第16話 幕間~桃山太郎という男~

 桃山太郎の家庭は歪んでいた。


 父は政治家であり、国会議員の一人。

 母親はとある大企業の娘であったが、二人の間に愛はなく、政治的思惑による結婚のみがあった。

 そうして生まれたのが桃山太郎であり、彼は父親と母親。その両者から一切の愛情を受けることはなかった。


 父は政治や選挙に打ち勝つことにしか興味はなく、母親は生まれてから家事など一切したこともなく、また自身が上に立つ人間だという傲慢から子育てなど進んでやることもなく、そうしたことは全て使用人に任せていた。


 父の桃山太郎に対する仕打ちは世間一般で言う虐待に位置した。

 太郎は決して優秀な子供とは言い難かった。

 しかし、それでも太郎は幼い頃から努力をし、自分なりに学校での成績をあげようと躍起になった時期があった。

 だが、太郎が成績で一番を取った時は何も言わなかったが父が、それ以外を取った時の反応は酷いものであった。


 どうしてこの程度が分からない?

 貴様はクズか?

 無能の遺伝子など、この家にはいらない。


 父にとってみれば、それは当たり前のセリフであったろうが、まだ幼い子供にとって一番以外は無能と言われる単語は心に大きな傷を残した。

 ある時、父親は言った「母親の遺伝子が悪かった」と。

 それは太郎にとって自分は生まれた瞬間から「無能」という遺伝子が組み込まれたのかという洗脳に等しかった。


 父親の息子に対する感情に愛は一切なかった。

 その証拠に太郎は一度として、父親からのプレゼントを受け取ったことがない。

 あるのはただ金という紙切れのみ。

 それで好きなものでも買えという愛情の欠片もないやり方。


 だから、太郎が母親に愛を求めようとしたのも当然であった。

 だが、加えて言うが桃山太郎の家庭は歪んでいる。

 それは母親も例外ではない。


 ある時、桃山太郎が母親が大事にしていた食器を割ったことがある。

 その時、母親が示した感情が太郎の面倒を見ていた使用人に対する暴言と暴力。

 割ったはずの太郎に対するお咎めは一切なく、その間、母親が太郎に何か一言をかけることはなかった。


 結論から言えば、この事件は太郎が母親の気を引きたいがためにやった自作自演であった。

 だが、そんな太郎の思惑とは裏腹に母親はまるで太郎の存在がないかのように扱い、その結果、一人の使用人がクビとなる結果だけが残った。

 また母親も父との関係にすでに愛はなく、外に愛人を作っては遊びほうけて、それを父親すらも容認し黙認している事実。


 桃山太郎の家に彼を真っ当に導き、真っ当な家族愛を与えるものなどいなかった。

 だからこそ、彼が俗に言う不良。問題を起こす人間になるのは自然なことであった。


「おらっ! 花野! てめえ、俺らがテストのデータ、学校からハッキングして奪ってるって先公共にチクリやがったろうが!」


「ぐっ……桃山君。あんなやり方……認められないよ……僕は、正しいことをしただけだ……」


「なにが正しいことだ! 正しいってのは権力あるやつの行為が正しいって言うんだよ! オレは議員の息子だぞ! てめえのような一般家庭のガキと一緒にするな!!」


「よっ! さすが桃ちゃん! かっこいいー!」


「つーか、そいつ反省の色なしじゃん。もうちょっとボコボコにして、なんなら下半身脱がしてネットに晒そうぜ」


「あははー、それ超ウケるー! こいつもそれで少しは反省するんじゃないの?」


「う、うぐっ……う、うえっ……おげぇ……!」


「うわっ! こいつ吐きやがった!」


「きたねえ! おい、桃ちゃん。その臭いのそいつに処分させろよ」


「ははっ、それいいな。おい、花野。今てめえが吐いたやつ、そのまま口の中に戻せよ?」


「……え?」


「まさかできねえっていうのか? てめえが出したものだろう。戻せよ。それともまた吐くまで殴られたいのか?」


「う、うううっ……」


「うわ! こいつマジで飲み込みやがったー! おえー! 気持ちわりー!」


「うわっ、アンタ。最低、気持ち悪。生きてる価値ないんじゃないの?」


「おい、猿渡。今の撮れてるかー?」


「バッチリー。あとでツイートにでも上げとくよー」


 誰かいじめる日々。

 別に誰でも良かった。ただ、自分よりも弱い奴、不幸な奴を作りいびることで、自分は“それよりもマシ”だと思いたい幼稚な思想。

 そう。桃山太郎も歪んでいた。


 歪んだ家庭に生きるものは、多かれ少なかれ歪みを抱える。ゆえに――


「おい、聞いたかよ。花野優作、自殺したらしいぜ?」


「あー、そりゃ、仕方ねえよなぁ。あれだけイジメにあってればなー」


「っていうか、桃山もやりすぎだろう。まあ、教師も俺らも見て無ぬふりだったけどさ」


「おい。桃山に聞こえるだろう。もうこの話はやめておけよ」


 ……くだらねえ。

 死んだからなんだ。オレが知るか。

 単にあいつが自殺しただけ。あいつの責任。あいつの心が弱かっただけだろう。


 オレは違うぞ。

 クソみたいな家庭に生まれて育ったが、それでも自殺しようなんて思わなかった。

 要はそういうことだろう。

 あいつは弱者で、オレは違う。それだけで。


 知るかよ。それ以上のこと、知るかよ。


 桃山太郎は歪んでいる。

 ゆえに彼が死に、この地獄に落ちるのは当然である。

 だが彼は知らない。

 歪んだ環境が歪みを作るように。

 彼の歪みによって、新たなる歪みが生まれたことに、彼はまだ気づいていなかった。

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