第50話 恋の戦い 2

「ルイさん。大丈夫。お願い、死なないで。ひっく、誰かー、早く医者を……」


その女性は顔をタケルイの胸に当てて、泣きながら言った。


「あ、あなた達は?」


 タケルイとその女性の後ろに立っている何人かの男性達が、二人に近づく私達に聞いた。その男性達は、皆剣を持参していて兵士のような人達だった。


「私は龍騎士。そしてこの人が新しい龍騎士だ。こちらに居られるのが龍姫様だ。そして皆も気付かれておられるがその方も龍騎士だ」


「あっ、申し訳ありませんでした」


 周りの人々が地面に膝を着いて、私達に頭を下げる。


「えっ!?」


 タケルイを抱きしめていた女性が頭をあげて、私達を見ていた。


「お嬢様……」


 一人の兵士が女性に言った。


「龍姫さま……?」


 その女性が呟く。その女性は顔は普通だけれど育ちの良い顔をしている。


「はい。こちらが、龍姫様です。そちらの龍騎士の龍姫で、私達の龍姫です」


 ダニーが言った。私はただタケルイを見ている。少し息が落ち着いたみたい。本当は抱きしめたかったけれど、その女性がいたので出来ない。


「そうですか。それより、医者はまだなの!」


 その女性がダニーに言った後に、兵士の一人に言った。


「お嬢さま、少々お待ち下さい。今すぐ来るはずです」


「早くして。じゃ、じゃないと、ルイさんが死んでしまう。う、クッスン」


 またその女性が泣き始める。


「医者は必要ありません。そこをどいて下さい。龍騎士には、龍姫がいれば怪我は治るのです」


 ダニーが低い声で女性に言った。


「っえ。で、でも……ルイさんの知り合いってどうして分かるのですか? 知らない人に弱っているルイさまを任せられません。私はここを離れません」


 女性が大きな声を出して啖呵をきった。


「サラサ様。こちらの方達は、私の身内の者達です」


 タケルイが微かな声で呟いた。


「ルイさん、で、でも……」


「ミーナ。そ、そこにいるの?」


 タケルイが手を空中に伸ばして私の名前を呼んだ。


「タケルイー」


 私は女性の反対側に廻りタケルイの手を握る。


「タケルイ?」


 女性が呟く。


「その方は、タケルイ=ヤイ。この国の第一王子、及び第一龍騎士で、龍姫の夫です」


 ダニーがまたさっき同様低い声で説明をする。


「そ、そんなー、ルイさんは、ルイさんは、私の屋敷の警備をしている人です! 王子なんてことはありません! そ、それに結婚しているなんて……私、信じません!」


 女性が私を睨みながら言った。その人の顔が怖いけれどタケルイの手を離さない。


「止めんか。サラサ」


 人ごみの中から年配の白髪のあるヒゲをした恰幅のいい男性が私達の所へ来て女性を叱った。


「お、お父様」


 サラサと言う女性がその人を見て驚いた顔をした。


「サラサも見ただろ。ルイさん、いや、タケルイ様は龍を呼んで龍の上に乗ったじゃないか。タケルイ様は、龍騎士でこの国の第一王子様だ。そして、この龍姫様の旦那様だ。お前が簡単に触れていいお方ではない。今すぐに離れなさい」


 その男性が言った。


「で、でも……。そ、そんな……」


「ほら離れなさい」


 男性がサラサの腕を触って彼女を立たせた。サラサは男性の横にしぶしぶ立っている。私はその様子を一瞬見ていたけど、彼女が私の顔を睨んでいたので下を見た。


「ミーナ」


 タケルイが私を見て言った。


「来てくれて、ありがとう……ミーナが側にいると力が出るよ……」


 タケルイがにっこり笑って言った。


「た、タケルイ」「ルイさん!」


 私とサラサの声が重なる。


「ど、どうして!?」


 サラサが叫ぶ!


「どうして、私じゃないといけないの!? 私は、ルイさんのこと、ずっと好きだったのに! どうして!? 急に現れたその女に……嫌よ! お父様! この腕を放して! ルイさんは、龍騎士なんかじゃないわ! 私の屋敷の兵士よ! さっきまで私に付いて、買い物をしていたじゃない!」


 サラサが狂ったように叫ぶ。私は怖くなった。こんな風に悪意を受けられるとメリエッシのこと思い出して震える。


「龍騎士は龍姫から生きる力をもらってしか生きられないのです。事情がありタケルイがしばらく龍姫と離れていましたが、タケルイと龍姫は夫婦ですのです。タケルイはあなたに何か言い寄ったのですか? タケルイ! これは一体どう言うことか!?」


