第24話『闇に隠れる』

 午後6時。

 由貴、梓、桃花と一緒のバイトも無事に終わった。

 3人に対しては日雇いという扱いなのでバイト代が支払われた。3人とも驚いていたから、想像以上の額をもらったようだ。どのくらい貰ったのかは気にはなったけれど、訊かないことにした。

 桃花とはコンビニの前で別れ、由貴、梓と三人で私の家の前まで帰った。そして、梓は私に気遣ってくれたのか、早々に自分の家に帰っていった。

「……2人きりになっちゃったね」

「そ、そうだな」

 どうしよう、急に緊張してきたんだけれど。私の家の前だし、強引に家に連れ込んであんなことやこんなことを……って、本人のいる前で何てことを想像しているんだっ!

「どうしたの、恐そうな顔をして」

「……な、何でもないよ。疲れが顔に出ちゃったのかなぁ」

 あははっ、と笑いながらごまかす。

「そうだったんだ。真央、時々、目を鋭くして外とか見てたよね」

「昨日、私を襲った奴らがいるかどうか気になって」

 みんなの前ではなるべく怒った表情を見せないように心がけているけれど、昨日のこと考えるとどうしても……ね。

「……そういえば、真央を襲おうとした人達ってどういう人なんだろう」

「……沙織さんは私のことが好きみたいで。告白された後に、数人の女性が部屋に入ってきて、襲われかけたんだ。その時、自分を含めてホモ・ラブリンスのメンバーだって沙織さんが言っていた」

「ホモ・ラブリンス……僕もそのグループのことは聞いたことがあるよ。同性愛を応援するグループなんだよね。学校で友達から聞いたことがある」

「そ、そうなのか」

 由貴は可愛いからな。彼のことを狙っている男子がいてもおかしくはない。ただ、可愛いこともあって、女子よりも男子と付き合う方が自然な感じがしてしまう。彼のことが好きだというのに。

「どうしたの、ため息ついちゃって。昨日のことを思い出して……?」

「……いや、バイトでちょっと疲れただけさ」

「真央、丁寧に教えてくれたもんね。今日は本当にお疲れ様」

「ありがとう。由貴もお疲れ様。一緒にバイトができて楽しかったよ」

 できれば、これからもずっと由貴と一緒にバイトをしていきたいけれど、そんなことが言えるはずもなく。

「話が脱線しちゃったね。何だか、僕のイメージしていたホモ・ラブリンスとは違うね。主にネット上だけれど、もっと……寄り添っている優しい感じかな、って思ってた」

「主にSNSを通じて活動しているらしいからな。オンラインの世界では優しくても、オフラインでは違うってことかもしれない」

「実際に、真央はホモ・ラブリンスのメンバーに襲われかけたんだもんね。手荒なことをしても、恋を成就させようと動くメンバーが少なからずいるってことか」

「信じたくはないけれど、昨日のことがあると……そうなんだろうな」

 ただ、去り際に見た沙織さんの涙がずっと気になっていて。

「もしかしたら、沙織さんは本当に私への恋心について、他のメンバーに相談しただけで、本当はあんなことはしたくなかったのかもしれない」

「どうしてそうだと思うの?」

「……沙織さんが悲しい顔をしていたから。私を襲うことが彼女の本当にしたかった行動ではなかったように思えるんだ」

「じゃあ、誰かから真央を襲え、っていう命令を受けたってこと?」

「……多分ね」

 昨日、沙織さんと一緒にいた数人のメンバーの誰か……なのだろうか。しかし、沙織さんは彼女達に「一緒に愛でる」という命令をしているように見えた。ということは、あそこにいたメンバーが沙織さんに昨日のことを提案したとは考えにくい。

 となると、考えられるのは――。

「……まさか、『ばらゆり』が命令したのか?」

「ばらゆり、ってなに?」

 由貴は首を傾げる。かわいい。

「ホモ・ラブリンスのリーダーのハンドネームらしい。梓から教えてもらった。ただ、その『ばらゆり』っていうのは、ハンドネームしか分かっていないんだ」

「性別も年齢も分かっていないんだね。真央のことを聞くと、その『ばらゆり』っていう人が怖く感じるよ。もしかしたら、その『ばらゆり』さんが真央のことを襲えって月島さんに命令したのかもしれないし」

