聖なる鎧は呪われていた!
マスドライバー
自称村娘がテロリストを経て冒険者になるまで
第1話 それはさながら魔王のようで
冒険者ギルド「夕焼けの歌」。
スプレスト王国に六つ存在する冒険者ギルドの中でも南方レムノルアの街に存在する冒険者ギルド第四支部であり、他ギルドと比べると規模は些かに劣るものの活気に溢れ、日々酔っ払い達の喧騒で賑わっている。
常に酒と美味い飯と陽気な酔っ払い達が騒いでいる為か、街全体もそれに引っ張られるようにして毎日屋台や露店が開かれ、他の都市から訪れた者達は今日は祭りなのか?と勘違いしてしまう程だと言う。
そんなレムノルアの街は今、葬式のような静けさと緊張に包まれていた。
まるで声を出せば不吉な出来事が起きるかのように、数分前まで声を張り上げていた露店の店主も、屋台の売り子も、悪酔いしていた若人老人、男、女、子供………老若男女職業状態を問わないあらゆる者達が言葉を奪われてしまったかのように黙り込み、そしてそれに道を譲るように後ずさる。
そうして出来た立ちすくむ人間で縁を舗装された道をただ一人歩む者がいた。
それは何かを探すように辺りを見回していたが、一際大きな建物を見つけると、心なしか嬉しそうに歩き出した。
ずるり、ずるりと肉を引きずりながら。
冒険者ギルド「夕焼けの歌」。
普段は喧騒と怒号、調子っ外れの歌と酒瓶が飛び交うギルド内は信じられないほどに静まり返っていた。
無人、ではない。これから依頼に向かう者、依頼から帰ってきた者、仕事しているのかも怪しい者、それらが等しく酔いも吹き飛んだ様子で各々の
その訪問者を一言で言い表すならば「邪悪」だろうか。
大柄な重戦士ですら見上げる程の、2.5メートルはあろう巨躯を、光を吸い込んでいるかのように漆黒の鎧が一欠片の肌も見せぬ、と言わんばかりに全身を包んでいる。
その鎧も王国騎士などの画一的ながらもどこかヒロイックなデザインとは真逆。
王冠のようにも角のようにも受け取れる意匠の兜に骨と
そして何よりも、その黒鎧から放たれる重圧のようにも砂嵐のようにも思える魔力の波動は気の弱い者が意識を手放してしまう程に黒く、暗く………風も吹いていないというのにはためくマントはあの鎧から放たれる威圧感が動かしているのではないか、そんな錯覚さえしてしまう。
人は恐怖を前に竦み、動けなくなる。
そして「知らない」ということは最大の恐怖であり、威風堂々と木の床を軋ませながらカウンターテーブルへと歩む巨大な黒鎧の存在そのものがギルド内の……否、ここに来るまでに黒鎧に遭遇した全ての者を等しく竦ませていた。
「…………。」
「ひぃいっ!?」
受付嬢ニーナ・ハルフマンは今日この日を神に呪った。
屠殺する家畜を選ぶかのように数秒辺りを見回していた巨大な鎧騎士、いやあれは騎士なんてものじゃない、鎧の怪物が真っ直ぐこちらへと歩いてきたのだから。
何故自分なのか、普段からあざとく冒険者に媚びて貢がせてる顔以外は最悪な隣の受付嬢の方へ何故行かないのか。
件の受付嬢はターゲットがニーナに行った事を悟ると、哀れみと安堵が半々で混じった笑顔を向けながら逃げるようにカウンターの奥へと去っていった。
ニーナは動けない、背を向けようものならあの怪物に何をされたものか分からないから。
そして遂に鎧の怪物がカウンターの前に立つ。
至近距離で鎧の威圧が直撃したニーナの全身が総毛立ち、彼女の意思に逆らい身体の震えが止まらなくなる。
「あ、あぁ、あ………」
手を伸ばせば触れられる程の至近距離、鎧とニーナを隔てるのは木製のカウンターのみ。
無造作にカウンターに置かれた手の先端にこびり付いた赤黒いものに悲鳴を上げそうになるが、その程度なら冒険者という職業柄珍しい事ではない。
世の中には見上げる程に巨大な巨人族という種族もいるという。きっとこの鎧もそれに類するものなのだろう。
そう己を鼓舞し、なけなしの勇気を振り絞って顔を上げたニーナは、鎧と目を合わせることになる。
いや、厳密にはその表現は間違っている。
何故なら、その鎧の怪物にはあって当然のものがなかったのだから。
よくよく見てみれば現在主流の鎧の造りと比べると随分と古風なそれの顔、兜であればあって当然の視界を確保する隙間が存在しないのだ。
視界など糞食らえと言わんばかりに一切の隙間がない表面には紅い宝石が一つ、さながら隻眼のように埋め込まれているだけであり、どう見てもあれでは中から外を見ることができない。
ニーナは確信した、こいつは人間ではない、と。
どうやってこの街に忍び込んだのかは分からないが、きっとこいつは
ならば戦闘力の低いニーナにも戦いようはある。
カウンターの下、このギルドの最高責任者たるギルドマスターの方針で配備されている聖水入りのボトルに気付かれぬよう手を伸ばす。
魔物の中でもアンデッド系のモンスターは効き目に差異はあるにせよ聖別された銀や水に対して致命的に弱い。
別に倒す必要はないのだ、一瞬でも怯んだならこの場にいる冒険者全員で囲んで叩きのめせばいい。
「…………ァ」
「やぁぁあっ!!」
ギルド内にボトルが割れる音が響き、緊張感が最高に高まる。
ニーナの渾身の一振りは見事鎧の顔面に命中し、鎧の全身に聖水がぶちまけられる。
すぐさま後ろへ退避しようとしたニーナだったが、鎧に何の変化もないことに思わず足を止めてしまう。
「あ、あれ?」
「…………」
例えばアンデッド系の魔物の中でも最高峰に位置する
実体を持たないゴーストのような魔物でさえ効果がある聖水を浴びて何の変化もない、というのはあり得ない。
まさか聖水が偽物だったのか、とも考えたが光神教がその品質を保証した聖水が偽物であるはずがない。
であるならば、考えられる可能性は一つ。
「アンデッドじゃ、ない……?」
「……一応まだ生きているんですケド。」
「喋ったぁ!?」
無言のまま恐怖を辺りにばらまいていた鎧が喋ったことにニーナだけでなくこの場にいる全員が驚愕する。
さらに驚いたのは、その声が金属(?)に隔てられているためかくぐもった声とはいえ若い女性、いや少女とも言うべき声であったということだ。
相も変わらず背筋を震わせるような威圧を撒き散らし、血濡れた指先で机をタップした鎧はくぐもった少女の声で告げる。
「冒険者登録に来たんですケド、出会い頭に頭から水をかけられるのはここじゃ常識なんですか?」
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