エスっ気兄貴とおもちゃな弟

相田サンサカ

01:可愛くて色気たっぷりな弟

 「……どうしてこうなった?」

 

 弟が、昏睡して倒れた。

 

 顔はみごとに真っかっか。口からは、よだれが垂れてテーブルに池を作っていた。

 

 本来なら、すぐに介抱するべきところなんだろう。

 

 けれど、俺はそんな模範的な兄貴じゃなかった。

 

 むしろ、ちょっとエスっ気があり、普段から人に言えない妄想をしているような人種だ。

   

 可愛らしい寝顔を見ているうちに耐えられなくなり……。

 

 俺はその日、弟に襲い掛かってしまったんだ。

 

 

 「あのさ。お前にあげたい物があるんだけど」

 「え、なぁにお兄ちゃん? 何をくれるの」

 「結婚指輪」

 「ふぁっ!?」


 ――どうしてこうなったか、その顛末を説明しておこう。

 

 夜中の十一時ごろ。

 親は寝ていて、子ども二人だけでテレビを見ている時のことだった。

 

 突然の、プロポーズじみた発言……そんなものを聞いて、ユウは目と口と鼻をおっぴろげてしまう。

 

 「えっ、えっ……!? な、何言ってるの!? け、結婚……っ! そんなのムリだよっ……❤」

 「いやぁ、冗談だよ冗談。血がつながってるのに結婚できるわけないもんな。ハハハっ」

 

 と、俺は笑った。


 「お、お兄ちゃん……なんか目が笑ってないよ……? ていうか、血走ってる……」

 「いやいやいやっ、き、気のせいだよ」

 

 慌てて目をこする。い、いかんいかん。ちょっと、結婚するという妄想が盛り上がりすぎたかもしれない……。

 

 「ゆ、指輪は冗談で。実は今日、学校でお菓子もらったんだよね。チョコ。食べるか?」

 「わーっ♡ うん、食べる♡」

  

 ユウは、ころっと表情を変えた。

 

 ほっ……。

 

 「結婚指輪」うんぬんは、たぶん、俺の内なる願望が漏れてしまったと思うんだけど……なんとか、誤魔化せたみたいだ。

 

 「でも、お菓子なんて誰からもらったの?」

 「カノジョ」

 「そうなんだっ。よかったね♪」


 と、ユウは微笑んだ。


 そんなユウの笑顔は天真爛漫で、とても可愛った。できれば、それこそ結婚したいくらいだ。

 

 血がつながってる相手だから、身びいきだろう――と思われるかもしれないけど、そんなことはない。テレビで見るアイドルとかより、よっぽど可愛い気がする。

 

 それに、ユウのいいところは顔だけじゃない。

 

 カノジョが俺に物をくれたからって、別にからかったりもしてこない。むしろ、普通に祝福してくれてる感じだ。

 

 世の兄弟姉妹たちは、どれだけ仲が悪いことか……それに比べたら、これほど兄に愛想よい子はまれだと思う。


 性格的にも、見た目的にも……このユウは、天使なのだった。


 かたや、俺は性格も見た目も平凡な範囲内。サッカー部所属の、ごく普通の高校生だ。とても、俺がユウの兄だとは信じられない。

 

 ユウを見ていると、いつものことながらため息が出る。


 「は~、かわいっ……」

 

 聞かれないくらいの声で、そう呟いてしまった。

 

 ……あれ? なんか俺、ドキドキしてね?