「……私も同じことを考えていた」

 ホモ・ラブリンスのリーダー『ばらゆり』が昨日の出来事の黒幕だとしたら。沙織さんのあの時の表情にも納得できる。したくないけれど、逆らえない。あの涙は私に対する罪悪感だったんだ。

「ということは『ばらゆり』さんって、意外と僕達の近くにいるのかもね」

「……恐ろしいこと言わないでくれよ。背筋が凍ったぞ」

 さらりと言われると怖さが倍増する。

 でも、由貴の言うとおりだ。昨日のような計画を企てるには、沙織さんが『ばらゆり』に私のことを事細かく話すか、実際に自分で私のことを詳しく調査する必要がある。もし、私を襲うことが沙織さんの本望でないなら後者である可能性が高い。

「仮に私の近くに『ばらゆり』がいたとしたら、それは一体誰なんだろう?」

 私がそう呟くと、由貴は腕を組んで一生懸命考えている。その顔がとても可愛い。

「……クラスメイトとか?」

「……もしそうなら近すぎるな……」

 ただ、近ければ近いほど私のことは観察しやすくなる。

 私を酒で酔わせたこと。私を襲おうとした際に複数人だったこと。それが私という人間を知った上で考えられていたことであれば、ますます『ばらゆり』は私や由貴のすぐ側にいる可能性が高くなってきた。もしかしたら、今、この時も近くに張り込んでいて、私達の会話を聞いているかもしれない。

 昨日のことの真実も、『ばらゆり』の正体も今はまだ闇の中ってことか。

「……これで、少しは真央の役に立てたかな」

「えっ?」

「……昨日、電話でも話したけれど、真央が襲われようとしていたときに、僕は何にもできなかった。それがとても悔しくて。まあ、今の会話で何か役に立ったんだろう、って少しでも自分を納得させたいと――」

「そんなわけない!」

 自嘲する由貴の言葉を断ち切る。

「真央……」

「……由貴が何も役に立ってないわけないだろ。だって……」

 襲われようとしたときに由貴の顔が浮かんだ……ことは事実だけれど、それを言いたいけれど……どうしても、言葉に乗せることができない。

「……由貴は私のことをこんなに心配してくれて、私の家に来てくれて、一緒にバイトもしてくれて。そんな奴が、何も役に立ってないわけないだろ。私が襲われかけたときに何もできなかったのは当たり前だ。むしろ、桃花や小田桐が助けてくれた方が信じられないくらいなんだからな。だから、悔しがる必要なんてないんだ」

 お礼を込めて、由貴の頭を優しく撫でる。

 優しいのはいいけれど、自分の心が痛んでしまうほど優しくなくていいんだと思う。私には十分に由貴の気持ちが伝わっているから。

「……ありがとう、真央」

「……それは私の台詞だよ、由貴。ありがとう」

 何だか高校生になって、ありがとうって言うことが凄く多くなったような気がする。それはきっと由貴のおかげだろう。

「……真央の言葉がとても温かく感じるよ」

 そして、由貴はようやく笑顔を見せてくれる。その笑顔がとても温かく感じる。

「これからも、真央の役に立てるといいな」

「……その気持ちだけでも、十分に私の心を支えてくれているよ」

 もし、由貴がいなかったら……私は今日という日を普段とほとんど変わりなく過ごせなかったかもしれない。昨日、あんなことがあったのに、むしろ楽しいとさえも思える日曜日を過ごせたのは、由貴達がいたからなんだ。

「……そっか」

 そっかぁ、と由貴は嬉しそうに何度も呟いていた。

「じゃあ、また明日……学校でね、真央」

「ああ、そうだな。また明日、由貴」

「うんっ!」

 そして、由貴はゆっくりと私の家を後にした。

「……良い雰囲気だったんだけれどな」

 2人きりだったし、由貴も私のことを大切に想ってくれているみたいだし。告白していたら上手くいっていたんじゃないのかなぁ、と思うくらい。

 それでも、言えないんだ。

 きっと、都合良く流れで言ってしまえることじゃないから。きちんと伝えるという勇気を持たない限り、言ってはならないことだろうから。

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