第34話 悪魔吊り⑨本物

「見せられないって、それってどういう意味よ?」


「そ、それはその……」


 お嬢様に問われ、一瞬口ごもる犬崎だが意を決したように告げる。


「お、オレのスキルは『ゾーン』っていうスキルだ」


「ゾーン?」


 その一言に眉をひそめるお嬢様。他の参加者達も似たような反応をしており、多くがどういう意味かと戸惑っている様子だ。


「つまり集中状態になれるスキルってやつだ。よくあるだろう? ゲームとかスポーツの試合とかでさ、すごく感覚が研ぎ澄まって実力の百パーセントが出せるって時。オレのスキルはその集中状態――『ゾーン』に強制的に入れるスキルだ。けれど、それって今すぐここでやれって言われてもできないんだよ! つーか、証明できない! オレが本当にゾーンに入っているかなんてお前らに見せても分からないだろうし、そもそもゾーンに入れるようなことをこの場でできるわけがねえだろう!? だから、見せられないって言ってんだよ!」


 犬崎の説明に納得しつつも、しかし釈然としない様子のお嬢様。

 それは周囲の連中の反応も同じようなものであった。


「……確かにアンタの説明通りのスキルなら、ここでやれと言ってもそれは証明の難しいスキルね。けれど、それって自分にスキルがない悪魔がそれらしいスキルをでまかせで言って難を逃れようとしている風にも取れるわね」


「なっ!?」


 お嬢様の返しに息を呑む犬崎。

 それに対し、周囲の参加者達も同意する。


「その通りだぜ。証明できないスキルなんて、随分と都合がいいな。おい」


「てめえが悪魔なのを隠そうとしてるんだろう? そんなでっち上げのスキルを誰が信じるかよ」


「ち、違う! 本当だ! オレは本当にスキルを持ってるんだよ!!」


「だったらそれを証明しろって言ってんだよ。できねぇなら、てめえが悪魔だろう」


「ち、違う! オレは違うんだ!」


 次々と周囲から悪魔の疑いをかけられ恐怖に顔を歪ませる犬崎。

 その表情のまま犬崎は必死にすぐそばにいた猿渡や雉姫に近寄ろうとするが――


「……わ、悪いな、犬崎。ち、ちょっと今はお前の味方出来ないや」


「……そ、そうね、ごめんなさい。犬崎。あなたの言ってることなんだか嘘くさいわ……」


「なっ!?」


 手を伸ばした瞬間、猿渡と雉姫はそれを拒絶するように下がる。

 これまで連れ立っていた仲間――友人にすら見捨てられ、絶望に膝を落とす犬崎。


「決まりだな。なら、まずはお前が悪魔ってことだ」


「なっ……!」


 そう言って犬崎の周りにいた参加者達が彼を取り囲むが、それを制止させるようにお嬢様が告げる。


「待ちなさいよ。まだあと二人残っているわ。こいつが黒かどうかは残りの二人の確認を済ませてからでもいいんじゃないの?」


 そう言ってお嬢様は残った二人――浦島と乙姫を見る。

 そんなお嬢様に従うように周囲の参加者達も彼らを見る。

 浦島は最初と変わらない憮然とした態度のまま、乙姫はそんな彼の後ろに隠れ、怯え戸惑う少女の様子で、お嬢様達からの視線を受け止めていた。


「で、待たせたわね。アンタ達のスキルは何?」


 問いかけるお嬢様。だが、それに対する浦島の一言はあまりにシンプルであった。


「言えねえ」


「……なんですって?」


「言葉通りだ。言えねえ。誰がてめえらに教えるかよ。スキルってのは自分達の切り札だろうが、それをホイホイ他人に教えるかよ」


 さも当然のように浦島はそう断言した。

 その一言にさすがのお嬢様も呆れたような顔を向ける。


「アンタ……状況分かってるの? この状況で自分のスキルについて話さないのは黒だと認めるようなものよ。それともそっちの犬崎のように証明出来ないスキルだとでもいいたいの?」


