ラセツライド!

コケシK9

第1話 ゲームと現実の境界線

『ステージ・スタート! レッツ・ファアアアアイト!』

「……は?」


突然、どこからともなく響いてきた電子的な声に困惑する

一人の女子高生、木声社きこえ やしろ

顔を上げ辺りを見渡すとそこは見慣れた大通り。

ただし自分以外は人っ子一人おらず、すべての建物が廃墟と化していた。


今は放課後で自分は帰宅中だったはず。腕時計を見ると、現在午後6時半。

大通りはまだたくさんの人であふれかえっている時間のはずだ。


「な……何が……!?」


混乱が加速する中、さらに彼女を焦らせる現象が起きた。突然、近くの建物の陰から黒い煙のようなものをまとった人型の何かが何体も飛び出してきたのだ。

それらはおぼつかない足取りでよろよろとやしろの方へ近づいてくる。


「え? ちょ、ちょっと待っ……」


思わず後ずさる社の背中に何かがぶつかる。

振り返ると黒い人型が後ろからも次々現れ、向かってきていた。数にして十数体ほど。今ぶつかったのはその先頭の一体だった。徐々に包囲網が構築されようとしている。


見れば人型の手には棍棒のような物が握られていた。


「……ヤバい!」


そう感じた時には、社はすでに走り出していた。目の前の人型の傍を素早くすり抜け、人型のいない箇所を探して全力で駆け抜ける。幸い人型の足は遅く、何とか包囲される前に抜け出すことができた。

とはいえ人型たちは依然として社の方を目指して移動し続けており、

足を止めればどうなるのかは簡単に想像できる。


「あー! もう、何なのよコイツらあああああ!」


答えてくれる者は居そうにないが、突然のこの状況に叫ばずにはいられなかった。


「敵キャラだよ。ステージとか何とか言ってたろ」

「!?」


真横から男の声がした。思わず足を止めて振り向くと、黒いジャケットを羽織った長身の男がこちらに背を向けて立っていた。暗いうえに慌てていたのですれ違ったことに気づかなかったらしい。


人型は少し距離が開いたとはいえまだ社を追いかけて迫ってきているが、男はそれを見ても動じない。


「て、敵キャラ? そんな、ゲームみたいに……」

「ゲームだよ。タチの悪い戦闘リアルゲームだ」


男はそう言ってポケットから装飾のついた四角い箱のような物を取り出し、左手首に押し付けた。すると箱からベルトが出現し、左手に巻き付き腕時計のようになる。男は怪訝な顔で自分を見る社を背に、今度は100円玉を取り出し頭上に向かって放り投げた。


『ピコーン! カードがもらえるぞ!』

「……?」


謎の電子音声とともに100円玉が消え去り、

代わりにトランプほどのサイズの一枚のカードが

男のもとに降ってきた。それをキャッチした男は、


「もう持ってるなコレ……まあいい。これで変身プレイはできる」


とつぶやき、カードをポケットにしまう。


「何そのカード……いや、そんなことよりあいつら来てる! 早く逃げた方が……あの、聞いてます?」


慌てる社の声を無視して男は左手に巻き付けた機械のボタンを押す。


『アーマー!セレクト!』


再びの電子音声とともに、男の前に複数のカードが

SF映画の立体映像のように表示された。


「張り切ってるところ悪いが、やりたいゲームはなんだ」


男は映像のカードの一枚に指で触れる。


『OK! ヴィビーシャナ!』


その瞬間、その場に物理的な旋風が巻き起こった。砂が巻き上げられ、社は思わず目を閉じる。


『ボウ・フウー!マジュツノメー!ラ・セ・ツ・オー!……アトガマァ』


テンションの高い謎の歌が流れた後、風が止む。社が恐る恐る目を開けると目の前の男の姿が変わっていた。


各部に金の装飾を身に着けた、漆黒の肌を持つ筋骨隆々な肉体。

金の仮面がその表情を覆い隠し、頭部から一つにまとめられた深紅の髪が後ろに伸びている。神話か何かの物語に出てくる戦士のような姿だった。


「ニュータント!」

「俺じゃない。がそうだ」


その姿を見て思わず口に出した社の方へ振り向き、左手の機械を指さす戦士。


「そっち?」

「こっち」

「へー……って、前! 来てる!」


見れば先ほどまでよろよろとゆっくり移動していた人型が走り出し、戦士の方へ殺到してきていた。社は顔を真っ青にし、走って逃げる体勢に入るが戦士の方は全く慌てた素振りも見せず、右腕を大きく横に薙ぐように振った。

