森羅万象玉手箱
鈴埜
ランナー
真っ白な光の先を見つめて、僕は待ちに待ったこの日到来に、心の底から、世界に愛を叫びたい気分だった。いや、愛を叫んだら大惨事なので、叫ばないけど。とにかく、ほんとうに、とんでもなく、僕はこの瞬間を長い間じっと耐えて待ち続けてきたのだ。
ああ、やっぱりあれかな、ちょっと踊ってもいいかな。
そんなそわそわに気づいたのだろう。後ろからヤジが飛んでくる。
僕は冷たい目でそちらをみやる。酒で顔が真っ赤になった猿親父がシシシと下品に笑っていた。
大晦日どころか、ずっと前から飲み続けている。尻まで真っ赤に染まって、何とも情けない。だが、いつもならイラっとくるその姿も、今日の僕は簡単に許せてしまう。それくらい、心に余裕がある。寛大といってもいい。
ああ。やっとこの日が!!
除夜の鐘が百八つ。毎年決められた数をつき終わるとき、彼女が向こうから現れる。
いや、誤解しないで欲しい。僕が待っていたのは彼女でもないし、彼女というのが恋人という意味でもない。
僕の順番が来たということだ。
彼女からバトンをもらって、今度は僕が走者になる。
「う・さ・ぎくーん!!」
虎子さんの黄色い声じゃなくて、大半の小動物が恐怖に直立不動してしまう怒声が、地じゃなくて雲の上を這って辺りに響く。
たぶん今僕の左腕にくっついてる辰美さんの緑色した顔が気に入らないんだろう。
最近流行の草食系男子としては、まごう事なき肉食系の彼女と、神の如き彼女に挟まれているという事態は、心労で大好きな人参を食べ残してしまうくらい辛いことなのだ。
だから、十一年間待ちに待ったこの瞬間。一年間雲の上を走る僕の年は本当に、嬉しいものなんだ。
お帰りなさい虎子さん。
代わりに僕が出発です。
さようなら辰美さん。
虎子さんがいないのをいいことに、僕を引っ張り回してくれてありがとう。円形脱毛症で背中が可哀想なことになっていたのに気がついてくれませんでしたね。貴女の散歩はいつも音速の壁に近づいて恐怖以外の何ものでもなかったです。
幸せの扉よ開け! 年女、年男の諸君、一緒に喜びを分かち合おう!
青い空、白い雲。虎子さんが僕の元へ持って来た年越しのバトンを手に、僕は颯爽と走り出した。
雲の上を軽やかに、白に白いウサギが走ってると保護色になるけれど、まあその方がたまに横を飛んでいる飛行機に見つからなくていいかな。
月の兄さん、僕は、今年は元気です。
来年は、辰美さんがいないのをいいことに僕を引っ張り回す虎子さんのことを考えると憂鬱だけど、十二年に一度のこの僕の平穏な年を精一杯楽しもうと思います。
あけましておめでとうございます
森羅万象玉手箱 鈴埜 @suzunon
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