第23話『ごめんね』
4月19日、日曜日。
梓に抱かれながらの目覚めは普段よりも気持ちが良かった。
もし、これが梓ではなく由貴だったどうなっていたんだろうと想像してみる。もっと気持ち良く眠れるかな、と思ったけれど、きっと緊張して眠れなかったり、由貴が眠らせないと言って私に色々なことをしてきて眠れないかもしれない。
「……何を想像しているんだか」
私のすぐ側にいる梓の寝顔を見て、厭らしい妄想を吹き飛ばす。
「……可愛い寝顔だな」
そういえば、こうして梓と一緒に寝るのって小学生以来じゃなかっただろうか。何だか、最近になってスキンシップが増えてきたような。
そして、当の本人の顔が段々と赤くなっている。こいつ、狸寝入りしてるな。
「顔も声も可愛いし、本当に女の子らしくて。梓みたいな女の子に生まれたいと思ったことが何度あったか。可愛いよ、梓」
「真央ちゃんだって充分に魅力的だよ!」
目をパッチリ開けたと思ったら、いきなり大声を出されたのでちょっと驚いてしまった。それにしても、熟れた果実のように梓の顔が真っ赤だな。
「おはよう、梓」
「……おはよう、真央ちゃん。本当にもう、ドキドキしちゃったんだから。真央ちゃんがその……か、可愛いってばかり言うから……」
「ごめんね」
下手にからかわなければ良かったかな。でも、梓は何だか嬉しそうな表情をしていた。そして、私のことをぎゅっと抱きしめた。
「じゃあ、可愛い私が美味しい朝ご飯を作るね」
「……う、うん。ありがとう」
「今日は確かバイトがあるんだよね。何時からなの?」
「正午だったかな」
そして、今の時間は午前8時か。結構寝てたんだな。
「うん、分かった。……何だかこういう話をすると、まるで同棲しているカップルみたいだね」
「……そうだね」
私にとっては今のやり取りよりも、一緒にお風呂に入ったり、今みたいに一緒のベッドで寝たりする方がよっぽどカップルっぽいけれど。
その後、梓の作った朝食を食べて、バイトが始まるまで少し時間があったので、リビングでコーヒーを飲みながら梓と談笑する。
そんな時だった。
――ピンポーン。
インターホンが鳴った。
もしかしたら、沙織さんや昨日、カラオケボックスで私を襲おうとしたホモ・ラブリンスのメンバーかもしれないので、梓と一緒に玄関へと向かった。
「はい」
玄関を開けると、そこには私服姿の由貴と桃花が立っていた。由貴の服装は今日も女性向けの服なので、一瞬、可愛い女の子かと思った。
「由貴に桃花、どうしたんだよ」
「昨日、真央が襲われたって聞いて、何かできないかなと思って。そうしたら、高坂さんから電話がかかってきて。真央が今日、バイトがあるっていうから、僕達三人で真央を護衛しようって決めたんだ」
「それで、私と一緒にここまで来たの」
「……そっか」
みんな、私のことを心配してくれているんだな。しっかし、梓はいつの間に由貴に電話をかけていたんだか。
「ごめんね、内緒で話を進めちゃって。でも、真央ちゃんにこのことを言ったら、きっと迷惑をかけたくないから、って断られると思ったから。みんな、真央ちゃんのことを守りたいんだ」
「……梓にはお見通しか」
もしかしたら、私と一緒にいることでホモ・ラブリンスに目を付けられて、昨日の私のような目に遭うかもしれない。それが一番嫌なんだ。その想いは今でも変わらないけれど、こうして目の前で私を守りたいと言われたら断れない。
「……みんな、ありがとう。じゃあ、今日は宜しくお願いします。ただ、バイト中は迷惑にならないようにね。私もそこら辺は考えるから」
私達店員の仕事の邪魔になってはいけないし、お客様に迷惑をかけてもいけないし。今日は夕方までシフトが入っているので、私のバイト中に三人にどうしてもらうかを考えた方がいいな。
バイトに向かうまでの間、由貴と桃花を家に招き入れてゆったりした時間を過ごす。どんな経緯であれ、由貴を家に迎えることができる日がこんなにも早く来るなんて。私は今、猛烈に感動している!
「何だか嬉しそうだね、真央」
「……う、うん。やっぱり、3人が一緒だと心強いなと思って」
すぐ隣にいる由貴の笑顔だけでも十分に心強いけれど。こうして、由貴と隣同士でずっと過ごしていたいな。
しかし、現実なんてそう理想通りにはいかず、楽しい時間はすぐに過ぎてしまい、あっという間に家を出なければならない時間となってしまった。
そして、4人でバイト先へのコンビニへと向かう。その途中で沙織さんから一通のメールを受け取った。
『昨日はごめんね』
そんなシンプルなメッセージを送ってきた。
やはり、昨日のことは彼女の本望ではなかったんだと思う。たった一通のメールでもそんな風に考えている。
ただ、どんなメッセージを返せばいいのか。それがなかなか難しくて結局返せなかった。でも、今日は沙織さんもシフトが入っているから、直接話せばいいか。
コンビニに到着すると、私のことを見つけた店長がすぐさまにこちらにやってきた。
「安藤さん、今日……月島さんがお休みなんだ」
「えっ、何かあったんですか?」
「ついさっきなんだけれど、どうやら体調を崩したって連絡が来たんだよ」
「そうですか……」
店長には体調不良と言っているけれど、本当の理由はきっと、昨日のことがあったからだと思う。やはり、私には会いづらいってことか。
しかし、沙織さんがいないとなると、結構大きな痛手だな。店長曰く、朝早くからやっている人の勤務時間を長くするか、シフトの入っていない人に連絡をするとのこと。
「真央ちゃん。月島さんの代わりが務まるか分からないけれど、私達にできることはないかな」
「3人が?」
「うん、ただここにいるのも癪だし。それに、何か困っているようなら僕等も手伝いたいんだ。力になれるかどうかは分からないけれど」
「……そっか、分かった。ちょっと、店長に相談してみる」
急な話だからOKが出るかどうかは不安だけれど。
そして、店長にこのことを相談してみたら、二つ返事で了承をしていただいた。しかも、バイト代が出るという。助っ人が三人も来て嬉しそうであった。
そして、今日は由貴、梓、桃花と一緒にバイトをする。3人ともポテンシャルが高いからか、私が1週間かけて普通にできるようになったことを、僅か1日で難なくこなしてしまうんだから凄い。
バイト中、私のことを好奇な目線で見る女の子達がいた。昨日のこともあってか、そんな子達が全てホモ・ラブリンスのメンバーなんじゃないかと思ってしまう。だけど、
「僕達が一緒だから大丈夫だよ」
「真央ちゃんは安心してバイトして」
「何かあったら、すぐに言ってね」
3人がすぐに私に温かい言葉をかけてくれる。本当に……本当に有り難い。たくさんの人の温かさに包まれるような日が来るなんて。
「頑張らないと、な」
3人の先輩として、恥ずかしいところは見せられない。
沙織さんから連絡があるかどうか、実際に店に来るかどうか注意を払っていたけれど、何の音沙汰もなかった。このまま沙織さんと繋がりがなくなってしまうのは嫌だし、近いうちに沙織さんとしっかりと話したいなと思う。
そして、今日のバイトは無事に終わったのであった。
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