 最初サラサに事情を語っていたダニーだけれど、急に横たわっているタケルイに怒鳴った。


「ダニー、止めて……」


「私は、お嬢さまに一度でも言い寄った覚えはありません。私には妻がいますとお伝えしました……」


 タケルイが大きな声で言おうとしたがまだ身体が弱りきっていて声を出すのも苦しそうだ。


「私はお嬢さまの屋敷で兵士雇って頂いていただけです」


 タケルイがゆっくり上半身を起こして言った。


「タケルイ、もう少しゆっくり横になっていて」


 タケルイの背中に、もう片方の手を当てる。


「ミーナ。ミーナのおかげで体が楽になりました。私はきちんとミーナの顔を見て話をしたいのです」


 少し顔色のよくなった、タケルイが微笑みながら言った。


「ダニーさん。クルイ商会の『ダニー』さんですね? いえ失礼しました。龍騎士様ですから、ダニー様でした。私の名前は、ヨイ、『エルキ商会』のヨイです。そしてこれが私の一人娘のサラサです。この度はこの街をお救い下さりありがとうございます」


 サラサの父親のヨイがそう言って頭を下げた。サラサ以外の周りの人達も一斉に頭を下げる。


「これは、これは、ヨイさん。確か以前「真珠」の取引をしましたねえ。そのせつはどうも。どうぞ私のことも、ダニーさんと今までのように呼んで下さい」


 ダニーがヨイさんに言った。


「覚えていらっしゃいましたか? 私もこの年なので、この頃は王都へ行くことも少なくなりました。どうですか、我が家で宿泊して頂けませんか?」


「いえ、私達はすぐに王都へ戻ります。龍姫のことを心配している方々がたくさんいるので、一時も早く無事をお知らせしたいのです」


「だ、ダニー、どうして王都の人達が私の心配をしているの? 私、まだ数時間しかダニーと離れていないでしょう?」


 うん、確かに今朝別れたばっかりだから、どうして王都の人が私がいなくなったと知っているのか分からない。


「ミーナ。あなたがいなくなったのは、昨日の朝ですよ。それより一体どこへいらしたのですか?」


 ダニーが真剣な声で聞く。


「えっ、私は一晩舟にいたの?」


 とても信じられない。


「ミーナ、舟とはどう言うことですか? それにこの方とあの黒龍は、一体どう言うことですか?」


 ダニーが私同様に地面に座って聞く。


「ダニー、ミーナに何かあったのか?」


 タケルイが聞いた。


「ああ、昨日の朝に急にいなくなったんだ」


「ダニー、別に今ここでタケルイに言うことでもないよ」


「はあ!? どう言うことだ!?」


 タケルイが怒った声で言う。


「もうタケルイも、もう元気が出たなら手を繋がなくていいでしょう。もう、二人ともこんな人がたくさん見ている中で、勝手に怒鳴りあって。もう私昨日から何も食べてなくてお腹空いているのに。それに、マイシだって、何がなんだか分からない所で、分からないことで口論されてかわいそう。もう後は二人で、話をしてね。じゃあ、マイシ。何か食べに行こう?」


私はタケルイの手を離して、マイシの側に立った。私は少し怒って感情が複雑だった。タケルイがサラサへ対して、言い寄ってないと知っているけれど。この一ヶ月私がどれだけ心配していたと思っているの? それなのにサラサと仲良く買い物しているし。うん、仕事って分かっているけれど仕事だったら王子としての仕事だってあるでしょう? って言いたくなった。


「なあ、どうして、人がこんなにたくさんいるんだ?」


 少し不機嫌な私がマイシの横に寄った時に彼が小声で耳元で囁く。私は「はっ」としてマイシを見た。マイシのかわいい顔は不安そうで頼りない顔をしていた。

 島にいた時の自身満々の顔じゃなくて、知らない世界へ落とされた顔。マイシはさっき魔獣と戦っていた時は、きっと周りのことを見ていなかった。でも戦いが終わった後に余裕が出来たから気付いたのかもしれない。話で聞いていた世界が想像と違うと。


「マイシ……」


 私はマイシのぶらんとしている手をとった。


「マイシ。心配しないでいいよ。すぐに慣れるよ。それに、私はずっとマイシといるから……」


 マイシが私の顔をしばらく見て笑った。マイシの笑顔はかわいい。流石、美少女。


「あったり前だー。俺とミーナは結婚しているしな」


 マイシがうれしそうに言った。


「ミーナ、結婚と言うと。っえ!? どう言うことですか?」


 ダニーとタケルイが二人共立って私達の横に来て、聞く。


『グ~』『ガ~』


「……」


 これって、私のお腹じゃないよ! 多分。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る