第19話 退院の日はいろいろ寒かった

 窓の外は雪こそ降ってはいないが見るからに寒そうな朝だった。鳥が斜めに流されながら飛んでいる。今日も起床と同時に筆を執っているが、ここで完結できそうもない長さになってきた。記憶のあるうちに要点だけ書き記して退院後に仕上げよう。


 *「右腕のバンドを外しますね。」


 名札に初心者マークのシールが貼ってある看護師さんだ。点滴は既に外されている。名前とバーコードがプリントしてあるバンドが切り落とされた瞬間、私のこのベッド一角が自分のいるべき空間ではないように思えた。このベッドを本当に必要としている患者さんがいるんだと。


 入院する時、3日後には退院しているんだと思った。術後の腰痛で苦しんでいる時は早く時間が過ぎ去ってほしかった。しかし今、退院の11時が待ち遠しくなければ寂しくも感じた。


 入院費の支払いを済ませた領収書にはいろんな名前の薬品や点滴の種類が記載されていた。バーコード管理していたのでこの辺の処理も電子化され効率よくなっているようだ。


 762号室を出る時、翁達はカーテンの向こうでそれぞれの時間を過ごしていた。結局、s翁とo翁の顔は知らないままだった。廊下では点滴を曳きずる患者やせわしく動き回る看護師、ナースコールを告げるランプの点滅。その中を病棟に不釣合いな格好をした大きなボストンバックを担いだ相対的若者46歳が歩いてゆく。この建物を出たら若者ではなくなるのか。



 3日ぶりの外は澄み渡った晴れ。風は非常に冷たい。

 普段の日常が戻ってきた。結石は星の砂のように砕かれた。パチンコ玉サイズの石がなくなった穴は退院おめでとうの言葉で埋めても、なんとなく寂しく冷たい隙間風が吹いているようだ。


 2週間後の26日にステント摘出のため、もう一度ここに帰ってくる。その時もあのCDを聞きながら来るだろう。



 ♪見えない敵はいつもお前の中にいる。戦う勇気もまたお前の中にある。



 GO AHEAD!

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