第27話:崩壊と再建


 総司と恵の最初の告白から2年が経過しようとしていた時のこと。無事留年することもなく高校を卒業した総司は卒業証書を和室にいる祇園家当主に手渡し、その上で祇園家から出ることを伝えた。成績と彼を見て少し考え込み、そして結論を出す。


「総司、本当にそれで良いのだな」

「はい。後は河辺家当主に認めてもらうだけです」

「そうか。まぁ、お前は祇園家よりも河辺家の方が性に合うかもしれない」

「申し訳ございません。オレは祇園家の力になれなくて」


 生まれてから兄と同じ道を歩んできたが、結局今日まで落ちこぼれの称号から脱することができなかった。一番の心残りであるが、結局年齢と経験を埋めることができなかっただけの話である。今は好きな人と一緒の場で仕事できることだけを考えて決断したのだ。


「いや、いいのだ。祇園家の系譜にお前の名は残そう。受け入れて貰ったその時は、その名と祇園家の誇りを汚すなよ」

「……はい。今までありがとうございました」


 正座の状態で頭を下げて、心の底からの感謝を祇園家当主に感謝の言葉を告げてこの部屋を後にした。

 次に神明神社に訪れ、元吉に改めて頼んだ結果、ため息を吐きながらこう告げられる。


「貴様、今度任務があるだろう。その様子次第で考えよう」

「ありがとうございます。次の任務、必ず果たします」


 少々の進歩があったおかげなのか元吉もそう告げられ、この機会を逃さないと強く決心する。認めてくれれば迎え入れてくれて、失敗すればおとなしく祇園家に戻ろう。と……。



                  ●



 数日後。日本某所で絶界化されて魔界一歩手前の活火山を解放してほしいとの任務がくだされ、いつもの4人で活火山『ともびやま』へ向かった。立ち入るだけでも溶けてしまいそうな環境の中、原因を見つけて元凶を倒すだけの内容。……だったはずが、怪物のいる洞窟内で思っていた以上に苦戦に強いられることになる。戦闘開始から数十分経過したときには全員が疲れはじめている上に怪物はまだ平気そうだ。


「章人! こちらに回復を回してくれ!」

「分かっているよ玄氏君。でも追いつかな……うわっ!」


 迫りくる大量のマグマ。そして巨体に見合わず素早く振り下ろしてくる腕と爪。目の前には獣だが岩の姿をした異形の怪物が姿を見せていた。力強い右腕に殴られた章人は壁に激突し、咄嗟な行動ができなくなってしまった。


「このぉぉぉぉ!!」


 段々余裕が失ってきた総司は大剣を両手で持ち上げて怪物に向けて切り込みを入れようと振り下ろす。だが傷をつけるだけで手応えらしきものが見えない。そしてすぐに腕の一撃に巻き込まれて地上に叩きつけられる。


「総司さん! 破魔矢、行ってください!」


 御札から一枚の矢に変化、太陽神の力を借り入れて同じく御札から変化した弓にセット。急所箇所を特定して射抜く。大きな一撃を与えることができたもののまだ倒れる様子が無い。怪物から吐かれるのは大きな唸り声だけ。

 瓦礫から脱した総司とようやく動けるようになった章人。次の攻撃を行おうとした途端、大きな地響きとともに怪物の叫び声が轟く。


「この感じ、みんな、退避しろ!」


 気配を察知した玄氏は咄嗟に声を上げるが地響きによる騒音で遮られ、大量の落石が全員に襲いかかる。

 地響きと落石が落ち着き、最初に目を開けたのは恵。あたりを見回すまでもなく、風景は一変した。凸凹が残っているものの平坦だった地形が大量の岩石によって変化し、同時に発生したマグマにより行動範囲が狭めている。そして……


「章人さん! 玄氏さん!」


 章人は岩石に埋もれてうつ伏せで気絶。玄氏も右向きに倒れて気絶しており、右目から深い切り傷を負っている。そして、恵の目の前には先程よりも血だらけでありながらも大剣を離さない総司の姿が。


「総司さん!? もしかして、私をかばって……」

「オレは恵を守り、お前を倒す。それまで倒れるわけにはいかない!」


 頭を中心に打撲で悲鳴を上げる身体を無理やり動かし、大剣を構え直す。


「スサノオ! オレに剣の力を貸してくれ!」


 大剣から草薙剣に姿を変え、怪物に向かって駆け出す。何度も切りつけては避け、再び襲いかかる落石を恵が八咫鏡を使用してアマテラスの力の元で成功して跳ね返して直撃。それでも怪物はまだ倒れる様子が無い。