その腕を追いかけるように再び物理的な旋風が巻き起こり、

人型を一気に十数体、すべてまとめて吹き飛ばす。

吹き飛ばされた人型は地面に叩きつけられそのまま黒い煙になって消滅した。


すご……」


謎のウイルス、ニュートラルに感染して生まれた超人”ニュータント”について

ニュースで見ない日はないが、実際にその力による戦いを目の前で見たのは社にとって初めてのことであった。腕を振っただけで竜巻を起こすという、物理法則に正面から喧嘩を売るような所業を目の当たりにして思わず立ち尽くしていると、戦士が突然、社の方へものすごい速度で突っ込んできた。


「え、何!? ひぃっ!」


たった今見せつけられた圧倒的な力が迫ってくることに恐怖し思わず目をつぶる。

しかし予想した衝撃はやって来ず、代わりに背後で何かが地面に叩きつけられる音が響く。

社が目を開けて振り向くと、人間と同じサイズの巨大なカマキリが地面でもがいていた。どうやら背後に迫っていたらしい。


「た、助けてくれたの?」

「まあな……ちょっと下がってろ。多分こいつがボスだ。倒せば


そう言って戦士は左腕の機械のボタンをもう一度押す。


『アクション!セレクト!』


先ほどと同様にカードの映像が戦士の前に並ぶ。戦士は素早く変身の時と同じカードに触れた。


『OK!ヴィビーシャナ!オーバーラアアアアアアアアアアイド!』


相変わらずテンションの高い電子音声とともに、先ほどよりも一層強い旋風が戦士の足元に巻き起こり、その体を空中へ持ち上げていく。

戦士はある程度の高さで静止すると、たった今やっと立ち上がった巨大なカマキリに向かって急降下。強烈なドロップキックを食らわせた。

カマキリは何もできないままその蹴りをまともに受け、先の人型と同じように黒い煙となって散った。


『ステージ! クリアー!』


軽快なファンファーレが響き渡る。


ふと気づくと、社の周りを大勢の人が歩いており、

周囲の建物も廃墟ではなくなっていた。見慣れたいつもの帰宅風景だ。


「……何だったの?」

「詳しくは俺も知らん。だがまあ、クリアすればこうして出られる」

「あ、さっきの……」


先ほどの男が社の後ろに立っていた。変身は解け、黒いジャケット姿に戻っている。


「今後は気を付けろ……って言ってもどうしようもないか。もしまた巻き込まれたら……アレだ。善良なタイプのニュータントが一緒なことを祈れ。それじゃ」


男はそれだけ言ってさっさと立ち去ってしまった。


「あ、ちょっと待って!」


追いかけようとしたが、男はさっと人ごみに紛れてすぐに見えなくなってしまった。結局何が起こったのか詳細は分からず、社は悶々としながら家路についた。


―アーク・ノワール・ゲームズ 社長室―


町中のとあるビルの最上階、ゲーム会社「アーク・ノワール・ゲームズ」の社長室。部屋の重厚なデスクに腰掛ける一人の青年のもとに、シワだらけのシャツを着たメガネの男が書類を手に訪れた。


「失礼しますよ。昨晩までのテストの記録がまとまりましたんで、目ぇ通してもらえますか」


デスクに腰掛けた青年、アーク・ノワール・ゲームズ社長、我流 最野がりゅう ざいや


「ご苦労」


とだけ言い、笑顔で書類を受け取る。

書類に目を通していくうちにその笑顔は邪悪なものになっていく。


「素晴らしい。スポンサーにいい報告ができそうだ」


我流は立ち上がり背後の窓から街並みを見下ろす。


「ここから見える大勢の人々、彼ら全員の命は我々の手のひらの上、というわけだ」

「ただ、何回かはクリアして脱出されちまってます。今の難易度じゃあヒーローどもを倒すのは……」

「ああ。バージョンアップが必要だな。そのためにもデータ収集が必要だ。彼には期待させてもらおう」


そう言って我流はまた邪悪に笑い、デスクに置いた書類に目を向ける。そこには、昨晩戦っていた黒いジャケットの男が写っていた。写真の横にはどこからか調べた男の名前が書きこまれている。


来渡 良雪きわたり よしゆき……記念すべきテストプレイヤー第一号だ。本人にそのつもりはないだろうがね」

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