第二章 月運花馮 PART4

  4.


「お前の仕事はいつも遅い。病院の配達など、すぐに終わるだろう」


「今日は特別病棟だったから時間が掛かったんだ。それに体を動かすことができない人だったから花瓶に水を汲んだりしてたんだよ」


「言い訳はいい。仕事が決まった、早く帰って来い」


「いくらだ?」


「百万の祭壇だ」


 嵐はプレッシャーを掛けるような声でいった。


「神道で性別は男性。年は86歳、天寿を全うしたみたいだ。さっさと帰ってこい」


「はいはい、わかったよ」


「はい、は一回でいい」


「はいよ」


 凪が言葉を告げる前に電話は切れていた。大きく溜息をつき車のエンジンを掛ける。


 急いで戻ると、嵐は花束を山のように作っていた。大柄な男が花に囲まれている風景はいつ見ても異様にしか見えない。


「今回の葬儀、菊は使っていいのか?」


 凪はバケツに入った菊を覗き込みながらいった。


「いいみたいだ」


 嵐は伝票を確認しながら頷く。


「だが一番下の段は水盤を置くなよ。供え物が来るんだからな」


「わかってる。じゃあ、さかきを二ケース持っていこうかな」


 仏式は何度も経験しているが神式は初めてだ。それに一人で菊のラインを描けるようになってまだ一年しか経っていない。自然と体が強張っていく。


 ……今日は兵隊挿しがいいだろう。


 頭の中で嵐が作った祭壇を何度もイメージし、神道ならではのラインを決める。


 倉庫にある大型のキーパーから程よく開いた白菊をダンボールに詰めた後、店の表側に回った。表には店売りの洋花がある。


「お袋。白の洋花を貰うよ」


 楓は凪の方を振り返り、すかさず店のキーパーからカサブランカを取り出した。


「神式だったわね。丁度よく咲いてるからこれ使って。後は何でも好きなもの持ってっていいよ」


 頷きながらキーパーに手を入れ、使えそうな花を物色する。神式なら榊がほぼ中心になるだろうから、必要以上に洋花は持っていくまい。これは担当者にもよりけりだが。


「白のスイートピーがあるんだけど、どう? 季節の花だし、喜ぶと思うわ」


「うーん、今日は止めとくわ。代わりにデンファレにしとくよ。大量に余ってるしさ」


 葬儀社から送られてきたFAXを確認すると、そこには千鶴にいわれた通り、千月の名が書いてあった。


「千月が担当で間違いないな。んじゃこれも持っていくか」


 キーパーの奥にある希少な春紅葉を手に取った。今の時期でも珍しく赤に染まっている紅葉だ。それに先ほど花束に使ったダリアを取り出す。


「どうして春の花を持っていかないで秋の花を持っていくの?」


「故人が好きだった花だからだよ。千鶴ちゃんから聞いたんだ。今日の故人は秋の花が好きだったってね。祭壇は白グリーンになるから、思い出コーナーくらいは秋色にしてやらないとね」


「ふうん。それなら仕方ないわね」


「……おい」


 嵐が鋭い眼光でこっちを見ている。


「担当者が千月ちゃんだろうと手を抜くんじゃねえぞ。俺に恥をかかせるなよ」


「もちろんわかってるよ」


 彼は舌打ちしながらいった。


「他の担当者だったら、あれこれ文句つけて来るんだよ。色だって担当者が好きな色になっちまう。親父の祭壇には文句をつけねえはずなのに」


 そういうと嵐の大声が店の戸まで竦み上がらせた。


「当たり前だっ。俺には信頼がある。お前にはない。俺が何年掛けて築き上げてきたと思ってるんだ。さっさと行って来い、馬鹿息子」


 ここで言い争いをしていても仕方がない。挿さして貰えるだけまだマシだ。隣にいる楓は耳を押さえながら早く行けと目で合図をしている。


 嵐の語気が荒くならないうちに、凪は素早く軽自動車に乗り込んで逃げるようにして斎場に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る