闇の囁きを聞け

夏海惺(広瀬勝郎)

萩にて馬上の人物を口寄せしたること

  以下の話はある友人から聞いた話である。ある人とは友人であるとしておこう。友だちのない自分であるから唯一の友人だと言える。とは言え詳しく素性を知る者ではない。あえて知ることと言えば、彼が口癖のように言う南の島に生まれ、古代より天然自然草木禽獣を神と祀るユタという神職の末裔で、彼は仕事の合間に全国を旅し、この世に未練を残す者たちの声を聞き、魂を解放し、成仏させることが無報酬ながらこの世に命を授かった理由と心得ている思っているということぐらいである。ユタの世界では権威があり、名前は明かせぬが、歴史上の人物も縁者なりということだけは彼から聞いた。


 以下、彼の話である。

 もちろん深夜のことなり。しかも明け方に近き頃合いなり。多くの女の子たちが手鞠をする歌声に目を覚ましたり。所々、聞き取れぬところありたるが、概要は次のとおりなり。

 てんてん、手鞠の龍神様。

 婆さんは約束とおり孫が旅立つ日に橋本川に身を投げた。

 それでは気に添わず、我らが幼き命を奪い父様を苦しめたるや。

 てんてん、手鞠の龍神様。

 そなたらの父は月の縁が強き者なり。我が力でもいかんともし難き。これは龍神様の返しの歌に違いなかった。


 この子守唄に誘われるように幕末から維新にかけて大な役割を果たした偉人たちを多く輩出した山陰地方の小さな街に立ち寄りたることありし。

 その街の公園で一夜を過ごそうと思い立ち立たるが、公園の入り口付近に立つ威猛々し馬と馬上に腰を据える軍人の銅像に驚きにけり。幕末は松蔭門下の最後の入門者から騎兵隊の幹部、そして戊辰戦争は長州藩の軍監、伊藤博文に次ぐ二代目首相、そして日清戦争後は二度目の首相を経た後、元老として良きも悪しきも日本を導いたリーダーなり。ところが評価は良からず。戦前の歴史を恨む者は、すべて彼が元凶のごとく言えり。悪しき言う者、後を絶たず。かの者の像を観光地の中心部に置くことにも反対のこえありきと聞く。

 吾は理解できぬまま像を眺めたり。吾の目には馬上の人物が寂しげに映りたり。

 自由民権運動を弾圧し、治安警察法なる市民の自由を奪う制度を造り、政党を毛嫌いし、かっての松蔭門下で同胞の伊藤博文なるものが政友会なる政党を造り、政府に立ち向かうことを嫌うがあまり、袂を分かつに至ったことも世に知られたことなり。すでに統帥権の確立などに力を尽くし昭和の軍部の独走を許す基礎を作ったなどことも後世の恨みを買いたる理由なり。この統帥権確立は明治十一年に起きた竹橋事件という軍隊の大規模なクーデター未遂事件と密接に関係しており、しかも政府を去った土佐の板垣退助なる者が指導する自由民権運動の影響を色濃く受けざりものなるが、事件後に直ちに軍人勅諭を発布し、軍隊を陛下の物であり、他の介入を一切、許さじと魂を入れたところであるが、未だ、制度として確立せぬことでありしを陛下を補佐し、陛下に指揮をして頂く参謀本部設置で魂に具体的な肉体を与えたと言うにしかず。さらに軍事への政治の介入を防ぐために陸軍大臣など政府に席を置く者の身分を現役の大将や中将のみとする法も備えしものなり。この二点をもって昭和に変わり市時代に軍部が独走するを許す基礎を造りたると批判を受けたるように思えり。日本を悲劇の戦争に突き進ませた張本人であると悪名の背負わされたものなり。

この市の人々は、この馬上の人物像にいかなることを語らせたく安置したのか理解できかね像のそばで考えしこと数刻に及べり。数日を滞在し、調べることことと決したり。

 市は日本海に面した静かな漁村の街でもあり歴史的な史跡を多く有する風向明治な街並みなり。堅牢な城塞跡や、当時の武家屋敷も一見に値する。幕末から維新にかけて動乱の幕開けになったなどという風情は感じられない静かな街なりし。

 市内を探索し、彼の生きし時代を思い描き、図書館に籠もり、知識を蓄えること数日。遂に決行の日、来たると像の下に夜陰に紛れ。立ち、交信を試みることに至る。

 これまで、数多く黄泉の国に去りし者との交信を図ったが、すべてがうまくいくとも限らず、拒否されることも数度ありしが、拒否ではなく、過去に実在せず言い伝えのみの人物も存在せりと判断せり。