「さあな。そいつらてめえらで判断しな。とにかくオレもこっちの乙姫も言うつもりはねぇな。それでオレらを黒だと判断して投票するなら、好きにしな」


 そう言って自ら輪より離れていく浦島。

 そんな浦島の後を乙姫も困惑した表情のまま渋々といった様子で付き従う。

 二人のそんな行動を見て、周囲の参加者達は堰を切ったように叫ぶ。


「ふざけるなよ、浦島! なら、てめえもその女も黒ってことだろう!」


「スキルを見せないってことは認めてるってことだろう! なら望み通り、次の投票はてめえで決まりだ! この自称王様が!」


「なんにしてもこれで決まりだな。そこにいる三人に投票すれば確実に悪魔二匹を仕留められるってわけだ!」


 吐き捨てるように叫ぶ参加者達。

 無論、その投票には犬崎も含まれており、それを聞いた瞬間、犬崎の顔はますます青ざめる。


「ま、待ってくれ! オレは本当に人間だ! スキルもちゃんとある! だから投票は――」


「あん? そんなこと言ってもお前のスキルは証明できないんだろう? ならほとんど黒ってことじゃないか」


「だな。お前が悪魔なら生き残るためにそういう嘘をつくのは当然だろう。諦めな」


「そ、そんな……!」


「むしろ、五人中三人まで絞れたんだ。十分だろう。仮に一人無実の人間がいたとしても、その一人の犠牲で残った悪魔を殺せるんだ。そいつは名誉ある犠牲ってやつだろう」


「だな。それにそろそろ時間だ。じゃあ、そろそろ紙に番号を書くか。安心しろよ、犬崎って言ったか? 殺すとしてもお前は次の投票時間まで伸ばしてやるよ」


「……ッ」


 すでに参加者の中で浦島、乙姫、犬崎に投票することは決定済みのようであり、各々手に持った紙に番号を書こうとする。

 無論、その番号は他ならない浦島の番号であろうが。


「ちょっと待って」


 しかし、全員が納得し投票を開始しようとした時、再びお嬢様がそれを制止させる。


「またアンタか。今度は一体なんだ?」


「あ、アンタ……」


 場を制止させたお嬢様に対し、すがるような視線を向ける犬崎。

 だが、お嬢様の視線は犬崎ではなく、そこから離れた位置に立つ別の男へ向けられた。


「そこのアンタ――猿渡って言ったかしら。ちょっといい?」


「へ、ぼ、僕?」


 思わぬ指名に困惑した様子を見せる猿渡。

 だが、お嬢様の表情が真剣なのに気づくと渋々とお嬢様の近くへと移動する。


「い、一体なんだよ……」


「アンタにちょっと頼みがあるの」


「頼み?」


「そう。あいつを――『念写』して欲しいの」


 そう言ってお嬢様が指したのは雉姫と呼ばれた少女だった。


「なっ!?」


 自らを指定されたことに驚く雉姫。

 だが、猿渡の方はそんな頼みに対し、よくわからないといった顔を向ける。


「? どういうことだよ。なんで雉姫を僕のスキルで念写しなきゃいけないんだよ」


「やれば分かるわ。いいからやって」


 しかし、妙に強引な頼みに猿渡が手に持ったカメラに手を伸ばそうとした瞬間、それを慌てて止めるように雉姫が割って入る。


「ちょっと待ちなさいよ! ふざけないでよ! そんなことする必要ないでしょう!? 何の意味があるっていうの! もうアタシもこいつもスキルの証明は終わってるでしょう!? なら、このまま投票に入ればいいじゃない!」


