第3話『ホモ・ラブリンス』

 午後5時。

 オリエンテーションが終わって、私は梓と一緒に教室を出る。

「明日は新入生歓迎会かぁ」

「そうだね」

 今週は新年度のオリエンテーション関連が多いので結構楽な日程になっている。何だかんだで、あっという間にゴールデンウィークになっちゃいそう。

「確か、部活紹介もあるけれど真央ちゃんはどこかに入るつもりなの?」

「……特に入るつもりはないなぁ。バイトするつもり」

 敢えて言えば、岡本君と同じ部活に入りたいけれど。でも、彼がどこかの部活に入部してもきっと私は入らないと思う。

「そういう梓は高校でもテニス部?」

「うん」

「梓はテニスが上手だもんね。私を全国に連れて行って」

「……うん、約束する」

 中学の時も県大会に出場していたくらいだから、高校で更に実力が伸びればインターハイ出場も夢じゃないだろう。

「真央ちゃんもどこか部活に入ればいいのに。スポーツは得意なんだし、運動部に入れば活躍できるんじゃないかな。中学では陸上部に入ってたんだから」

「……また、暴力沙汰を起こして退部処分になるのがオチだよ」

 中学の時は陸上部に入っていて、短距離をメインにやっていた。

 けれど、中学2年の時……同級生を助けようとして、人を殴ってしまったのだ。それ以降、暴力女というあだ名が広まってしまった。

 人なんて、理由なんて関係なく、殴った事実だけしか見ない。どんな理由でも殴ったことはいけないんだ、と私の人格を全て否定されたように非難を浴びた。

「バイトでは気をつけてね。どんな人を相手にするか分からないから」

「うん、ありがとう。手を出さないように気をつけるよ」

 こういう会話をしてしまっている時点で、暴力女っぽいな。でも、梓の言うとおりだ。バイトをするということは色々な人と関わることになる。気をつけないといけないな。

 校舎を出て、正門を抜けようとした時だった。

「ねえ、いいでしょ?」

「……うん」

 小さかったけれど、女子2人のそんな声が聞こえた。私が声のする方に視線を向けると、2人の女子生徒が抱きしめ合って口づけをしていたのだ。

「こんなところで堂々と口づけするなんて……」

 2人とも好きな気持ちが相当強いんだろうな。

 しかし、女性同士の口づけなんて漫画でしか見たことがなかった。実際にもあるんだな、女性同士の恋愛って。

「……相手が女の子でも、好き合えるって素敵だね」

 2人の口づけの様子を見ていたからか、梓はちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめながらそう呟いた。

 ここで見続けていても2人に悪いから、再び歩き出して正門を出る。

「やっぱり、これもホモ・ラブリンスの影響なのかな」

「なに、その……いかにもうっとうしそうな名前」

 関わったら凄く面倒臭そうに思えるんですけど。

「真央ちゃん知らないの? ネット上で主に活動している同性愛推進グループなんだよ」

「同性愛推進、グループねぇ……」

 なるほど。それで上手いことホモ・サピエンスからもじって、グループの名前にしたのか。

「で、そんなグループが影響あるっていうのか? あの子達に」

「うん、主にネット上で活動していて、SNSで同性愛の推進を訴えているの。そして、同性愛者の支援活動をしているみたい。中高生を中心に共感している人が多くなっているみたいなの」

 SNSはあまり利用しないからなぁ。せいぜい、LINEで数少ない友人と話すくらいしかしない。

 それにしても、世の中にはそういうグループがあったとは。私の知らない世界が色々とあるみたいだ。

「中高生に影響があるってことは、そのグループの中心人物は大学生とか20代の人なのか?」

「それが、全く分からないみたいなの。名前がばらゆりさんってだけで」

「それなのにグループが成り立つっていうのかよ」

 ただ、ネット上で活動しているとなると、ネット特有の匿名性を上手く利用していることも考えられる。見えないからこそ、逆に影響を受けてしまうのかもしれない。同性愛を愛する者にとって、ばらゆりは神だと思っている人もいるかも。

「リーダーのばらゆりさんは一切顔を見せていないけれど、メンバー同士でオフ会という形で実際に会っている人も多いんだって」

「なるほどね。そこで同性愛について語らっているってわけか」

「らしいね。時には相談に乗ったりするんだって」

 なるほど。同性愛者の語らいの場を提供しているということか。同性愛者にとっては心強い存在なんだろうな。

「じゃあ、この縁高校にもそのホモ・ラブリンスの波が来ているかもしれないんだ」

「そうかもしれないね。あと、先月くらいに中学のテニス部の先輩から、同性のカップルが何組もできているって聞いたよ」

 その話を聞いたから、さっきの口づけを見て梓の口からホモ・ラブリンスの名前が出てきたんだな。

「じゃあ、縁高校に支部があるかもしれない」

 ホモ・ラブリンス縁高校支部、みたいな。仮にあったとしても、関わろうとは思わないけれど。

 それでも一つ、気になることがある。

「そんなに詳しいなんて、梓ってホモ・ラブリンスっていうグループのメンバーだったりするの?」

「ふふっ、違うよ。ただ、先輩から同性カップルの話を聞いたときに、ホモ・ラブリンスの話を聞いたから気になって調べただけだよ」

 梓は落ち着いた口調でそう言った。

 ホモ・ラブリンス、か。梓からの話を聞いた限りでは悪いグループではなさそうに思えるけれど、リーダー「ばらゆり」のことが名前しか分からないこともあって、ちょっと恐ろしい要素が秘めている気もする。

 しかし、同性愛……か。

 岡本君は可愛らしい顔をしているから、男子からも人気がありそうだな。もしかしたら、男子の誰かと付き合う……ってこともありそう。

「岡本君は可愛いもんね。男子と付き合ってもおかしくないかもね」

 梓は意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。

「……本当に梓は私の心を読み取るのが上手いな」

「だって、私は真央ちゃんの親友だもん。いつも一緒だから……」

 そして、学校へ行くときと同じように、梓はそっと手を繋いだ。

「もし、岡本君が真央ちゃん以外の誰かと付き合っちゃっても、その時は私が真央ちゃんのことを抱きしめるから。今みたいに手を繋ぐから」

「……ありがとう」

 梓っていう親友がいて本当に良かった。今日からの高校生活も、梓が同じクラスにいるから何とかやっていけそうな気がしたから。彼女は私の心を確かに支えてくれている。

「まずは彼と話さないと、な……」

 岡本君があの日のことを覚えていれば話しかけやすいんだけれど、覚えていなかったら何だか気まずくなりそうだなぁ。私の中学時代の話を聞いていたら、私を避ける可能性もありそう。

 明日、頃合いを見計らって岡本君に話しかけてみよう。話しかけてくれたらいいな、って思ったりもするけれど、そこは自分で、ね。この恋を成就させることを決めたんだから、自分から動かなければいけない気がした。

 掴みたいものがあるのは、意外と幸せなことなのかもしれない。そう思った入学初日なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る