レトロゲームと古本にゃ☆

みれにん

2016年のミレニアムブックス【ねこ編】

【ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島】

とっぴんぱらりのぷるにゃんこ

【この冬一番】


 とある日の夕刻。雪国の冬の夕方は早くも真っ暗だ。


「おはようございまーす……さむいさむい」


 旭川あさひかわ千秋ちあきが手をこすりあわせながら、古本屋『ミレニアムブックス』に出勤してくる。全国的に寒く、首都圏でも初雪が観測された日だというのに、手袋もしていなかったようである。

 入口すぐそばのカウンターに入り、コートを脱ぎ、いつもの黒エプロンを身に着ける。いつもの正しい本屋さんスタイル。




【中二病ってこんなの】


 旭川が仕事の準備を終えて落ち着くと、口をへの字にしてじっとレトロゲーム棚を見つめている中学生くらいの女の子に気がつく。

 ゲームソフトを見つめる瞳は大きくくりっとしており、黒目の周りが黄色とも緑とも区別のつかない微妙な色をしている。カラーコンタクトなのか地の色なのかはぱっと見では判断がつかない。

 服装はフード付きのパーカー、と言ってしまえば普通なのだが、それだけでは圧倒的に説明が足りない。フードには大きな猫耳がついており、パーカー自体も、三毛猫のような模様にところどころ縞模様が入る、いわゆる縞三毛模様になっている。前髪のサイドの触覚は太く大きく垂らしており、フードをかぶっているので猫の牙のようにも見える。黒のミニスカートから下に視線を向けると、左右で微妙にアシンメトリックなしましまニーソックスを穿いている。


(ね、ねこ!? 今ここに三毛猫がいる!! か、かわいい……! ものすごく派手だけどものすごく似合っている!)


 あまりのかわいさに自然とにやにやしてしまっている旭川。


(あ、そうか。いずみさんの気持ちもこういうものなのかな? ……羽目を外さないように自重しないと)


 泉さん――高清水たかしみず泉とは、この古本屋のお隣さんである中華料理屋『梅林ばいりん』の店主の娘であり店員である。日々なんやかんや理由をつけては旭川にメイド服を着させて、かわいいかわいいと喜んでいるのだ。そのかわいがりかたを思い出し、旭川は少し気持ちを落ち着ける。

 店員が見ていることに気づいたのか、ねこ少女が旭川のほうを振り向き話しかける。


「お女中よ。ちと聞きたいことがあるのじゃが」


(お女中ときた! ははあ、これが中二病というものなのかな。見た目もすごいけどキャラ作りも……これはかなりこじらせている様子かな。それも含めて、かわいいかも!)


「はい、なんでしょう?」


 内心かなり盛り上がっている旭川だが、平静を装って答え、カウンターから出て少女のもとへ。


「対戦モノのゲームで何かおすすめのものはないじゃろうか。たくさんありすぎてわらわにはよくわからん」

「対戦モノ、ですか」

「そうじゃ。兄上と『アイスクライマー』というファミコンのゲームで遊んでいたのじゃが、どんどん先に進まれてまったく追いつけないのじゃ。兄上はゲームが上手くてのう。このまま負けっぱなしというのも癪に障るので、兄上の知らないゲームをこっそり練習して見返してやりたいのじゃ」


 旭川を見上げながら一生懸命説明する少女。いきなり兄の話題などを持ち出すあたり、かなりの人懐っこさを感じる。


(おーっ! お兄ちゃんにゲームで負けたのが悔しくてこっそりがんばるなんて……なんてけなげ! がんばりやさん!)


「よし、わかった、ちょっと待っててくださいね。そういうの得意な人がいるんです」




【早すぎる】


「てんちょうー」


 薄暗い店の奥で大量の本に埋もれて値付けをしている店長、大平おおひら矢留やどめのもとへぱたぱたと向かう旭川。


「なんだい旭川くん」


 旭川がいままでのいきさつを説明する。すると大平はすぐさま立ち上がり、店入口カウンター向かいのレトロゲームコーナーへ向かう。


「そうか、よしよし、いいものがあるぞ」

「もう当たりがついているんですか。すばやいですね!」


 大平はファミコンソフトの並ぶ棚から、紺色のカセットを取り出し、ねこ少女に見せる。


「こんなのどうかな。『南国指令!! スパイvsスパイ』。これは君の家にあるかな?」


 少女はじっとソフトのラベルを見つめ、首を振る。


「たぶん見たことないと思う」

「よし、じゃあちょっとやってみるか。旭川くん、お相手よろしく」

「お任せください!」


 レトロゲームコーナーの真ん中に置かれたブラウン管テレビとファミコン前に座る三人。ファミコンにささったディスクシステムのRAMアダプタを外し、先ほど取り出したカセットを挿し込み、スイッチオン。

