この小説が存在するかどうか

「僕はね、インターネットで小説を書いてみることにしたんだ」

「そんな、『父さんはYoutuberで稼ぐことにしたんだ』みたいに唐突に言われても」

 寂れたカフェ、一杯のコーヒーで時間を稼ぎつつ行われる、先輩との創作論ことばあそびはいつものことだ。

「だいたい、この間は『SNS社会は小説にとってよくないー』とか言ってたじゃないですか」

「いやそれはそうなんだけどね、やっぱり小説が存在するだけだと、それは存在してないのと同じじゃないかと思ってね」

小説ガラクタの書きすぎでついに気が狂いました通常運転に戻ったか」

「そうじゃないさ。もっと単純な話で、読まれない小説は存在しないのと同じじゃないかと思うんだよ。読まれ、人の心を動かすことこそが小説の本分じゃないか」

「まるで先輩の小説が本分を果たせるかのような言い方ですね」

 マスタアは皿を洗っている。

「それは読んだ人に判断させればいいさ。とにかく読まれなきゃ意味がないってのはわかるだろう」

「今出してる文芸誌じゃダメなんですか」

「あれは発行数が少ないじゃないか。インターネットならあらゆる人に見てもらえるんだぞ」

「さあどうでしょうねー。インターネットに上げたって、だれにも読まれないと思いますけど」

 スマホを操作してとある小説投稿サイトにアクセスする。

「これ、見てくださいよ」

 新しく投稿された小説のピックアップを見せる。

「これがどうしたんだ」

「見ててください」

 更新する。新しい作品が出てくる。

「このように、大手の小説サイトでは凄まじい量の小説が投稿され、そして埋もれていきます。新着順に載ることのできるのは良くて半日ぐらいじゃないですかね。そして埋もれたら後は誰も読んでくれない」

「それともやりますか?宣伝。ひたすら他人の小説を読んで、コメントつけて相互して、ツイッターで定期的に宣伝して、作者どうしのつながりを広げてPV稼いで」

「先輩はそんな苦労はしょい込みたくないっていうんですもんね」

「いやだってさ、それって小説が良くて読まれるわけじゃないじゃん」

「まるで先輩の小説が、読んでもらえれば急激にファンが増えるような素晴らしいものであるかのような言い方ですね。だったらなおさら宣伝すればいいでしょう」

「小説なんてね、マーケティング読ませ方なんですよ。中身はおまけ」

 マスタアが振り返りもせず言った。

「お嬢ちゃんねえ、そんなにマーケティングがうまいなら、この店を繁盛させてみてくれよ」


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