第26話『クーデター-前編-』
ホモ・ラブリンスによる襲撃未遂から初めての学校。リーダーの『ばらゆり』が近くにいるかもしれない、という不安を抱える中、1日過ごしたが、特に何事もなく放課後を迎えることができた。これも由貴や梓達が私のことを守ってくれたからだろう。
「じゃあね、真央。気をつけるんだよ」
「うん、ありがとね」
「何かあったらすぐに連絡してね。すぐに真央ちゃんの所に駆けつけるから」
「ああ」
そう言って、由貴と梓はそれぞれの部活に向かっていった。今日はシフトが入っていないから、部活を見学させてもらうのもありかもしれないけれど、二人の邪魔になってしまうような気がして、一緒に行く気にはなれなかった。
特に宿題も無いし、今日は真っ直ぐ家に帰ってゆっくりしようかな。そんなことを思いながら、私は高校を後にする。
「そうだ、コンビニで何かお菓子でも買うか」
由貴にクッキーを貰って以来、少しずつ甘い物が好きになってきている。バイトを始めてから、コンビニスイーツという安価で美味しいものがあることを知った。食べたことのないスイーツばかりなので、週に一、二度買っている。
どうせなら、バイトをしている店舗で買おう。そのために抜け道となっている、人気の無い路地へと入っていく。
――ガシッ!
突然、後ろから誰かに抱きしめられる。
手の位置や、背中に感じる柔らかな感触から、私を抱きしめているのは私より背の低い女性であることが分かった。
お前は誰だ、と訊こうとしたときだった。
「……安藤さんの匂い、やっぱりいい……」
それは聞き覚えのある声だった。
ただ、声は覚えていても名前は知らなかった。それでも、彼女の声を耳にした瞬間、驚いてしまったんだ。
「私は逃げないから、君の顔を見せてくれ」
私がそう言うと、彼女の抱きしめる強さが幾らか和らいだ。その瞬間に振り返ると、そこには私の胸に顔を埋めている黒髪の少女がいた。制服は私の着ている制服と同じ、縁高校の制服だ。
「顔を見せなくても、声で分かるよ」
「……嬉しい。覚えてくれていたなんて……」
少女はゆっくりと顔を上げる。うっとりとした表情をして私を見つめている。
「声は覚えていても、名前は知らないんだ。教えてくれないかな」
声は知っていても、名前は知らない。そう、何故なら彼女は小田桐に由貴のことが好きだと宣言された日の昼休みに、私に告白してきた女の子だったからだ。
「……高畑花音たかはたかのん。それが私の名前だよ」
「花音か。いい名前だね」
花音は照れているからなのか、視線をちらつかせる。
「……安藤さんの名前だって、いいと思うよ」
「……どうもありがとう。でも、世間話はここまでだ。どうして、人気の少ないところでいきなり私を抱きしめているのかな」
そう問いかけると、花音の眼が潤む。
「安藤さんのことが好きだからだよ。一度、振られちゃったけれど、それでも諦めきれないの」
「……君を振ったときから、変わらず私はある男の子のことが好きなんだ。花音の気持ちは嬉しいけれど、花音と付き合うことはできない」
「……それって、同じクラスの岡本君のこと?」
「……そうだよ」
誰かに私の好きな人が由貴だって言われると、結構ドキドキしてしまうな。顔が熱くなってきた。
「赤くなった安藤さんの顔、可愛いね」
「……うるせえ」
「岡本君のこと、相当好きなんだ。それって、やっぱり可愛いから?」
「……それもある」
嘘をついたところで仕方がない。由貴の可愛さに惹かれたのは本当なんだし。
「でも、私だって可愛いよ。男の子の可愛さなんて、所詮は張りぼて。可愛いっていうのは女の子に向かって言うべきことだと思うの」
「ふざけるな。可愛いと思ったら、どんな人も可愛いんだよ。男とか女は関係ない。花音は可愛いけれど、今の一言で嫌いになりそうだ」
私の価値観を否定されたからではない。今の彼女の言葉には由貴そのものを否定されたような気がしたから。可愛い男の子なんてあり得ない、と。
「私のことが嫌いになれるのかなぁ」
「えっ?」
「……こうして抱きしめている瞬間を、今、私の友達がどこかで撮影しているんだよね。もし、私を突き放すようだったら、岡本君にこの動画を見せちゃおうかな」
「何だって……?」
「……ねえ、もっといい動画にするために、私を口づけしてくれない? あなたと初めて口づけしている場面を見たいのよ」
由貴に見せるだけではなくて、個人的な欲求を満たすためでもあるのか。今も、どこかで私達のことを撮影している協力者がいるのか。
「安藤さん、大好き」
再び、花音が強く抱きしめる。私は彼女の体を離そうとするが、
「突き飛ばしたりしたら、暴力になるよ。岡本君って、暴力をする人って嫌いらしいじゃない。何かしたら暴力されたって岡本君に言っちゃおうかな」
「……どっちにしろ、私は花音と付き合わなきゃいけないってことか」
「その通り」
なるほど、随分と計画的だな。私のことや由貴のことをよく調べ、その上で計画を実行している。
「なあ、花音。一つ訊いていいか?」
「なあに?」
「……付き合う、ってことは……私も花音も幸せな気持ちになるべきだよな」
「もちろんだよ」
花音は迷いなくそう言った。
なるほど、やはりとは思っていたけれど、その可能性が高そうだ。花音も……沙織さんと同じなんだ。
「なあ、花音。もう1つ、訊いていいかな」
「……いいよ」
あの時の告白と、今とでは全く性質が違う。どちらも私のことが好きだという純情な恋心から始まったことだけれど。
「今回のこと、誰に命令されたんだ?」
沙織さんと同じで、こんなことをするのは花音の本意ではないはずだ。私に頑張って告白したような子だから。
「そ、それは……」
初めて花音は動揺している様子を見せる。やっぱり、そうだったか。
花音は私という女の子に告白を断られたけれど、諦めきれなかった。意中の女の子と恋人同士になりたい。そんな彼女はきっと――。
「……ホモ・ラブリンスのメンバーになったんだな、花音」
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