第2話(アスカside)そこにあった「非日常」
「それにしてもなんだったのかしら」
家で体を冷やしている時に見た夢を思い返しながらアスカは一人愚痴りながら近所にある大きな公園に来ている。
大都会の真ん中でありながらかなり広いその公園は、端の方に木陰や椅子など設置されているものの、大きなイベントも出来るように整備されテレビの取材でも取り上げられるほどだ。
「それ以前に、暑い…」
しかし、この猛暑で整備された芝や木陰であっても、照りつける太陽の熱は周囲のビルの照り返しやアスファルトの熱がより暑く感じてしまう。
アスカもこの暑さにはかなわず、よく冷えたお手頃サイズのスポーツドリンクを一気に飲み干したくなる衝動を抑えつつちびちびと飲み、木陰のベンチに座っている。
茹だるような暑さは感じるものの、飲みかけのスポーツドリンクで首筋を冷やしつつ見た夢を思い返す。
普段なら気にも留めないが、形見である腕輪が夢の中で出てきたことでアスカの思考を夢について考察する方向に傾いていた。
「見た夢には二人の巫女さん、かな?その一人がこれを受け取ってて…」
そうつぶやきながら視線を今身に着けている腕輪に落とす。全体的にくすんで鈍い輝きを放っているが、それにつけられた翠の宝石は今もその輝きを失っていない。
夢で見たものと同じだとすれば、翡翠ということになる。もっともそういった鑑定はしていないが、亡くなった祖母がこの宝石について少し話をしてくれたのを今もアスカは覚えている。
「いくら古いからって平安時代より前ってことはないわよね」
もし、これがそう言った古いものなら博物館や学者がこぞって譲ってほしいと家に来ているだろう。そうさせないための祖母の「腕輪を手放すな」という遺言だとすれば実際歴史的な価値は国宝とまでいかなくても貴重な品になることだろう。
「これ以外にも明らかにおかしいのは…」
その夢をはっきり覚えていること。そして落ち着いた今思い返しても「夢」というよりも「デジャブ」というほうが近いという表現が正しいかもしれない。
考えれば考えるほど分からないことが増えていくが、アスカ自身はその夢の光景をどこかで見たことがあるような気がしている。
「……目をつむったら、夢の続き見られる。なんて都合のいいことは起こるわけないわよね」
夢の情報が少なく、たどり着いた答えにアスカ自身明らかに常識外れも甚だしいものだと思ってしまった。
あまりのばかばかしさにこれ以上考えることをやめ、思考を切り替えるため大きく伸びをする。
しかしこの時、たまたま伸びをする際に目をつむった途端、身体の感覚は一気になくなっていった。
腕輪を付けた巫女服の少女が黄昏時、時代劇にありそうな建物が連なる大通りに1人静かに佇んでいる。
目を伏せ、人の動きがない通りで「何か」を探っている。もう片方の手に持っていた錫杖が風に揺られ金属がこすれる音がわずかにするのみ。
(嘘でしょ…)
その光景をアスカははっきりと「認識」している。これが本当に「夢」なら自分の意識がここにあるのが不自然だ。
一般的に夢となればどこかで体験した出来事が夢となったり、当人の願望だったりするが、この状況は異常だとしか今のアスカには思えなかった。
彼女の肌で感じる風の感覚にわずかに交る砂の臭い、それがはっきりと分かるのだ。
少女が「何か」を見つけ錫杖の下部を強く地面にたたきつけ、錫杖の甲高い金属音が響き渡る。それと同時にアスカ自身も殺気とも違う強烈な気配を感じ、一瞬だがぞっとする。
しかし、不思議なことにアスカ自身震え上がるどころか逆に冷静に受け止めて少女と同じ方向に視線が向く。
人気のない大通りの陰からゆっくりと何かが這い出てくる。不気味な声とともに這い出てくる数はひとつではなく、ふたつよっつとまるで鼠算のようにどんどん増えていく。
よく映画などで使われる悪霊の現れ方、そう説明できるような光景が目の前に広がっていく。
アスカが巫女服の少女の方を見ると、少女が現れた悪霊たちの出現が終わると同時に錫杖から手を放し、腕輪に向かけて何かを描く。
描き終わると腕輪にはめられた宝石が強く光り、腕輪全体の形が光に包まれゆがむ。
あまりのまぶしさに悪霊たちは怯む。しかしアスカだけはそのまぶしさを見慣れた光景のように平然と少女の方を見続けている。
そしてアスカはまばゆい中で腕輪の形が大きく変化したところで、身体が思いっきり引っ張られる感覚とともに「夢」は終わりを告げた。
「……」
伸びをした体制のまま目の前の見慣れた風景にアスカはわずかに困惑し、何があったか理解するのに少し時間がかかった。
うるさすぎる蝉の声、暑すぎる中走り回る子供たちの声、そして日陰でも容赦なく感じる猛暑の暑さ。それを理解すると同時に徐々に表情が引きつっていくのが嫌でもわかる。
「本当に見るなんて……」
そうつぶやくと同時に一気に疲れ果てぐったりする。
「偶然。そうじゃないと流石に説明つかないわね」
自分を無理やり納得させている気になったものの、そうしておいた方が自分の精神衛生上いいとアスカは思うことにした。
残っているスポーツドリンクを一気に飲み干し、そのまま視線を強い日差しが降り注ぐ日向のほうに向ける。
この炎天下の中、ハンカチで扇ぎながら話をしている主婦たちにアスカと同じく日陰のベンチで水分を取る親子。そしてこの暑さの中走り回ったり、ボール遊びをする子供たちと何気ない風景が広がっている。
そろそろ離れようかと考えた時、走り回っていた子供が不自然な倒れ方をしたのが目に入った。
この暑さで帽子は被っているが、それでも小学1,2年くらいまでの子どもだったら自分の体が限界を迎えているのに気が付かず熱中症になっている例もある。実際アスカもその可能性があると理解しており、急いでその子供の前に駆け寄る。
「大丈夫?……お姉さんの声聞こえる?」
一言目で反応を見、動きがない時点で言葉をかけながら軽く体をゆする。しかし、子供から返事が返ってくる様子はない。
その子供と一緒に遊んでいた子達も倒れたこの異変に気づいて駆け寄ってくる。
「ともかく日陰に…っ!?」
倒れた子を運ぶため担ごうとした時、アスカはその子の影があり得ない姿になっていたのを目にした。
まるで人型にしたボードの影からいくつかくりぬいたように不自然なまだら模様になっていた。
(なに……これ)
その光景に漏れそうになる悲鳴を必死に呑み込み、倒れた子を日陰へと運ぶため走り出した。
これが、アスカが【非日常の世界】に足を踏み入れる最初の出来事だった。
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