 こぬか雨が降り、公園を照らす常夜灯も濡れそぼり、夕暮れまでに泣いておりし秋の虫は寝静まりれり。公園からは人も姿を消し、道を走る車も途絶えたりし頃に、いつものとおり心中で馬上の人物に問えり。

「この世に言い残したことが多くあるように思う。話しを伺いたきものなり」と。

 はたして願いを幾度、唱えしことか。あるいは幾時間、経ちしことかも記憶にあらず。

 目眩を感じたりと思いし。

 しかるに、これこそ我ら、口寄せを行い世に貢献する一族が体験する現実世界から異界に飛び込む瞬間の目眩なり。

 直ちにみずからの身に起きた目眩でないとは気付きたり。

 すなわち吾が揺らぎたるにあらず。揺らぐはずなき銅製の馬上の人物が揺らぎたり。

 珍しく素早い反応でありしと喜び、ただちに、「話を伺いたきこと多々ありし」と心中で強く念じたりし。

 馬上の人物は揺らぐのは明らかなり。

「我に声をかけるのは何者あるぞ」と念が返りたり」

「足下に控えしものなりし」と返すと、人物は首を動かし、我を見下ろしたり。

「汝が、この世に残した煩悩や無念を取り除いて進ぜたきもの」と応えたり。

「我を栄達を究めた身と承知した上での申し出か」と、彼、問い返りしたるが、「煩悩なき者、後悔なき者、存在せず」と、吾は応えたり。

「多くのことを知った上での申し出だ」と、強弁したり。

 半透明な物体が馬上の軍人像から剥がれるように空間に浮かび、馬から下り大地に足を付けたり。吾が胸は不安と期待で心臓も高鳴りしが、彼は無言のまま背を向け公園の片隅の木立に向かい歩き始めたり。まさしく半透明な魂魄なりたり。引き寄せられるがごとく後を歩きけり。魂魄は木の幹に腰を下ろし、「自分の身分を知った上での呼び掛けであると告げたりが、何者ぞと」とふたたび我に問いたり。臆することなく彼に知ることを告げて応じたり。

そして最後に吾を自己を鼓舞するごとく、「吾ら一族は自然界の精霊の力を頼り、黄泉の国に去った者と交信するものぞ」と居高々に念じそうろう。

「この世でどのような高位高官に得ようが、名誉を得ようが負けない所詮、人間界のものにすぎず。万世万物の力を背景とする吾に叶うはずはない」とも自らを鼓舞し、自信を見せつけたり。魂魄と言えども導きようによって神にもなり、鬼になりそうろう。鬼になった魂魄に魂を食われ魂を病み無惨な半生を過ごしし者の話をあまた聞きそうろう。

 大地を這う木の幹を探し腰を下ろし、吾を見上げるような格好になりし人物の横の木の幹に腰掛け、人物の表情を観察したり。図書館で接した晩年の彼に会ったという記者の書き残したとおりの冷酷非情、陰険、一切の人間的な感情を持たない者の表情に似たりという記述とおり、おそらく虚無のせいなりし。馬上にまたがる勇ましき姿にあらず。

「黄泉の国に去られていく歳月ぞ」と問うてみた。

「百年は超えたし」と返事を頂きたり。

「幼くしてして失った子どもたちや、早く親を失った彼を親代わりになって育てた末、孫の行く末の足手まといになってはならぬと川に身を投げた婆さんや、松蔭や高杉晋作など恩人と黄泉に国に出会しか」と問いたり。

 彼の顔が、悲哀に満ちたり。吾が痛感したのは彼の悲哀の深さなり。背負いし悲哀の大きさに同情したり。

 黄泉に国のシステムでは、この世を先に去った者とは出会えず、後にて黄泉に国に迎え入れた者とのみ逢えるシステムなり。親に先立つ子は最大の親不孝なりと言う教えは死して後も続くことなり。そのことを吾が告げると彼は悲嘆して、顔を歪めしそうろう。

 実はこのことは彼にとっては幸いなことでありたり。彼に先んじて数々の弾圧事件で黄泉の国に送りし者の多くの怨嗟の声は聞かずに済む。彼が耳にするのは後世に悪名でありたり。故に彼は耳痛き言葉のみを聞きしそうろう。ますます心を固く閉ざしているやと危ぶめり。まさに彼は恨みに身を任せる鬼に変身する一歩に手前の危うき位置すると思えり。この思いも吾に彼を救わんと決意させたる一因なり。