「お、おい、どうしたっていうんだよ。雉姫……お前、なんでそんなに慌てて……」


「うるさいわね! アンタはさっさと投票で殺されなさいよ、犬崎! 皆も早くそこにいる三人を殺しなさいよ!」


 雉姫の癇癪に思わず声をかける犬崎であったが、それを払いのけるどころか、切り捨てる雉姫。

 妙というよりも異常な剣幕だ。

 その様子には犬崎だけでなく、猿渡すらも引いている。

 そして、そんな雉姫の様子を観察しながら、紅刃お嬢様は何かに気づいたように呟く。


「……一つ気づいたことがあるのよね。悪魔はスキルを持たない。だから、スキルを見せた人物は悪魔ではない。けど、これってある種の先入観よね。思い出してみれば悪魔にだってスキルがあったわ。そう、そもそも悪魔は“どうやって”アタシ達の中に混ざっているの?」


「は? どうやってって――」


 そのお嬢様の一言にこの場にいた何人かがそれに気づき息を呑む。


「そう、悪魔は“人に変身”する。そうやってアタシ達の中に混ざってアタシ達を殺す。なら、それってつまり――」


「ッ!」


 紅刃お嬢様のそのセリフに青ざめる雉姫。

 猿渡もそんな状況に飲まれたように立ち尽くすが、お嬢様は彼に素早く命じる。


「猿渡。早く『念写』をしなさい」


「え? あ、ああ……わ、分かった……」


「ッ! やめろって言ってるだろうがあああああ!! 猿渡いいいぃぃッ!!」


 叫び、猿渡に掴みかかろうとする雉姫。

 だが、そんな彼女に対しお嬢様は廻し蹴りをお見舞いする。

 お嬢様からの蹴りをまともに受けて、その場で悶絶する雉姫。

 それを見て、周囲の参加者達も「や、やりすぎだろう!」とお嬢様を非難する。

 だが、猿渡のデジカメより彼の『念写』による写真が現れた瞬間、状況は一変した。


「なッ!? なんだよ……これ……ッ!?」


 写真を手に取り、青ざめる猿渡。

 見ると指先は震えており、そこに映った光景が本物なのかどうか彼自身、自らのスキルを疑っていた。

 そんな彼が持つ写真をすぐさま奪う紅刃お嬢様。

 そして、そこに映った光景を見て、お嬢様は静かに目をつぶる。


「――つまり、これが答えってことよ」


 その場にて、写真を掲げるお嬢様。

 その写真に映っているのは雉姫の姿。

 だが、それはこの会場にいる雉姫の姿ではなかった。


 そこに映ったのは、見たこともない薄暗い路地にて倒れる雉姫の姿。

 その瞳に光はなく、口から血を流し、なによりもその腹は鋭い爪によって無残に引き裂かれ、ズタズタとなった内臓がはみ出た姿。

 ハッキリとしたことは言えないが、そこに映った雉姫の姿に――生は感じられなかった。


 死体。打ち捨てられた惨殺死体。

 猿渡がスキル『念写』によって映し出した雉姫の姿とは、そんな路地裏にて打ち捨てられた惨殺死体であった。


「この猿渡って奴のスキルが本物で、それによって映し出された“本物の雉姫”の姿がこれなら、ここにいるアンタは雉姫の姿を借りた偽物――つまり悪魔ってことよ」


「ッ!!」


 瞬間、お嬢様の行動は早かった。

 写真を投げ捨てるや否やナイフを抜き放ち、目の前の雉姫へと襲いかかる。

 それに対し、目の前の雉姫――いや、雉姫の姿をした悪魔は即座に右腕を異形の腕へと変え、その鋭い爪先をお嬢様へと向ける。

 だが、遅い。

 すでに間合いに入り、しかも油断も遊びもなく、必殺の覚悟で放たれたお嬢様の一撃をただの悪魔が避けられるはずもない。

 結果、悪魔の一撃はお嬢様の頬を切り裂き、お嬢様の一撃は悪魔の心臓、その胸の中心を深々と刺す。

 続くもう片方の手に隠し持った一刀にて、その首を切り落とし、死の余韻すら与えることなく、音霧紅刃の殺しの技は完遂した。


「これで――二匹目」


 そうお嬢様がカウントすると同時に四時間経過の鐘の音が響いた。

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