第8話 塵芥は鬱陶しく吹けば飛ぶ

ラガはエルダアドルフォ・ニュクセルシア・ヒュプノヴァニアという人物が引き起こした出来事の数々に頭を痛めていた。

なにせ、今日だけで三十件もエルダアドルフォのが依頼されるほどには恐れられているらしい。

半ばマッチポンプのような状況だったとはいえ、赤竜から街を守った者に対する態度としてはあまりに不義理に過ぎるように思える。

なによりラガが強い違和感として感じたことは、ただの一個人に対して三十件もの討伐……否、実質のが出されたことに対して「まぁ仕方ない」といった雰囲気がギルド内に漂っていたことだ。


確かに冒険者ギルドなんてものに所属する者達だ、決して品行方正というわけではない。

だがいくらなんでも個人の生き死にがかかった状況を許容している、ということが異常なのだ。

確かに割合的に社会的なクズが多い職業ではあるが、ここまでは流石におかしいとラガは思案する。


(精神に何らかの影響が出ている……?確か話では闇の魔力を撒き散らしてたとは聞いたが……自分に不利になるような精神異常を撒き散らす、というのは少々疑問だが……)


闇属性の魔法には精神に作用する魔法が多いのは事実だが、そもそも闇=悪ではない。

闇とはすなわち生きとし生けるものが最も身近に持つ属性でもある、なにせ瞼を閉じれば誰だって闇を見ることができる。

この世界は暁光の男神と夜闇の女神の二大神に見守られており、宗教としても「光神教」と「闇神教」の二大宗教が主流だ。

尤も、アンデッドなどに代表される闇属性の魔物の存在から信徒の数で言えば光神教の方が遥かに多いのだが、対悪魔法「裁きの光ジャッジメント」の効果が無い以上、光神教は闇神教の存在を認めている。


話を戻すが、つまりラガはその実物を見ていないがエルダアドルフォが如何に闇の魔力を撒き散らし見た目が邪悪そのものだとしても、ここまで敵対的な状況になるのはおかしい。

故に考えられる可能性としてエルダアドルフォ自身が周囲に「敵対的な感情を抱かせる」精神作用魔法を行使している、と考えられるが何の目的があってそんな損しか無いような事をするのかが理解できないのだ。


ともかく会って確かめるのが最善、そう考えていた矢先のエルダアドルフォ捕縛の報せである。

話を聞けば、領主の「悪癖」が関係しているらしく、ラガはまたかとため息をつく。

領主オットーはラガからしても理想的な領主であるとは認めるが、英雄願望だけはそこらのガキンチョと大差が無い。

オットーが魔物が現れた森林へと一人で突っ込んで行方不明になり、衛兵が冒険者ギルドに泣きつくことも何度かあったくらいだ。


よりにもよっての組み合わせに、オットーは何も考えずに戦っていた過去を懐かしみつつもギルドを任された身としてエルダアドルフォ・ニュクセルシア・ヒュプノヴァニアの釈放を願い出る為に領主の元を訪れたのだが、返って来た答えはまさかの「翌日処刑」というあまりに短慮な決定事項。


どうやらオットーはエルダアドルフォを悪魔と信じて疑っていないらしいが、それにしても短慮が過ぎる。

さらにラガはオットーへ面会を要求したが、返ってきたのはオットーは拷問官を手配する為に出かけているという返答。


(おかしい……いくらなんでもあのオットーがそこまで急くはずがない。)


確かに英雄願望は悪癖ではあるが、なんでもかんでも喧嘩を売るような手合いでは無いし、少なくともどんな些細なことでもちゃんと考え結論を出す人間であったはずだ。

となればやはりエルダアドルフォ自身がなにかの精神操作をしている説が濃厚になるが、やはり意図がわからない。


「仕方ない……少なくとも明日処刑するならそれまでは命は保証されるだろう。」


処刑前にギルドマスターとしての権限を使って交渉まで持ち込めばまぁなんとかなるだろう。

そう楽観的な考えでラガは帰宅し、翌日の準備を整え寝た。

もしこの場に翌日のラガがいたなら、忍び込んででもエルダアドルフォに会おうとしただろう。




翌日。


「ギルドマスター!領主邸が襲撃されていると救助依頼が!!」


「はぁ!?」


あまりに突拍子も無い報告にラガが用意していた道具を持って現場であるオットーの屋敷へと向かうと、そこに広がっていたのはまさに悪夢と呼ぶべき惨状であった。


「なんだ、これは……」


かつては最上位の冒険者たる一等星パーティの一員としてドラゴンやそれに匹敵する魔物とも戦闘経験のあるラガである、人が紙切れのように吹き飛ばされる光景も人を紙切れのように吹っ飛ばす人間も見たことはある。

しかし紙切れを吹っ飛ばすように人を吹っ飛ばす人間は初めて見た。

この街の治安を守り、有事の際は街を背に戦う精鋭の衛兵達が集団で突撃している。しかし巨大な漆黒の鎧が軽く手を振り払うだけでそれらが軽々と吹き飛ばされていく。

それは怪力や強力な魔法の行使などによるがない。本当にただ邪魔な虫を振り払うかのような気軽さで鎧騎士が宙を舞っているのだ。


「……っ!やはりか。」


その禍々しい気配、姿、自身のありとあらゆる全てが眼前のそれを「敵」と認識する。

ラガがそれを客観的に判断できたのは用意しておいた精神作用魔法に抵抗レジスト効果を齎す道具によるものだ。

これが作用しているということはラガの予想通り、あの鎧……あれこそが話に聞くエルダアドルフォなる人物なのだろう、彼女(?)自身が自分が不利になるような精神作用を周囲に施しているということだ。


だが、兎にも角にもまずはエルダアドルフォを止めなければならない。少なくとも昨晩までは大人しく牢に入っていたのだ。

一体何が原因でこのような暴挙に出たのかは不明だが、鎧の歩みは真っ直ぐにオットーに向けられていることからもしもエルダアドルフォがオットーの許へとたどり着いたならどうなるか、考えるまでもなかった。









例えば。

例えば自分の周りを大量の小蝿が飛んでいたとしたらどう思うだろうか。

エルが今の状態に感じているものはまさにそれである。

ただ、邪魔。寄ってくるなら払い退ける、程度の認識でしか無いがここまで来るといい加減に辟易する。


(鬱陶しい。)


エレボスの冥鎧は魂に直接干渉する。魔力で形成された「手」で人間を殴れば、その衝撃は肉体ではなく魂に影響し、その後に肉体にダメージがフィードバックされる。

そして肉体をどれだけ重装備で固めようとも魂を武装することはできない。

種族として頂点に立つ竜種ですら少し力を込めるだけで魂を握りつぶすことができるのだ。

魂はいつだって真っ裸、故に眼前の光景のようになる。

軽く払い退けるだけで幾人もの衛兵が空を舞っているが、これは怪力によるものではない。

魔力の「手」によって殴られた対象の魂は「手」から衝撃を受け吹き飛ぶ。その結果が肉体にフィードバックされた結果、重装軽装に関係なく問答無用で吹き飛ばされるのだ。

尤も、本当にそうなのかはエルには分からない。街に到着するまでに獣やら竜やらを片っ端から殴りつけた結果、「特に力を込めなくても魂らしき半透明のアレをふっ飛ばせば肉体も吹っ飛ぶ」という結論に到達しただけなのだから。


それにしても、とエルは向かってくる奴を払いのけながら考える。

あの気違い中年騎士を追い詰めるまでが作業的になっているためか、別のことを考える余裕すらあるエルではあるが、考えるのはそのについてだ。


(私……こんな物騒だったっけ?)

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