「逢いたい方々を、黄泉の国から、この世に呼び戻し逢わせて進ぜよう」と告げると、彼は疑いの眼差し我を見返せり。

「試しにと思い、心やすく申し出て見られよ」

「妻を」と、男は告げたり。「謝りたいこと多きゆえ」にと言い訳をするように付け加えたり。

 吾は地獄の閻魔大王に心を込めてお願いたり。

「かって目の前の人物の妻として長く歩みを共にした人物を、しばしこの世に戻すように念じそうろう」

 大王が申すには、黄泉の国も自由民権運動の広がりにより、自由意志尊重の意識が広がり、本人が望まねば返すことはできぬものなりと言い、吾が願いを聞き入れたり。

 ほどなく目の前の人物の妻なるものの魂魄が姿を現ししに吾は安堵したり。

 男は謝りたり。妻なる人物の魂魄は話さず聞き入るのみ。刻限が至れり妻は男の手をふりほどき、閻魔大王の元に引き戻せり。

 突然の消滅に少なからぬ衝撃を受けたせいにて馬上の人物は幹ではなく大地に胡座を組み顔をうつぶせにし座りたり。彼が救われなかったのは明らかなり。

「ならば次の人に呼んで進ぜよう」と、慰めたり。

「されば、早世した五人の娘に遭いたい」と彼は応えたり。

 一瞬、愕きたり。 実は我ら一族に授かりし能力は無限にあらず。一人を黄泉に国から死者を呼び戻すと月の満ち欠ける期間の神通力を使い尽くすことになり。すなわち一ト月の神通力を使い尽くすことなり。しかも一晩にて十二人の口寄せを行い、十二ヶ月の月の満ち欠けを体験した者は未だ存在せず。すなわち無事では居られないということなり。個人的な差異はありと思えど、神通力を急激に使い尽くして再生不能になれる者も多し。 今回、五人を口寄せすることは馬上の人物と妻を加えて、七名を呼び寄せる越せることになりぬ。

 閻魔様に頼みたるを、ためらいたり。

 一度に五名も言う吾が願いに閻魔様も愕き、神通力を永遠に失いたかねないと警告したり。吾は、ここに至ってはと覚悟を決めたと告白せり。

 閻魔様は娘たち探し出し現世に戻すと約束せり。

 一時ほどして幼き娘子たちの魂魄が姿を現し、吾らを取り囲みにたり。

 馬上の人物は一人一人の面相を確認し名前を呼び当て狂気のごとく歓びたり。饒舌になり、当時の様子を語れり。

「生まれたばかりの娘たちが夭折するたびに、我が悪行のせいとあざけり喜びたる者があるのを知れり、そのたび妻と手を取り悔しさの涙をながせり。娘たちが夭折したるは我が悪行のせいあるや」と、馬上の人物は我が顔を見て、尋ねたり。

「さにあらず」と、吾は自己の疑問や不安を打ち消すがごとく強い口調で応え、「すべて天の定めなりし」と強弁する。

 幼き子どもたちは、それ以上の父の泣き言を許さず、久々に遭った父に遊べとせがみ放さず。

 鬼ごっこをねだる娘とは木の幹を隠れ場所とする隠れん坊を繰り返し、お手玉をねだる子にはお手玉の相手をし、傑作なのはダンスの相手をねだる娘とのダンスのシーンであった。ダンスの風情をなさず、腕も足もこわばり、とても音楽にのって踊る風情ではなく、教えようとする娘の必死の指導の努力は永遠に報われることがない徒労のようにも見えたるが、楽しげな風情なり。もしこれら目の前に起きしことは、娘たちが夭折せずに彼により沿い生き続ければ頑な彼の人生も、あるいは日本の運命も変わったやみ知れぬと思いにて眺めたり。

 時を忘れる楽しき時間であった。しかるに自らは神通力が底を突くのではないかと案ずること、しきり。ただ悲嘆と虚無から生じた冷酷、陰険さから馬上の人物の魂魄を救いたいという願いのみなり。著名な現代の歴史文学者が明治の元勲の中で彼ほど不思議に歪んだ腹のくくり方をした人物は存在しないと評する言葉を残したる者も存在したり。