 

 俺は深呼吸して、


 「た、多分、食うと太ると思ったから俺によこしたんじゃね?」

 「あははっ♪ でも、せっかくカノジョさんがくれたのに、ボクが食べちゃってもいいの?」


 と、ユウは首をかしげた。

 

 ユウは、そんな何気ない仕草でもいちいち色っぽく見えるという特徴を持っている。

 

 やべ、激マブ(死語)じゃん……。


 「いいよ。俺一人で食える量じゃないし。取ってくる」

 「うんっ。じゃ、ボクはお茶淹れるね❤」


 俺は、さりげなくユウの後姿を観察する。

 

 まず、「お茶淹れるね」とすかさず言えてしまうところが、いまどき珍しいくらい女子力高すぎなわけだが。


 でもそれだけじゃない。

 

 たかがお茶淹れるだけなのに、なんとも丁寧なことに、エプロンをいそいそ巻いている。

 華奢な体を、ピンク色のエプロンが包み込む。

 

 セミショートの髪の毛が垂れないように、片手で押さえながらお湯を注いでいた。


 「なぜ?」と聞かれると、はっきり答えられないんだけど。ただ、それだけの何気ない仕草が、やたらにエロい……。

 

 ユウの体つきは、まだまだ中学生のガキなのに、どうしてだ?


 俺は悶えた。


 「あぁぁぁ~……っ……!」

 「……どうしたの、お兄ちゃん? 変な声出して。取りに行かないの?」


 いつの間にかユウが目の前にいた。

 綺麗な白い肌にふちどられた、大きな瞳がじっと俺を見ている――


 「はっ!?」


 やべぇ……。萌えてたのがバレる!


 「いやっ、別になんでもない、なんでもないっ!」

 「変なお兄ちゃん」


 ユウは、くすっと笑った。

 


 ――と、ユウのこんな笑顔に、いったい何人が撃沈されてきたのだろう。


 俺は高2で、ユウは中2。

 

 だから、中学校での様子をちょくせつ知っているわけではない。

 

 でも、ユウの妙な色気というか、魅力の片鱗は、昔からよく目にしてきた。


 たとえば、ものごころついた時、親といっしょに外出したりした。

 が……そのたんびにユウは、通りすがりのおばさんとかに、  

 

 「可愛い女の子ねぇ~! 芸能事務所に入れたら?」

 

 と薦められたり、あるいは

 

 「私もこんな子を産みたかったわ……!」

 

 とマジ顔で言われたりしてた。

 

 それは、幼児期特有の可愛さで説明できるものじゃなかった。頻度がすごかったし、それに、俺はそんな事は一度も言われたことはないからな。


 幼稚園に入ると、ユウは人を引き寄せる謎の能力をもっと発揮しはじめた。

 

 入園当初から、男児女児問わず、園児たちがユウの周りに集まって離れなかった。一種の、ハーレムだな。

 

 ユウをお迎えに行く時には、もう大名行列みたいになっていて……。

 

 なかなか家に帰れないので、ユウもうちの親もほとほと困ってしまった。


 ユウが小学校に入ってからも、ひどい。


 小学生なのに、どんなフェロモンが出ているのか知らないけど、ユウは人をポ~っとさせる魅力を自然に振りまいていた。

 

 その上、性格的にも愛想がよくて、誰にでもやさしいと来ている。


 これでモテないほうがおかしい。


 告白をされるのは、もはや日常茶飯事。

 ラブレターってのが、日刊で配達されるなんて、俺はこの時はじめて見た。

 

 ユウの取り合いで、クラスの女子どうしが激しい憎しみ合いになったこともあるそうだ。

 

 派閥どうしがいやがらせ合戦を繰り広げた結果、女子の半数以上が心を病んで学校を休んでしまい、けっか、学級崩壊へ――という、ヒデェ結末に終わった。まさに傾国の美女(?)だ。

 

 ある時なんか、三人の相手がいっぺんにラブレターを出してきたこともある。しかも、運悪く、待ち合わせ時間がかぶってしまった。

 

 イヤと言えない性格のユウは、おおいに困っていたりした。その時は、上級生だった俺が無理やり引っ張って帰ったけど。


 もはや学校中の男子はもちろん、女子も大半が、ユウに恋していたといってもいいだろう。 


 そして、ユウが魅了したのは学校の生徒だけではない。

 道を歩いているだけで知らないお姉さんとかに声をかけられたり。あやしげなおっさんに連絡先のメモを渡されたり。

 

