第一章 花弔封月 PART2
2.
「故人様は新たなる旅立ちに出られます。どうぞ、黙祷を捧げて下さい」
……今日の告別式も順調にいきそうだ。
左手にある腕時計を眺めて確認すると、予定通りの配置に二つの針が重なっていた。このまま故人を乗せた車は
バスが出るのを見送ってから中ホールに向かうと、緑のハイエースが止まっていた。
「まさか正月早々から仕事が入るとはなぁ。それでも予定通りに終わらせるのはさすが千月だな」
そう呟いたのは花屋の
「誰がやったって一緒よ。そんなことより早く生花を片付けてよ。今日はすぐ帰ってくるわよ、火葬場も空いてるみたいだからね」
「へいへい、わかりましたよ。新年早々、うるさいやつだな」
今日は1月3日、三箇日最後の日だ。今回の仏様は大晦日に亡くなったが、遺族の意向で通夜は2日、式は3日という日取りで決まっていた。それに元々、元旦は火葬場が閉まっており出棺自体ができない。
……さてと、
参列者の椅子を減らし祭壇のチェックを行なう。いつも通り蝋燭の火を点検し枯れた花がないか目を這わせる。この時期は暖房が入っており斎場の花は日持ちしない。
だが今回は特に問題なさそうだ。確認を終えた後、事務所に戻り一息入れることにした。
◆◆◆
初七日の準備を終えて二時間後、遺族を乗せたバスのエンジン音が響いてきた。玄関前に手を洗う水台を転がしながら、喪家を出迎える。
「お帰りなさいませ。それでは納骨した壷を祭壇に飾らせて頂きます」
「はい。お願いします」
故人の息子・
「後は初七日だけですね。本当にありがとうございました」
彼は骨壷を渡しながら頭を下げてきた。
「今回の祭壇も本当に素晴らしかった。前回、母さんと同じようにして貰って父も喜んでいると思います」
「こちらこそありがとうございます。
「そうです、もう4年前にもなるんだなぁ。時が経つのは本当に早いですね」
子角は思い出すように頷いている。
「あの時は父さんに任せっきりだったからなぁ。それでも、あなたのお父さんのお言葉、今でも覚えていますよ」
「ありがとうございます」
相槌を打ちながらロビーに掛かってある掛け軸を目で追った。
『
千月の父・
「私もきちんとしておこうと思います。こういうことはうやむやにしてしまいがちになりそうですが、今回の件で思い知らされました。私もまだまだ、といえる年でもないので」
「備えることは大切だと思います。私もこういう仕事をしていながら、身内で起きた時は慌てましたからね」
「なるほど。やっぱりそういうものなんでしょうなぁ。是非今度、相談させて下さい」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
喪主が椅子に座ると、故人が世話になっていたお寺様が再び登場しお経を上げ始めた。
……今回のお経は長引きそうだ。
同じ宗派であっても人によって長さが違う。今回の方は念入りに唱える方だ。長くて40分といった所か、時間に合わせて料理も用意した方がいいだろう。
読みが当たり40分後には初七日を終え精進落としに入った。料理を運びながら遺族の心中をそれとなく探る。昨日の通夜とは打って変わって明るい雰囲気に様変わりしている。今回も無事、故人との別れに決着がついたようだ。
……よし、時計のズレもない。
オーバーホールを終えた機械式の腕時計を見て肩の力を抜く。
千月は胸を撫で下ろしながら、部屋の扉をゆっくりと閉じた。
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