第10話 変わる日常
突きつけられた銃口にアスカは硬直する。
普通ならそのまま無抵抗を表すように両手を挙げるべきなのだが、それは出来ない。
そうなれば間違いなく腕輪を取り上げられるだろう。
どうすることも出来ず、ただそのまま動かず沈黙を貫くしかなかった。
「そこまで!」
静寂の中に響き渡る女性の声に二人して振り向く。しかし、アスカの表情はやや青ざめたものになる。
「か、母さん…」
その声が聞こえたらしく、西牙も驚きの表情に変わる。
そこにいたのはアスカの母である瑞希であった。
「あとはこちらが引き受けるから帰りなさい」
西牙にそう伝えるとそのままアスカの手を取り、その場を後にした。
流石に状況が飲み込めず呆然とする西牙。入れ違いになるように可奈が公園に入ってくる。
「お兄ちゃん、お疲れ様」
声をかけられたのに気づき、我に返ると珍しい状態だった西牙の表情に可奈が首をかしげていた。
「あー、室長は何か言ってたか?」
「うん、家族だって」
「マジか…」
アスカがこの場に現れたため急ぎ駆けつけた西牙だったが、当然本来は制止か違う指示をしているはずである。
そうではなく事態解決後に姿を出したということはどういうことか西牙は納得するよう努めるしかなかった。
そう、瑞希は西牙ような人間達の支援者であり、上司と呼べる人間だった。
「こりゃ、知らなかったとはいえ謝りに行かないとな」
短いため息とともに、瑞希経由であってもどう接するべきか.。西牙は本来の静寂に包まれた公園を見渡しながらそうつぶやいた。
一方その頃――
未だに母・瑞希に手を引かれながらアスカはばつの悪そうな顔でうつむいていた。
公園から離れ、自宅のある道を進んで――
(…あれ?)
最中にアスカは違和感を感じた。進んでいる道は自宅の方ではなく近くのコンビニへの道だった。
「あの…」
「とりあえず、飲み物買ってからにしましょ」
そうきっぱり告げられアスカは再び静かになる。
その後飲み物を購入し、軽く一口含み喉を潤すとさっきと違って瑞希が大きなため息をついた。
「…で、何でこんな時間に公園にいたわけ?」
「ちょっと課題煮詰まったから気分転換に…」
元々の建前だが、アスカは基本こういった課題は早めに終わらせるようにする方だ。
実際残りわずかではあるものの、昨日から身に入っていないのは事実なので進んでいない。
「…『見える』ようになったのはいつ?」
その一言にアスカは動きが止まる。
「それって…どういう……」
冷静をよそ覆いつつアスカはなんとか言葉を絞り出す。
「幽霊とかそういうの」
そうはっきりと告げた瑞希はアスカのわずかな動揺を見逃さなかった。
「一応一部始終は見てたからこれ以上はごまかせないからね」
その一言にアスカは覚悟を決めて話すことにした。この二日間のあらましを。
「…なるほどね」
一口飲み物を含み母の次の言葉を待つ。
「あーもう、こんなことになるなら春頃にでも話しとくんだった」
そう言って天を仰ぐ瑞希。
どういうことかと思いながらアスカは母の方を見る。
「うちの家系、どっちもそういうのに縁あるのよ」
その一言にアスカも思わず大声を上げて驚いてしまう。
「父さんの方が武術で、元はそういうもの用に作られたもの。『見える』のはうちの家系で偶々それが濃くでてしまったのが私の代からみたいなのよ」
「それじゃあ母さんも…」
「しっかり『見えて』た。あんたが結界の中でどう戦っていたかも」
「そうだったんだ…」
どこか納得させながらもう一口飲もうとした時、アスカはある疑問にぶつかる。
「…もしかしてレイジも?」
弟の名前を出し母に尋ねる。
「可能性はあるかもね」
こればかりは『見える』ようになるか兆候が一切ないので判断する方法がないとのことだ。
「それにしてもこっちも困ったのはそれよね…」
そう言って瑞希はアスカが身につけている腕輪を見る。
「…やっぱり没収?」
「そうじゃなくてお義母さんの残した遺言書の捜索」
「…あー」
その言葉を聞いてアスカも納得した。確かに遺言書があれば正式に手放すことが出来ないことが証明される。
「どう聞いたかは分からないけど、これは正式にあんたが持って良いものなんだから」
「うん…でも剣としても貴重なものなんでしょ?」
「まあねぇ…とはいえ、それが没収というか回収なのはその史料がほぼ消失しているから探して保管するというのが本来の意図だし」
こういった意図であったと聞かされアスカはまだ名前を知らない西牙の言葉が短絡的だった理由に納得した。
「…てことは説明を省いたか詳しく知らなかったか……あー…」
先ほどの瑞希と同じように天を仰ぐアスカ。
「どうしたの?」
「あの時の子、同じ学校で会う機会はあるんだけど…多分説明不足で取り上げようとして技かけちゃって」
「あらら」
話した内容に瑞希は苦笑いする。アスカと西牙の実力を瑞希は知っているが、指南役を行えるほど研鑽を積まされたアスカも加減はしただろうというのは西牙の動きや報告から知ってはいる。
「さて、そろそろ帰って汗を流して寝ましょうか」
「…だね」
飲み物を片手に二人して普段の何気ない会話をしながら家路へと改めて向かう。
母・瑞希から聞かされた事実に今までの日常が少しずつ変わっていくのをアスカは感じていた。
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