 それから、日曜に街に行くと必ず若い兄ちゃんとかにナンパされるので、その時は絶対に俺がついていかなければいけなかった。


 芸能関係の事務所などに、スカウトされたことも一度や二度じゃない。

 ユウは、目立つのが苦手らしく、すべて断っていたけど。


 ある夏祭りの時などは、数人の男たちに車へ押し込まれ、危うくユウは誘拐されるところだった。 


 俺が防犯ブザーを鳴らしたから、どうにかなったものの……もし下手をしたら、強姦でもされていたかもしれない。今でも、肝が冷えてしまう。

 

 それだけ、彼らの目に、着物姿のユウが魅惑的に映ってしまったんだろう。俺も、あれはもう一回見てみたいし……。

 

 そして、中学生になった今。

 

 ユウの妖しげな魅力は花を開き、もはや成熟の域にまで達していた――

 


 「……どうしてこうなった?」

 

 チョコレートボンボンを口にした途端、ユウは「こてん」と倒れた。


 顔が真っ赤で、すやすやと寝息を立てている。

 どうやら、こいつはアルコール分にメチャクチャ弱いらしい。

 

 部屋は別々なので、寝顔を見るのは久しぶりだ。

 

 チャンス!

 

 四つんばいになってユウの顔をしげしげ観察する。

 

 やっぱり、可愛い。モテまくるだけのことはある。

 ぶっちゃけ、この世のものとは思えない儚げな愛らしさだ。

 

 眉毛がつんと立っていて。


 くちびるが、小さくまるっとしていて。


 肌から、なんとなくいい香りがして

 

 ……あぁっ! もう、頭おかしくなる!

 

 「無防備すぎるぞ、ユウ……!」

 「んん、んっ……❤」

 

 頬を「つつつっ」とこすってみる。ユウは、妙な息を立てて体をよじらせた。

 

 今度は、ぷにっとしたユウの手を握ってみる。

 

 「……すぅ」

  

 と、ほっとした感じで息を吐かれる。

 

 「うぅ、やべぇ……なんかもう……ダメだ!」

 

 手をしっかり握ったまま、ユウに顔を近づける。

 

 そして、ユウのくちびるにキスした。

 

 ……ウソだよ。そんなことをする勇気は、俺にはない。

 

 ただほっぺにキスしただけだ。

 

 「ユウ……!」

 「ん、ん……っ❤」

 

 ユウは、かすれたような吐息をした。

 

 ユウの愛らしい顔が目の前にあるというだけで、俺の顔は燃えた。

 

 「んっ……ふぅ……っ❤」

 

 やっぱり、息をするだけでなぜか色っぽい。

 

 「お前、起きてたりしないよな……?」

 「すぅっ……ん……」

 

 やっぱり、ユウは寝ていたようだ。キスをやめると、穏やかな寝息に戻る。

 

 ユウに毛布をかけて居間に放置し、俺は自室に戻った。

 

 布団にもぐって、1時間、2時間経っても眠れない。

 

 (キスとか、俺は……いったい何てことを。でも……でも……っ!)

 

 ユウにキスした時感じた、痺れるような感覚が忘れられない。

 

 どうやら俺も、ユウの魅力からは逃れられなかったようだ。

 

 むしろ、今までよくもったほうだと思う。

 

 俺は、かけ布団をすべて蹴っ飛ばした。

 

 am○zonで、チョコレートボンボンを大量にカートに入れ、お急ぎ便指定で「購入確認」ボタンを押した瞬間――俺の理性は、跡形もなく消し飛んでいた。

 

 「息するだけで可愛いとか、ちょっとやばすぎだろ……!」

 

 俺は、兄貴なのに。


 しかも、カノジョだっているのに。

 

 「優斗ユウト、お前が……お前が、悪いんだからな……!」

 

 ユウを――血のつながった弟を。

 自分のオモチャにしようと、あっさり決意したのだ。

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