 しかしながら、いたずらに神通力を使う余裕もなきにそうろう。

 彼が頑なに自己の殻を守ろうとする欲するなら諦め、手を引くことも考えねばならじと思いたり。

「汝が作りし長州閥なる関係者には会ったか」と、試しに問う。彼は嘆いて曰く。「会いたき者と会えじ」と。

「会いたき者とは、日清戦争時で共に戦いし川上操六や日露戦争で共に戦いし児玉源太郎という人物か」と、問う。川上も児玉も、それぞれの戦で精魂を使い尽くしたるがごとく、戦後、すぐに他界せらる人物なり。

「否、二人とは思い残すことなかり」と、彼は応えたり。

「川上操六という者は前線の軍司令をするお主が無理難題を持ち出してくることに困りはて、陛下に直訴し、現地の戦況報告のためという理由で前線からお主を引き抜き、お主に大恥をかかせたのではないのか」と責めると、馬上の人物は苦笑せり。

「自分のことなど小さきことなり。薩摩出身の川上君の勇気は褒めたきことなり。やはり西郷南州の薫陶を受けたるがせいなりか」

「長州出身の児玉源太郎という者も汝が日露戦争前に陛下に軍司令を望んだおり、あのジイさんでは鋭すぎる。前線の軍司令とはソリが合うまい。がま坊の方がいいと陛下の大笑いさせながらを誘いながら、薩摩出身の大山巌を推挙したというのではないか」と言い、馬上の人物の人柄を試せり。

 この言葉にも「小さきことなり」と苦笑せり。

 彼は一度、認めた者を捨てることはせず、これが理由で周囲に人が集まり、強固な派閥となりたる。強い結束が生まれし。同時にねたみや買い、敵も多くなりし。仲間内の結束や世間の人の評価も気にして娘たちの前で見せた無骨なダンスのような寸劇を披露することも多いと聞く。決して不愉快なだけの存在にあらざるように感じたり。神通力を使い尽くす努力が無駄にならぬと確信を得たり。

 しかして我の精魂にも限界があり、黄泉の国から呼び出せる者も厳選する必要があると彼に明確に告げたり。彼は申し訳けなそうに謝罪せり。そして二人の人物と逢いたいと申し出たり。すなわち師として仰ぎ足るが、生前の交流は薄く高杉晋作兄より多くを聞き知りたる吉田松陰先生なり。それに続き告げたる人物は貧困のうちに幼くして両親を失いし彼を育て世に出した名も残らぬ育ての親となり育てた老婆なり。

 彼は我の精魂が果てる様子に遠慮し、あるいは高杉晋作兄とも逢いたき様子なれど、我慢したるがごとく思えり。

 とは言いながら「松蔭先生は我を知らずやも知れぬと言い、松陰先生の門下を名乗っても良きことかと言いけり」

「松蔭先生におかれては陛下より神と祀られる存在なり」と続け、ひどく畏まりにけり。

目の前の人物が松蔭に直に薫陶を受けた記録に探し出せず。松蔭先生最晩年の入塾であり松蔭先生の薫陶の機会を逃したる疑いありと言う者が多数なりたるが、もし長く薫陶を受ける機会を得ておりせば、松蔭先生の考え方も周囲の評価も変わっていたやも知れぬ思いたり。松蔭先生の薫陶を受けたのは多くは晋作を通じてであり、しかも厳しい戦場でのことなり。晋作は並外れた天才と言えども。松蔭先生のすべてを伝えることは不可能なり。奇兵隊同志として長く戦塵をともにした高杉晋作と逢うことを我慢したるは彼が晋作の早世を悼み東行寺なる慰霊の寺を献じ尽くしたりたる思うが故かもしれぬ。

 松蔭先生と晋作は穏やかに現れけり。しかも高杉晋作も同行せり。閻魔様の御配慮によるものと直感せり。閻魔様は吾が願いを遂げるためには短かき時間でも馬上の人物の魂魄を松蔭先生と晋作兄の二人に逢わせた方が良しと判断せるに相違なし。

「おなつかしゅう御座います」と馬上の人物は頭を垂れたり。

 二人ともことの重要性を思いたるがごとく表情を崩さず彼を見たり。

 すでに国事に関する話題に至ると予期しておりそうろう。

 始めに晋作が語りかけたり。

「はてさて如何した。狂介は一人で頑張りすぎたなりか。長生きしすぎたりか」と慰めたり。狂介とは若き日の奇兵隊時代の彼の名前なり。

「西欧列国の東アジアへの進出を阻むのは、維新を持って終わらず。否、むしろ維新成功をもって始まるなり。特に不凍港を求めてのロシアの野望は露骨なりし。かくなる国際情勢下では国内での騒乱を一切も許す訳にはいかず。ひたすら陛下を奉じ奉り国事に邁進するしか道はあらず」と狂介は説明したる。

