第20話 非日常への備え
「えーと…ここの住所で合ってる…よね…」
退院した翌日、アスカは瑞希からの紹介で西牙の家へと向かっていた。
もらったメモにある住所を確認した場所にあるのは格式の高いお屋敷というような門があった。
「この規模って相当良いとこね…」
身近にあの周防の老人の住まう邸宅と比べても差はないくらいの規模だというのが通りながら分かる。
メモをしまい、用意したお土産を確認しインターフォンを押す。
『はーい』
「不知火です。母の…氷上瑞希の紹介で参りました」
『えっと、少々お待ちください』
幾分アスカよりも年若い印象の声に西牙の妹だろうかと考える。
ちなみに氷上というのは瑞希の旧姓だ。こちらを警察の仕事や一部の名義をこちらで使用しているためそう声を掛けないといけないのがアスカでもたまに混乱する点だ。
「お待たせしました。どうぞ」
しばらくしたら門が開き、20代くらいの女性が迎える。恐らくお手伝いさんだろうか。
「お邪魔します」
奥にある応接間に通されると、そこでアスカは1人待つ。程なくして西牙とその母と思われる女性が一緒に入ってくる。
「いらっしゃい。貴女のお母さんからお話は伺っていたけど、うちの子達と同い年だとは思わなかったわ。しかも学校も同じだし」
「あはは…ともかく本日はお世話になります。あ、それからこれは母が…」
そう言ってお土産を手渡す。
「あら、気を遣わなくても良かったのに…じゃあ飲み物の用意をしてくるから西牙、指導頼むわね」
そう言って西牙の母は席を外す。
「…言い方違えたら見合いだな、これ」
「言い得て妙ね…まあさておき」
やることしましょうか、とアスカが切り出す。
「だな…一応話は聞いてるが、今不知火が把握してる術式とその負荷軽減方法についてだな」
そう言って西牙はいくつかの護符や御札を机の上に並べる。
「今並べたのは術式を略式で発現できるようにしたものだ。その中であの時使ったものは…」
アスカの前に『弾』『駆』『跳』の札を置く。
「この3つ、だったな」
「ええ。で、その後に夢という形で把握しているのは…」
並べられた中から自分の方に『縛』『翔』の2枚を取って並べる。
「あとは…そっちが使っていたやつに仕込んである『刃』ね。ちょっと前に偶然使わざるをえなかったけど、相当疲れたわね…」
「あれはどちらかというと緊急用で、一太刀で決めるためのものだ。そう何度も使えない。ただ、この術式が略式になるまでは相当な修練を積んで長時間維持出来るようにしていたらしい」
やっぱりかぁ、とつぶやきながらアスカは病院での出来事を思い返す。
「札がここにないってことは、それでの略式化で使うことは今でも無理ってことね」
「ああ。霊剣などの武具がその置き換えに近い」
そう話しながら西牙は自分の拳銃型の道具を並べる。
「これが出来たのも10年くらい前だな。ただ、維持をしやすくするという点では個人の特性に合わせた武具を現代技術と組み合わせて作るというのを戦後から取り組んでいたそうだ」
「決め手が出来るまでは相当大変じゃない」
「だから俺も一応本来使う武具がこれとは別にある。ただ、基本的に悪用防止のため警視庁の特別部署で管理されてて、そこからの封印解除されないと全く使えないけどな」
その場には用意していないらしく、西牙は拳銃型の道具をしまう。
「で、今使えるものは実質6つの術式か」
「あとは結界も入れていいなら8つね」
そう話をしていると失礼しますと若い声が襖の向こうから聞こえる。
「…どうぞ」
入ってきた可奈は少しむすっとした表情でアスカが持たされたお土産と冷たいお茶を並べていく。
「…可奈」
少し強い口調で西牙がいさめると、そそくさと出かけてくるといって可奈は部屋をあとにする。
「妹さん?」
「…ああ」
「…あたしなにもしてないはずよね?」
「すまん、あいつは重度のブラコンってやつだ」
「あらら…」
アスカとレイジは瑞希の職業が職業であるだけでなく、2人とも姉弟の中としては世間一般でいう丁度いい感じの仲の良さである。
「普通に入ってきたってことは妹さんも?」
「ああ、『見える』」
飲み食いしながら何気ない会話を続ける。
「ともかく、把握している術式はこの略式を施してある札を使うことで使えるようになる。使い方は文字を描くイメージを込めること」
「結構簡単になってるわね」
「そのおかげで術者の負担も少ない上に、発現までの隙を減らすことが出来る」
そう話しながら机の上に並べた札を回収する。
「とりあえず、それぞれ5枚用意してもらう方がいいだろう」
「あ、借り受けはなしなのね」
「流石に略式化出来るようになったとはいえ、手間がかかるし制作出来る人間が少ないらしい」
「そういうことなら仕方ないわね」
西牙の言葉に納得しながら出された食器類を下げらるようにまとめる。
「そこまでしなくてもいいのに」
「お客様と言っても立場上学友でもあるみたいだし、これくらいはね」
そうやりとりしながら2人はテーブルを片付ける。
「じゃ、あとは母さんにお願いすればいいのよね?」
「ああ、その専門家とのやりとりはこっちでは今してないからな」
「あ、そうだ。1枚試してもいい?」
「かまわないが…どれだ?」
そう言いながらアスカの使える術式の札を取り出す。その中から『翔』の札を引き抜く。
「そいつか…俺たちは扱いが難しく使えないが、略式なしで試したことは?」
「ないから余計にね。もう1つは拘束するものだってのは夢で分かってるけど、こっちはどんなのか分かっていても『刃』と同じく長く使えないものか分からないしね」
そう話しながら応接間を出て庭に案内されるとアスカは結界を張る。
その中に2人とも入ると十分な高さもあるのを確認すると『翔』の札を目の前に持ってきて発現させる。
札が燃えてるように見えると素早くそれを自分の方に貼り付けると同時に消滅する。するとアスカの背面に純白の翼が生える。そのまま意識を集中し屋根の高さまで羽ばたく。
「疲労感はない…ならあとは…」
一度夢で見た光景を再現しようとアスカは再度意識を集中する。
張った結界の限界まで飛び上がり、そこからそこから素早く踵を返す。
それと同時に『弾』を描きすぐ発現出来るようにしながら急旋回し、見えた結界外の電柱に向かって『弾』の力を発現する。
放たれた光弾は結界にぶつかると弾けて霧散する。それを確認すると今度は可能な限り空中で急停止や旋回などを試す。
そして最後に降下しながら『刃』の術を発現させる。やはり維持は難しく、倦怠感で集中力が途切れかける。
それでも体制を整え、光の刃を形成することに成功する。そして最初の屋根近くの高さになるとブレーキを掛けて速度を落としそのまま2つの術の形勢を解く。
しかし、消耗は大きかったらしく着地すると同時によろめく。
「おいおいおい」
一連の動きを見ていた西牙が慌てて駆け寄りアスカの体を支える。
「ごめん…でもおかげで霊剣にしていてもああいったことが必要なら出来そうって分かったわ」
「みたいだな。あそこまでの複雑な動きが出来るなんてこっちも初耳だ」
「夢で見てた分はまだすごいわよ。本当に漫画みたいに高速で移動していたし」
「…流石にそれは否定したいレベルだな」
そう話しながら西牙がアスカに変わって結界を解く。
「それじゃ今回必要なことはこれで全部だな」
「うん、ありがと。また何かあったら相談させてもらうわ」
一休みしたあと、アスカは西牙の家をあとにするのだった。
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