第三章 花弔封影 PART10

   10.


      8月8日。


 千鶴は三周忌を迎えるため凪の店に寄っていた。父親の仏壇に飾る花を買うためだ。


 顔を出すと、なぎとその母親・かえでが店の中にいた。


「やあ千鶴ちゃん。店に来るなんて珍しいね。お花なら葬儀場でいつでも分けてあげるのに」


 楓の冷たい視線が凪に刺さる。彼は視線から仰け反るようにして続けた。


「っていうのは冗談だ。やっぱり親しき仲にも礼儀ありだよね。今日は何用かな?」


「両親のお花とお見舞い用のアレンジメントを作って貰おうと思って」


「そっか。じゃあ香りがきついものは止めて置いた方がいいね」


「うん。夏だから涼しい感じがいいかな」


「よし、じゃあ葉物多めのアレンジメントはどう? 白とグリーンだけだったら見た目も涼しいし、香りも少ないからさ」


「そうね、それでお願いします。それは何の花?」


睡蓮すいれんだよ。花言葉は『純潔』。花自体は持たないけど、がくが残るんだ。そのまま置いておいても可愛いよ」


「夏らしくていいわね。きっと喜んで貰えるわ」


 凪がラッピング用のリボンを作っている間、千鶴は横長の掛け軸に目を奪われた。そこには『月運花馮』と太い字で書かれてある。


「これさ。前から思ってたんだけど、どういう意味なの?」


「月の運は花に頼るっていう意味らしい。花屋は花がなければ何もできないからね」


「面白いね。嵐さんが考えたの?」


「いや、じいちゃんが考えたみたいだ。今の意味も親父が勝手に考えただけで本当の意味は誰にもわからないんだ。他にも意味があると思うよ。わざわざ字を変えてあるんだからさ、きっとね」


 そういう凪の横顔は澄んでいた。きっと彼自身にも別の解釈があるに違いない。


 アレンジメントはリボンが添えられると共に完成した。白とグリーンの配色が心を穏やかにする。清潔感もあるし何より美しい。


「うわぁ、綺麗ね。これなら喜んで貰えそう」


「そうだろう? たっぷりとサービスしたんだからさ、今度お茶でも……」


「それとは別よ」


 千鶴は笑みを零していった。


「凪さんの株が上がったのは確かだけどね。誘うのならお姉ちゃんにしてよ」


「あいつを誘うには月に一度しかないだろ」


 凪は唇を尖らせながら呟いた。楓に聞こえないくらいにだ。


「いいじゃない。月に一度でも。お姉ちゃんだって喜ぶよ」


「あいつを喜ばせても何の得もねえよ」


「あら、凪さんには何の得もないっていうの?」


 千鶴が挑戦的な目つきで見ると、凪は一歩後ずさりした。


「んじゃ三人で行こうか。その時はバイキングにでも連れていってやるといっといてくれ」


 ……まったく素直じゃないんだから。


 口元を緩めてアレンジメントの入った袋を握った。


「それじゃあね。またお願いします」


「うん、ありがとう。またよろしく」


 楓にも挨拶を交わした後、病院へと向かうことにする。目的の病室へまっすぐにいくと、そこには見舞い相手がいた。


「午代先生、お花をお持ちしましたよ」

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