晋作は山県が後世に残したという制度に疑問を呈することを忘れじ。

「陛下を奉り申し、国民一丸となり国を建てると申すも、貴公が残しし制度は政府と軍部の二大勢力の並立ではあらずや。しかも二大勢力が争いに転じた場合には、政府倒閣の手段と活用できる政府内に存する軍部大臣は現役大将か中将にかぎるとという規則を設って、軍部を有利にせる制度を残したるは後世の最大の批判の対象なり」

「考えたりぬを恥ず」と狂介は反省を隠さず。

松蔭先生が始めて口を開いた。

「すべて万世の出来事の一つににあらずや。学ぶべきことを伝えることは大切なことなり。山県君とやら」と優しく語りかけたり。

「万世の歴史の中で他人を責めることはもちろん、自己を責めたることは不遜というものにあらずや。いつでも後世の者が修正すること可能なことにあらざるや。我々も、その修正を目標に結束したものなり」と言い残したり。二人は暗闇の中に消滅せり。

 時も、我が神通力も限界なり。

 滞在時間は短しと言えど、すでに九名を黄泉の国から呼び寄せれり。

 九回の月の満ち欠け、すなわち九ヶ月の神通力を使い尽くしたことになりたる。

 多くは一夜の間に十度の月の満ち欠けの体験した先達は存在するは伝説として伝え聞き足り。神通力を使い切った時には生死の境を彷徨うものなり。

 さらに一人、黄泉の国から呼び寄せるごとく彼は希望せり。

 吾は彼に短き時間のみと嘆願せり。

 吾、最後に魂魄が逢いたき老婆なる者を寄越すように閻魔様に願いたり。

 すでに暗闇も薄れ、周囲は白くなりけるようにも見える。

 鶏の時を告げる声ですべてお仕舞いになるやも知れぬと不安を感じつつ、最後の願の成就を待ちにけり。

「狂介」という嗄れてた老婆の鋭い叫び声を聞きにけり。間に合ったと安堵せり。

 馬上の人物は飛び上がらないばかりに愕きたり。

「婆さま」と叫ぶ声は涙声なり。

  幼き頃に母は他界し継母を頂くも惨い仕打ちを受けたり。やがて実父も他界し、馬上の人物は婆さまの手で育て上げられたものなり。貧困は筆舌に尽くしがたく、武士の身分とは言え最下層なり。幼き頃には身分高き者の子どもにわずかな乱暴を働きし故で子の親に命を奪われるまで殴り倒され、川にうち捨てられ、あやうく一命を取り留めたるがごとく困窮ぶりなり。長じて松蔭門下に加わり、槍術にて身を立てんと日夜、努力を励み、やがて奇兵隊の副隊長となり幕長戦争を迎え、働きを認められ戊辰戦争の頃は長州軍の軍監として従軍し働き名を高めるが、出陣のおり婆さまは狂介の出世の邪魔になることを嫌い、婆様は自ら、貧家の前を流れる橋本川に身を投じ黄泉の国に旅立ちたる。しかるに世間では孫である狂介が捨てたが故の入水自殺をしたなどと誹謗するものあり。あたかも娘を失し時と同じ悪意を込めて誹謗なり。

 疑いを晴らすのは今しかあらず。

 狂介なる人物が婆さまを黄泉の国より呼び寄せたる理由にはらず。しかし時間も多くあらず。朝を告げる鶏の時の声が上がれば、すべてお仕舞いなり。

 鼻をすすり上げるばかりで話も出来ぬ狂介に代わり問えり。

「入水自殺を企てた真意は孫を恨みし故か」と。

 婆さまもすすり泣きながら明確に応えたり。

「女子には女子の覚悟や思いがあります。それらを狂介に託し、新しい時代には女子も不条理に苦しむことがないようにと願ってのこと。狂介が乱暴され危うく死にかけた川に身を投じたのも、その悔しさを語り継がんと思ってのこと。しかるに狂介をこのように苦しめるとはつゆ知らず」

 ここまで聞いた時に朝を告げる鶏の鴇の声でなく、朝を知らせる街のサイレンで正気に戻りたり。

 いつしか正気を失っていたようなり。しかるに夢にあらず。

口寄せをする吾が一族に古代より備わり、技術なりと彼は語りたり。

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