 低音の効いた渋めのBGMとともにタイトル画面が表示される。二人のスパイがパラシュートで島へ降下していく。


「スパイのヘッケルとジャッケルは宿敵同士。今回は南の島に隠されている超高性能ミサイルを敵よりも先に奪取するのだ」


 マップを選択し、対戦開始。1Pの白いスパイがヘッケルで旭川、2Pの黒いスパイがジャッケルで大平だ。


「ただ探すだけでは宿敵を出し抜けないぞ。罠を仕掛けたり、時には肉弾戦で相手をねじ伏せるのだ」


 ヘッケルの移動してくるであろう道にあるヤシの木にロープを仕掛けるジャッケル。旭川はそれを見逃していたのか、まんまと罠の仕掛けられたヤシの木の下を通る。


「あっ、えっ、うそ、逆さ吊りー!?」


 見事に罠にかかったヘッケルはしばらく身動きが取れなくなる。その間にジャッケルはマップを確認し、地面に隠されたミサイルの一部を回収。


「そしてミサイルのパーツを全部集めて……潜水艦で脱出だ!」


 ミサイルが完成し、音楽が変わる。ヘッケルは急ぎジャッケルを追うが、時すでに遅し。潜水艦で島から脱出するジャッケル。


「ええーてんちょう早いですよう……」


 その攻防の様子をぼんやりと見つめていた少女がぽそりとつぶやく。


「ちょっとわらわには早いかも……」




【ROM】


 大平はさらにあれやこれやと対戦を楽しめるゲームを薦め、試してみる。対戦格闘、落ちモノパズル、アクション……。しかし、少女にはどれもいまいちピンとこない様子で首を振るばかりである。

 次第に少女の猫耳が下に垂れていく。うつむいているのだ。


「どうしたの? 店長セレクションは微妙だった?」

「えっ! 俺のせいっ!?」


 動揺する大平をよそに、ねこ少女は旭川の腰のあたりにぎゅっと抱きつく。


「やっぱり、ほんとは対戦なんかよりも、兄上と仲良く遊びたい。兄上が遊んでいるのを一緒に見ているのが一番楽しい……!」


 そう話す少女の声は涙声のように聞こえる。


「そっか……。心のやさしい子なんだね」


 旭川は少女の頭をやさしく撫でながら大平に聞く。


「てんちょう、なんかないですか? 見ているだけでも楽しくて……そう、絵本みたいなゲームって」




【子猫ちゃん】


「そうだな……話を聞いていると、そのお兄さんはずいぶんとゲーム好きなようだし、プレイしている側も楽しめないとダメそうだよな」


 大平はゲームの棚を一通り見回しながら思案し、一本のGBAソフトを選び出す。


「よし、これだ。『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』。なあ、子猫ちゃん、君の家にゲームキューブはあるかな?」

「子猫ちゃんではない! わらわにはという立派な名前があるのじゃ。偉大なねこの生まれ変わりなのじゃ。わらわは14歳だから……人間にして72歳にもなるのじゃぞ」


 子猫ちゃんという発言に必死で反論する、うめのという名の少女。ねこという設定には間違いないようで、激しく中二病炸裂である。


「ありゃ、そうかそうか、それは失礼。で、どうなんだ、うめのちゃん。ゲームキューブはあるのかい?」

「信じてないな……。まあよい、人間にそう簡単に信じられることでもなかろう」


 大平の明らかにあしらっている様子を気にも留めず、うめのは質問に答える。


「ゲームキューブはシルバーのやつがあるのじゃ。父上がゲーム好きなもので、昔からのゲームハードは一通り揃っているのじゃ。使い方は兄上もすべて教わっておるのじゃ」

「じゃあ話が早い。おそらくゲームボーイプレイヤーも搭載しているだろうな。GBAの画面を二人で見るのはちょっと見づらいから、ゲームキューブでプレイしてテレビで見るといい」

「そうか、感謝するぞ店主。して、このゲームはどのようなものなのじゃ?」


 期待にその大きな目をきらきらさせるうめの。


「うん、じゃあ実際にちょっとプレイしてみるか」




【むかしむかし】


 大平は先ほど外したディスクシステムのRAMアダプタを挿し直し、電源を入れる。ディスクシステムの起動画面が立ち上がる。その間に大平が棚から一枚の黄色いディスクカードを持ってくる。


