる。

 音は軋むベッドと彼女の崩壊しそうな喘ぎと、重なる吐息だけである。

 これがどんな映像になるのか僕にはわからない。ただ僕は演じる。


 

 物語は終幕を迎え、そっと肩を寄せて抱き合い撮影は終わった。

 その後僕らは社交辞令のように連絡先を交換しながら駅まで一緒に帰り、意味の無い生産性もない話をし、僕は僕に、また彼女は彼女に戻った。






「........なんていう風に男は思っていたのに、後にこの女に騙されたことを知るの。」


「女は本当は女優じゃなくて脚本家で、台本を作って彼との事実をつくって、コンドームにも細工して、挙句の果てにはラブホを出るところをマスコミに撮らせたの。」


「こうなったら俳優だった男はもう、世間の目とかもあって責任を取るしかなくなって、好きでもない女と結婚をするの。」


「こうして女は自分の欲しかったものを手に入れるの。」



「....そんな男のかわいそうな物語は、面白いと思う?」


 僕はその質問に対して、うんと答えることしか出来ない。


 その返答聞いた彼女はにやけながら、膨らんだ自分の腹部をそっと撫でた。


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ものがたり ずわりす @zuwarisu12

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