第33話 悪魔吊り⑧判別

「おい! 見ろ! やっぱりあいつらの中に悪魔がいたぞ!!」


「やっぱりな! あの浦島って奴、悪魔だったんだ!!」


「しかも二人だぞ! これはもう決まりだろう!!」


「殺せー! そのボックスに入った五人を投票で殺せば、悪魔は全滅! オレ達はこのまま生き残ってこの第一ゲームは終わりだー!!」


 ボックスの数字が表示され、中から浦島率いる五人が出るや否や、その周りにいた参加者達はまるで魔女狩りのように口々にそう叫ぶ。

 いや、事実これはある種、魔女狩りのようなもの。

 悪魔の容疑がかけられた者はそのまま住人達の手により死刑台に上げられ、処刑される。この第一ゲームにおけるルールそのものである。

 そんなすでに暴徒と化し、狂ったように「吊るせ!」「吊るせ!」「吊るせ!」と叫ぶ参加者に対し、浦島と共に入った犬崎、猿渡、雉姫は必死な抗議の叫びを上げる。


「お、おい! 待ってくれよ! オレは違う! オレは人間だ! だからオレに投票するのはやめてくれ!!」


「ぼ、僕も違うぞ! 僕は人間だ!! 悪魔が二人いるって言っても、それは僕以外の連中だ! こ、殺すならそいつらを殺してくれ!!」


「私も違うわ! 冗談じゃないわ! 私は助かりたいからこいつらの……浦島の仲間になっただけよ! 私はもともと無関係! だから殺すならまずこの浦島ってやつとその彼女からにしてよ! そ、そうよ! 悪魔はこの二人に決定よ!!」


「ひぃ……!」


 雉姫にそう指を指され乙姫と呼ばれる少女は怯えるように両手で自分の体を抱きしめる。

 一方の浦島はこれで完全に窮地に立たされたはずなのに、なぜかその表情は最初と変わらず憮然としたものであり、その態度も自分を「吊るせ」と言っている連中を見下したものであった。


「おーおー、確かにこうなったらもうオレの言うことは聞けねぇな。まあ、そうだよなぁ。お前らからしたらオレを一番最初に排除したいわけだし、良かったなー。これでオレを投票で抹殺できる大義名分が出来たってわけだ。それで早速今回の投票でオレの番号を書いて処刑でもするか?」


「当たり前だ! この悪魔野郎が! よくもオレ達を騙して王だとかのたまって謀ってくれたな! だが、そいつももう終わりだ! 次の投票でてめえを殺して、てめえのクソ独裁は終わりだ!!」


 その男のセリフに周囲の参加者だけでなく、浦島のグループに属していた連中すらも殺意に満ちた目を浦島に向けながら頷く。


「ああ、その通りだぜ。浦島」


「てめえ、今までオレらのリーダーだとか調子のいいこといって引っ張ってたが、誰もてめえのやり方に賛同なんかしてなかったんだよ。むしろ、いつてめえを後ろから落とそうか、そのことばっかり考えていた連中だよ」


「けど、これでお前の王様ごっこも終わりだぜ。浦島。わりぃな、お前が言ったことだぜ? 先に悪魔と確定した奴から殺していく。安心しろよ。お前だけじゃなく、そのボックスに入った五人は全員殺してやる。そうすれば確実に『悪魔』は脱落するんだからな」


「そうかよ」


 かつての仲間達の罵詈雑言に対し、しかし浦島は不敵な笑みを浮かべ返す。

 もはや自分の死が逃れられないと思って観念しているのだろうか? だとしたら大した精神力であり、確かにそうした憮然とした態度は彼を憎むこの場にいる参加者からすれば最もイラつく態度であろう。

 なにしろ彼らが望むのは自分達をいいように扱っていた『自称王』が泣き叫び、命乞いする姿に違いなかったのだろうから。

 それを考えれば、あの態度も浦島なりの皮肉とも取れるが……。


「ちょっと待ちなさいよ」


 そんな饗宴状態となったこの場に再び冷静な一言が走る。

 無論、それを口にしたのは紅刃お嬢様である。


「この場にいる連中がその浦島を殺したのは分かるけれど、今はそれよりもその五人の中にいる人外を見極めることの方が重要じゃないの?」


「はあ? てめえ、何言ってやがる。すでに人外が二人って出てるんだぞ。なら、残りの時間を使ってこいつら五人を殺せばそれで解け――」


「悪いけどアタシって本業で殺しをやっているから、無駄な殺しはしたくないのよ。しかも標的がどれか明確に分かる状況下においてはね」


「……はあ?」


 紅刃お嬢様の発言に眉を潜ませる参加者達。

 無論それは前者のセリフもそうだが、この場合は特に後者のセリフにだろう。


「ちょっと待てよ、お前。まさか、この五人の中にいる悪魔を見極められるっていうのか?」


「ええ、多分できるわ」


 紅刃お嬢様の発言にざわつく周囲。だが、すぐにその方法に気づいたらしき人物が問いかける。


「それってもしかしてさっきの二人っきりになるってやつか? なら、さっきのあの桃山って奴のスキルが必要だろうが、あいつはまだ怪我をした状態だろう。それでさっきのような真似をさせればあの桃山って奴が死ぬんじゃないのか?」