「元はこのディスクシステムのゲームで、二枚組で前編と後編に分かれているんだ。うちには今、ディスク版はこの前編しか在庫がないから、さっき出した移植版のGBA版を薦めたのさ。それなら前後編両方入っている」

「以前やった『スーパーマリオブラザーズ2』のファミコンミニと同じシリーズなんですね」


 かつて台風の日に大平とプレイしたことを思い出す旭川に、大平はうなずき返す。


「そうそう。ファミコンミニのディスクシステムセレクションね」

「能書きはよいからさっさと見せるのじゃ」


 うめのはもう待ちきれない様子である。


「はいはい。じゃあ旭川くん、プレイ担当よろしく」

「はいっ! わたしも楽しみです!」


 いすに座り、大平から受け取ったディスクカードをドライブにセットする旭川。うめのはすかさずそのひざの上にちょこんと座る。


「ここが落ち着くのじゃ。女人のひざの上はふわふわで気持ちいいのじゃ」


 一瞬びっくりした旭川だが、すぐにやさしくうめのの頭を撫でてやる。うめのはご満悦のようだ。


「それでは、はじまりはじまりぃ」



 むかしむかし、ながくしむらというところに、おじいさんとおばあさんがすんでいました。

 あるひ、おじいさんとおばあさんは、どうじにゆめをみました。

 ふたりとも、こどもをさずかるだろうというおつげでした。

 あさがきて、そのはなしをおたがいにしあい、ふしぎがりました。

 いろりのひがきえかかっていたので、おじいさんはやまへしばかりに、おばあさんはかわへせんたくへいくことにしました。



「典型的な昔話っぽい展開ですね」

「はやく、つづきつづき!」

「はいはい」



 おじいさんがやまへむかうとちゅう、きんたろうがあらわれました。

 さんぐらすをかけていて、えいごでしゃべりますが、なぜかおじいさんにはつうじています。

 おじいさんはきんたろうといっしょにやまへむかいました。

 やまにつくと、おそろしいくまがあらわれました。

 おじいさんはびっくりしてこしをぬかしましたが、くまはきんたろうのともだちだったようです。



「英語の金太郎もぶっ飛んでますけど、『いえ~いっ!』って答えるおじいさんもノリおかしい!」


 うめのもくすくす笑う。



 きんたろうはくまにまたがり、やまのなかへきえていきました。

 さて、おじいさんはしばをあつめてうちにかえります。

 しかし、みちにまよい、たけやぶのなかにまよいこんでしまいました。

 たけやぶをさまよっていると、ひかるたけをみつけました。

 ちゅういしてたけをきると、なかからかわいいおんなのこがでてきました。

 おじいさんはおおよろこびで、うちにつれてかえりました。



「おつげのとおりじゃったのう!」

「これあきらかにかぐや姫ですよねえ」

「そう、さっきから気づいているとは思うけど、いろんな昔話のオマージュが詰まっているんだ。ちょっとひねって使っているところがまた面白いんだよな」



 そのころ、おばあさんはかわへせんたくにむかっていました。

 みちのとちゅうにおじぞうさんがろくたいならんでいます。

 おばあさんはこどもをさずかるようおいのりをしていると、いったいだけみのとかさのついていないおじぞうさんがいることにきがつきました。

 かわいそうにおもったおばあさんがみのとかさをつけてやると、おじぞうさんはたいそうよろこび、このさきのかわでいいことがあるとおしえてくれました。

 かわについておばあさんがせんたくをしていると、かわかみからみたことのないおわんがながれてきました。

 おばあさんはびっくりして、おわんをひろっていそいでうちにかえりました。



「桃じゃないんだ!? どんぶらこじゃないんだ!?」

「わらわはカップめん好きじゃぞ。おだしの香りがするのがよい」



 おばあさんがいえにかえると、おじいさんがおんなのこをつれてかえってきていました。

 おばあさんはどびっくりです。

 おばあさんのひろってきたおわんをみると、おゆをそそいでくださいとかいてあります。

 おゆがわいたのでおわんにおゆをそそぎました。

 しばらくまっておわんをあけようとすると、おわんのふたをつきやぶっておとこのこがとびだしました。

 おじいさんもおばあさんもおおよろこびです。

 おじいさんとおばあさんはおとこのことおんなのこになまえをつけてそだてることにしました。



「スタートボタンでデフォルトの名前になるよ」

「あっ、ほんとですね。『どんべ』と『ひかり』って。どんべってあれですよね……」

「そう、あれ。おや?」


 うめのが静かなので前に回りこんでみると、旭川のひざの上ですやすやと眠ってしまっていた。




【ねこ】


