恋の織物(改稿版)

shiki

第1話 失恋

「龍姫様」


 もう誰も、私の本当の名前を呼んでくれない……。




「本当に剛志のこと好きだったのに……」


 剛志と同じ大学へ行きたくて勉強頑張ったのに結局ダメだった。

 卒業式が終った後、剛志に告白するために彼を探したまわった。校舎の裏で剛志を見つけて嬉しくなり駆け寄ろうとしたら、彼が後輩のかわいい子に第二ボタンをあげているところだった。


ーーうそ! あげないで……。


 私の豆粒のような期待なんて、一瞬で消えた。

 剛志の顔は真っ赤で、「いいよ。俺たち、これから恋人同士だな」って言いながら彼女にボタンをあげた。

 頭が真っ白でその場から動けない。これ以上二人微笑む姿を見たくない。

 そう思って足を動かそうとした時に「美奈」と言う自分の名前が聞こえた。二人は私について話はじめた。 


ーー聞きたくない! なんで私の話なんてするの!


 振られたうえにできたてカップルが私の話題で盛り上がっている場面なんて見たくないのに足が動かない。



***


 剛志と私は高校三年間同じクラスだった。高校に入学してはじめてのクラスの隣の席に彼が座っていた。

 


「はじめまして俺、剛志って言うんだ。酒井剛志。剛志って呼んでくれ。で、君の名前、なんて言うんだ?」


「っあ、あ、は、はじめまして! 鈴木美奈! 美しいに奈良のな、です!!」


「あははー。奈良のな。美奈って呼ぶよ」


 男子と下の名前で呼び合うなんてはじめての経験で胸が高鳴る。隣に聞こえないかと一生懸命ドキドキを抑えようとした。剛志は顔が整っていてイケメンだ。茶色に染めた髪の毛と少しタレ目だけれど堀が深い整った顔。眉毛も綺麗な形をしていていつも羨ましいと思っていた。


 スポーツマンでムードメーカーの剛志は、同学年はもちろん先輩にも後輩にもモテた。彼の周りには同性の友人や女の子たちでいつも賑わっている。


 高校生活三年間剛志は何度も告白されたみたいだけれど、どれも断っていた。

 だから剛志は誰とも付き合わないとどこかで安心していた。



 でも三年生になった時に聞いてしまった。


「お前のタイプって、どんな感じの子だよ」


「ああ、やっぱり色白くて華奢で守りたくなるような、見た目も可愛い子かな」


「やっぱ、そうだよなー。しっかりした女や逞しい女なんてイヤだよなー」


 偶然剛志達の会話を聞いて頬に涙がこぼれた。私は長女だから自然としっかりした子だった。見た目だって中の上。決して可愛いと言われることのない顔。

 前に剛志が「美奈はいいお嫁さんになるね」とか「美奈が彼女だったら楽だろうね」って言ってくれたから、彼のこと好きになった……のに。ただの思わせぶりで、私はどっぷりと彼のことを好きになっちゃった。


 剛志のタイプを知って、自分には望みがないと思ったけれど諦められない。彼と毎日ずっといて、好みのタイプと違うけれど、私のことを好きかもしれない、と希望を持っていた。

 卒業式に告白しようと決めていた。周りも私達が仲いいから「絶対両思いだよ」と言ってくれた。

 高校三年になって同じ大学へ受験するから、私達は毎日図書館で一緒に勉強した。

 何人かの女子に「鈴木さん、酒井君と付き合っているの?」と何度も聞かれた。剛志も理想の子より私といる方が居心地がよくて、好きになってくれると思っていた。だから受験に失敗して悲しかったけれど、卒業式の後に告白をしようと思って彼を探したのに……。


 なんでそんな知らない子と付き合うの? いままで誰とも付き合わなかったのに……。


「先輩、本当にほんとうに私と付き合ってくれるのですか?」


「あっ、ああ」


「う、うれしいです。で、でも鈴木先輩と付き合っていると聞いたのですが?」


「美奈? 美奈は仲のいいダチだよ。あいつ女って言うより男友達な感じじゃない。しっかりしていて、お姉さんタイプが好きな人にはいいけど……俺にはなあ。

 彼女として見るの無理。下手したら、美奈って一生独身でバリバリキャリアウーマンするタイプじゃない。まさか受験失敗すると思わなかったよ。せっかく大学まで付き合えるダチと思ったのになあ。


 それより、俺達が付き合う記念にキスしよう」


「きゃっ、先輩ってエッチだったんですね。くすっ」


「色白で柔らかいマショマロの体にサクランボの口が俺の彼女になったら、絶対食べたくなるのは男の性だよ。俺がエッチなのは可愛い彼女にだけ限定だって。美奈になんか全然欲情しなかったしな」


「あっ、エッチな先輩も大好き。あっふん」


 これ以上聞いていられず二人の元を逃げた。剛志の言葉が頭から離れなくて、元々腫れていた目が涙でさらに霞んだ。だから前をきちんと見ていなかった。私は無闇に目的地もないまま走っていた。駐車場は卒業式で混雑していた。


 バックをしていた車に、勢いよく飛び出していた。


『キャー』『危ない』


 叫びを聞いた後の記憶はもうない。


ーー神様、お願い。私は一度だけでいいの、愛されたい……。

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