 その男の発言の通り、桃山は現在脇腹を刺され、そこに包帯を巻いている状態だ。

 幸いというべきか、あのあとすぐに紅刃お嬢様が治療をしてくれたために大事には至らなかった。

 最も刺した陸の方も致命傷にはならず、派手な出血と傷に見せかけるよう上手く刺したようだ。


「その心配はないわ。怪我人の力なんか借りなくても判別は可能よ」


 傷口を手で触りながら不安げにお嬢様の方を見ていた桃山に対し、お嬢様はそう宣言する。


「なら、どうやって判別するって言うんだ?」


「スキルよ」


 問いかけた男に対し、お嬢様は断言する。


「悪魔が人間に化けると言ってもそれはせいぜい外見や表面的な記憶や性格でしょう。けれど、いくら悪魔でもこの地獄に参加しているプレイヤーのスキルまではコピーできないはず。なら、その五人にスキルを使ってもらえばいい。使えれば、そいつは本人である可能性が高いわ。これならどうかしら?」


 お嬢様のその提案に息を呑む参加者達。

 それを聞いた彼らは次々納得するように頷く。


「そうか……確かに言われてみればそうだ……」


「人間……というか参加者かどうか確かめるならスキルの確認をすればいい。確かにその通りだ」


「むしろ、こんな単純なことに気付かなかったなんてな……」


 確かにこういう状況下ではそうした当たり前のことに気づきにくくなることもままある。

 だが、お嬢様の言うとおり、悪魔がスキルを使えないとするのなら、この見分け方は極めて重要となる。

 先ほどまで「吊るせ吊るせ」と叫んでいた参加者達も、お嬢様の冷静な判断に水をかけられたように落ち着きを取り戻し、浦島含む五人へと向き直る。


「というわけだ。お前ら、さっき自分達は悪魔じゃないって言っていたが、それを証明したいなら、今ここでお前達の『スキル』を見せてみろ」


 その提案に一瞬、躊躇を見せる犬崎達。

 そうもそうだろう。スキルと言えば、この地獄においては文字通り自分達の切り札であり、状況によってはそのスキルの効果次第で勝ち残ったり、生き残ったりが可能となる。

 そして、そのスキルの内容をこんな大衆の中で明かすのは自分の弱点をさらけ出すようなもの。

 今後のデス・ゲームにおいてはかなりのハンディキャップとなる。

 が、それはあくまでもこの場を生き残った際に限られる。ここでそれを明かさなければ『悪魔』として吊るされるのなら、自分のスキルを話すのに躊躇は僅かな間しか必要としなかった。


「ぼ、僕のスキルは『念写』ってやつだ」


 まず最初に自分のスキルについて名乗りを上げたのは猿渡と呼ばれたメガネをかけた男子。

 よく見ると彼は首からデジカメをぶら下げており、そのカメラを手に取って説明する。


「こいつは対象は心の中で思い浮かべる。すると、その対象の現在の姿が写る。この時の写し方は上から眺めるような写し方だ。た、試しに今やってやるよ。そうだな……そ、そこのお前! 今からお前を写してやる!」


「アタシ?」


 そう言って猿渡はお嬢様を指差し、デジカメを持ってお嬢様に背を向けると目をつぶり集中をする。

 すると彼が持ったデジカメが光り、そこから一枚の写真が現れる。


「ほら! これが証拠だ! 僕は後ろを振り向いていたぞ! こんな写し方、普通じゃできないだろう!」


 猿渡が渡した写真には確かに直前のお嬢様の姿が写っていた。

 構図も上から見下ろすような写真であり、お嬢様の周囲に居る人間も写真のとおり。しかもカメラが光った際、猿渡はお嬢様に対し背を向けていた。これはその場にいた全員が確認している。


「確かにこれはスキルと言ってよさそうね。けど、なんかアンタのスキルって盗撮専門って感じね」


「う、うるさいな! そんなの今は関係ないだろう!」


 お嬢様から返された写真をそのままポケットにしまう猿渡。

 続いて彼に続くように隣にいた雉姫と呼ばれた少女が前に出る。


「つ、次は私ね……。私のスキルは『変身』よ。これはその名のとおり見た目を私の知る誰かに変身させるスキルよ。今使うからちょっと待ってて」


 そう言って雉姫がなにやら集中をすると、次の瞬間その身が別人へと変わる。

 それはお嬢様の隣にいる陸であり、その後、すぐ近くにいた男性、あるいは女性へと変化する。

 何人かに変身したところで彼女のスキルが説明の通りだと理解すると、すぐに他の参加者達も納得する。


「これでいいかしら? 私は本物、人間よ。間違っても悪魔じゃない。だから、私は殺さないでよ……」


 そう言って最後に付け足すように雉姫は告げる。

 ここまで二人。順調にスキルを見せてくれた。残るは三人。もしも、お嬢様の読み通りなら、その三人のうちの二人が悪魔ということになるが――。


「それじゃあ、次はそこのアンタよ」


「……ッ」


 そうお嬢様が指さしたのは雉姫の隣に立っていた金髪の男。

 耳にはピアスを開けており、服もだらしなく着崩してある。

 いかにチャラそうな外見をした今時の若者といった印象である、その男は犬崎と呼ばれていた。

 犬崎はお嬢様に指名されるや否やなにやら気まずそうに視線を逸らし、そのまま黙りこくる。


「ちょっとどうしたのよ。さっさとスキルを見せなさいよ。それとも――無いのかしら?」


 お嬢様のその発言に周囲の参加者達がざわつくのが見られた。

 とうとう一人目の人外が尻尾を出したか。そう思われた瞬間――


「ち、違う! 違うんだ! その、お、オレのスキルは……オレのスキルは――見せられないんだ!」


「……は?」


 思わぬその一言にお嬢様だけでなく、周囲の参加者達も眉をひそめ、犬崎を見るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る