「……むにゃ……はっ!」

「あ、おきた? おはよう、うめのちゃん」


 旭川がそのまま少しひざに抱えたまま待っていると、うめのが気がつき目覚める。


「心地よくてつい寝てしまった……」


 うめのは旭川のひざからぴょんと飛び降りると、いすに両手をついて、ねこがするようににゅーっと伸びをする。


「しかしこれは気に入ったのじゃ。いただいていくとしよう」

「よかった! じゃあ包むからちょっと待っててね」


 白い紙の袋に包み、ビニール袋に入れ、お会計を済ませる。


「じゃあこれね。お兄ちゃんと仲良くね」

「うむ、礼を言おう。またくるぞ」


 うめのはそう言ってソフトを受け取り、大層嬉しそうに店から駆け出て行った。


「旭川くん、案外面倒見いいのな」

「だって、かなり変わってるけどあんなにやさしくて人懐っこい子ですから。かわいがりたくもなります!」


 うめのが帰った後なので、テンションが開放される旭川。


「それを言うなら店長だって。あれくらいの子供はあんまり好きじゃないはずですよね」

「うーん、なんでだろうね? 知り合いの飼っているねこに似てたからかな、雰囲気が。なんとなくだけど」

「ひょっとしてその子の名前もうめのちゃんだったりして」

「まさか! ははは……」

「昔話だったらこれ、うめのちゃんは本当にねこが人間に化けていた、みたいなオチになっちゃいますね」

「兄と幸せにくらしましたとさ。とっぴんぱらりのぷう。となるのかな」

「ダメーっ! ダメのダメダメですよてんちょう!!」

「おおっ?」


 旭川の突然のダメ出しに驚く大平。


「そこで話を締めてしまうのはわたしとしては無しです。うめのちゃんはまたくるって言ってくれてたんだから、ねこであろうと人であろうと、また来たときに終わりにしないと。昔話はそれくらい都合が良くったっていいと思います」

「そうか……そうだな」


 旭川のやさしい微笑みにつられて、大平も自然と軟らかな表情になるのであった。




【とっぴんぱらりの】


 数日後。休日の昼下がり。

 旭川が踏み台を使って本棚の高い段から出荷する本を取り出そうとしていると、店内に駆け込んでくる小さな影がひとつ。


「旭川!」


 ゆらゆら揺れるポニテを触ろうと、旭川の後ろでぴょんぴょん飛ぶうめの。台の上なので全く届きはしないのだが。


「あ、いらっしゃいーうめのちゃん」


 やはりねこのようだなあ、と思いつつ、お目当ての本を取って踏み台を降りる旭川。


「あれは面白いものじゃったぞ! とても面白かった。とても!」

「ほんと!? よかったー。お兄ちゃんとも仲良く遊べたんだね」

「うむ。じゃがな……」


 神妙な顔になるうめの。もともとのへの字口のおかげでかなり神妙に見える。


「すぐにクリアしてしまって、また一緒に遊ぶとなると対戦モノばかりになってしまったのじゃ! 他にもっとないのかああいうのは」

「あるある! まだまだあるぞー。同じふぁみこんむかし話シリーズなら『遊遊記』とか、あとは『サラダの国のトマト姫』とか」


 レトロゲームの陳列された棚ではなく、カウンター内からソフトを引っ張り出してくる大平。


「……てんちょう、もしかしてそれ見越して準備してました?」

「んー、まあ、そんなとこかな」


 大平はちょっと恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。


「店長もやさしいとこありますね。でも、お値段はそこそこにしてあげてくださいねっ。子供相手なんですから」

「旭川! わらわを子供扱いするでない! わらわは偉大な……」


 ぷーっとふくれて反論するうめのを見て、慌てて訂正する旭川。


「ああっごめんねうめのちゃん、そんなつもりじゃ……」

「ほう、そうかそうか、それならお値段こんな感じで」


 キッ、と旭川が大平を睨む。


「ああもう、冗談だよ冗談。もう大事なお得意様だからねー、そんなぼったくったりするわけないでしょ」

「ならいいんです。変な疑いかけてすみませんでした」


 旭川、やはり素直でいい子。


「あさひかわー、またおひざでプレイしてほしいのじゃ」


 甘えた声で旭川にまとわりつくうめの。


「はいはい。いいですか、てんちょう、これお願いしちゃって」


 旭川はさっき取り出した本を大平に渡す。


「おーっ、どうぞごゆるりと。子猫ちゃんの接待をしてあげなさい」

「また馬鹿にしおって! これだから人間風情は……」


 騒がしくもやさしい時間の流れる古本屋でしたとさ。

 とっぴんぱらりのぷるにゃんこ。

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