第7話 メッセージ

「どこに行くんだ?」

 拠点2階の窓から、重装備のロードワースにそう声をかけた。部下を5、6人引き連れ、今まさに出発といった様子だった。


「野暮用だよ。お前はゆっくりと休んでくれ。覚えてないだろうが、ここの所働きっぱなしだったからな」

 言われてみれば、何となく疲れているような気もした。ロードワースの気遣いに感謝しつつ、俺は軽く手を振って見送る。


 とはいえ、休めと言われてもする事はない。椅子に全体重を預け、天井を扇いでみるが、記憶は降りてきそうにもない。手持ち無沙汰になって、俺は机に置いてある本を見る。


 その中でも、しおりの刺さっている1冊に気づいた。妙な話だ。俺にはしおりなんて必要ない。何故ならしおりはどこまで読んだかを覚えておく為の物であり、読んだ内容を全て忘れる俺にとっては、本は最初から読まなければ意味のない物だ。……読み終わっても全て忘れるので、本自体が意味がないと言えばそれまでだが。


 とにかく違和感を覚えた俺は、そのしおりを手に取ってじっと見つめる。すると、小さい字で何か書いてあるのに気づいた。


『俺は自分のサインが入ったミルラからの手紙を持っている。それが無い場合、ロードワースは裏切り者だ。殺せ』


 殺せ、とは穏便ではない。字は確実に俺の物だ。

 懐からメモ3枚と手紙1枚を取り出す。先ほど確認したばかりだが、しおりを見たらもう1度確認したくなった。


 記憶に関する事。魔王になった事。ロードワースが右腕である事。そして手紙の内容は、ミルラという人物から俺に宛てた物。ちゃんと俺のサインも入っている。


 手紙が手元にある以上、「殺せ」という俺からの指示には従わなくて良さそうだ。おそらく、過去の俺はこの手紙を信用していなかったのだろう。今の俺も信用はしていない。だが、確かめてみる必要はある。例えばロードワースにカマをかけて反応を見てみるとか。何にせよ、これらのメモと手紙はあくまでも俺だけが見る物。ロードワースが無理やり俺から奪ってそれを処分したのなら、手紙に書かれているように彼は俺を裏切った事が確定する。殺せ、という指示は正しい。


 何にせよ、手紙があり、しおりの保険もかかっている限り、ロードワースは俺を裏切っていないと考えて良さそうだ。この手紙の差出人であるミルラという人物が果たして実在するかも分からない。何らかの意図があるのか、誰かに相談したい所だが、俺にはロードワース以外の友人がいない。


 拠点には何人かの兵士が常駐している。元魔王軍だったり、元傭兵だったり、元ならず者だったり、元農夫だったりする。今は俺の旗の下に、理想を実現する為日々戦っている。と、今朝ロードワースがそう言っていた。


 しかしそれにしても……。俺は手紙を改めて読む。

 女が書いた物のようだ。筆跡から性別が100%分かる訳じゃないが、どちらかといえば女性らしい、丁寧で美しい字をしている。


『トルイ様、私はかつてあなたのお世話をしていたミルラという女です。覚えてらっしゃらないでしょうが、誰よりもあなたを慕い、尊敬しておりました。私は今、実家にて幽閉されております。この手紙も、親しい者に無理を言って出させた物です。

 本題ですが、トルイ様は今騙されています。かつての友人であるロードワースは、あなたの記憶障害を利用して自身の目的を達成する為に動いています。あなたにとってはこの手紙も信用出来ないかもしれませんが、どうかロードワースを信用しないで下さい。疑ってください。勇者であるあなたならば、真実に辿りつけるはずです。

 それと、お怪我はされませんでしたか? 出来る事なら、今すぐに追いかけたい。 ミルラ・カドハンス』


 文面からは随分と俺を信用しているようだ。「真実に辿りつける」か、買いかぶっていやしないか? 今の俺は自分の記憶すらまともに持てないただの傀儡だ。仮にこの手紙に書いてある事が事実だとすると、俺はロードワースに操られている事にすら気づいていない事になる。


 ……ん?


 俺は文章に違和感を感じる。この手紙の主は、俺が記憶を持てない事を知っている。冒頭に「覚えてらっしゃらない」とあるからだ。しかし手紙の最後では俺にこう訊いている。「お怪我はされませんでしたか?」


 考えてみれば、これは奇妙だ。怪我をしていたとしても、治ってしまえば俺はそれを覚えていない。自分のメモに怪我していた事を書く可能性もなくはないが、それは今後に必要ない情報だ。更にそこから続く「今すぐに追いかけたい」という文章も妙だ。「会いたい」とか「話したい」なら分かる。「追いかける」は幽閉されている人物が使う言葉としては不適切に思える。


 俺は立ち上がり、1階に下りる。そしてカード遊びに興じている兵士の内の1人に声をかけた。


「こ、これはトルイ様。何か御用でしょうか?」

 緊張した兵士に尋ねる。

「この中で、1番の古株は誰だ?」

「自分です」


 丸坊主の男だった。名前は知らない。

「初めて俺と出会った時、俺は怪我をしていたか?」


 男は少し考え、「言っても構わないよな?」とでも確かめるような視線を仲間に送り、その後答えた。


「はい、自分が見た時は、右腕を骨折しているようでした。原因は分かりません」

「そうか。ありがとう」


 俺は急いで2階に戻る。そしてメモ3枚と手紙を並べる。


 分かった事がある。少なくとも、この手紙の主は俺が過去に怪我をしていた事を知っていた。誰かは分からないが、実家に幽閉されているというのは嘘だ。そしてこの手紙の主は、この手紙がロードワースに見つかる事も想定している。更に俺が持っている3枚のメモの内容すらも知っている。その上で、俺がこの手紙の真実に辿りつくと予想している。


 そして、この手紙の主がコントロールしているのは俺の行動じゃない。


 この手紙の事を知ったロードワースの行動だ。


『俺はトルイ。勇者だった。記憶がない。新しい事を覚えられない』

『魔王は倒したが世界は平和にならなかった。この世界にはまだ悪がいる』

『よって俺が新たなる魔王となる事にした。ロードワースは俺の右腕だ』


 俺の右腕。


 今も怪我をしているのは、俺の右腕だ。


 急いで支度を整えると、馬に乗ってすぐに出発した。追いかける。ロードワースはどこかに向かっている。俺にはそれを確かめる必要がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る