「限界点まで来ないと倒れないというのなら! くらいやがれ!」


 大きな声を上げながら怪物の胴体に深く傷を入れ込んだ。さすがの怪物も悲鳴を上げ、やっとのことで手応えを見せたと笑みを浮かべる総司だったが突如強い衝撃が彼を襲う。今まで受けていた攻撃よりも脳が拒否するほどの胴体を突き破る痛み。身体の言う事が聞かずにどんどん視界が真っ白になっていく。


「総司さん!!」


 恵の悲痛な叫び声は遠く、そして全てが無へと変わっていった。



                 ●



「…………総司、気がついたか」

「……ここは」

「万神殿の医務部集中治療室だ。君は一週間も意識失っていたのだぞ」


 と説明してくれたのはライオンマスクの状態ではないヘラクレス。見る限り口には酸素マスクが付けられ、真っ白な天井に周りに並べられた医療機器でここは医務室の一室であることはようやく理解できた。だがその時に身体の底から痛みが走り、思わず目を強く閉じる。


「痛むか? そりゃそうだ。救出してから緊急治療を行うぐらいだし、あの任務から数日生死をさまよっていたのだからな。日によっては意識戻ったかと思ったら痛みで大暴れしたと聞く。今は鎮痛剤で緩和しているが、今は無理に動かないほうがいい」


 まだぼんやりしているとはいえ、たしかあの時は死んでもおかしくない致命傷を受けたはずだ。何故生きているのだろう……今の状態でその疑問を考える気力が残されていない。


「任務の結果に関してはある程度回復してから報告しよう。とりあえず、ゆっくり休んでおくれ」


 そう告げてヘラクレスは集中治療室から出ていき、再び目の前が真っ暗になった。


 さらに一週間が経過。ようやく付けられていた医療機器全て取り払い、身体中の痛みも鎮静剤無くても十分なぐらいに回復して通常の病室に移された後に気づいた、知った点が沢山浮き彫りになる。

 一点目は自分の身体が思うように動けないこと。痛みで動けないわけではない。頭が右手動けと命令を送っても反応が微弱に返ってくるだけ。担当医の話によれば、全身に深いダメージを負っただけでなく、頭にも負傷したのが原因らしい。

 二点目は先に回復して退院していた玄氏と章人から伝えられたことだ。ここに恵の姿が無かったので嫌な予感はしていたが……。


「なんだって……任務失敗!?」

「あぁ。万神殿の神々が救助に向かった頃には全滅して、あの活火山は魔界化された」

「僕と総司君、玄氏君は救出できたものの、その時には恵さんの姿が無かった」

「そんな、恵が!? 本当に居なくなったのか!? 死んで黄泉の国に行ったとかそんなわけではなくて?」


 最後に見た時はまだ動ける状態だった恵が居なくなっていたことについて流石に取り乱していた。


「ヤマト神群に属する執行人の話では、黄泉の国には恵さんの魂は存在しなかった。そして総出で捜索に当たっても結局見つからず」

「どこにも居ないって……」


 任務を失敗したことに関してショックだが、何よりも恵を失うことが彼らにとっては心に深く傷が残るものであった。アマテラスにも居場所特定をお願いするも特定不可能と言われるなど発見は絶望的であり、死亡確定する見通しらしい。

 なんて顔と言葉で河辺家現代当主に報告すればいいのだ……。総司は強く思い悩みながら動かぬ身を最低限行動できるぐらいまで回復させるようリハビリを行い、ある程度の生活を送れる状態に戻ったのは半年以上が経過した後、秋の色が深まり始まる頃であった。


「何があったと思ったら……任務失敗した上に孫娘一人救えなかったのか」

「この件に関しては完全にオレの失態です。本当に申し訳ございませんでした」


 神明神社内の神主の間で元吉の前に正座で頭を下げて決して上がらない。


「この一件は謝るだけでは済まないぞ。斬首の刑を持って償え」


 畳から立ち上がる音と刀を持つような音が聞こえる。当然の結果だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。目を閉じ、元吉の行動を聞き届けようとしていた。しかしその目前にしてバタッと倒れる音が聞こえて思わず顔を上げる。


「ぬぐっ……」

「当主様!」


 咄嗟に立ち上がろうとするのだがまだ病み上がりの段階ですぐには膝に力が入らない。結局両手で地につく状態ではあるが近寄る。


「大丈夫ですか、当主様」

「ちぃっ……。あと五年早ければその刀で躊躇いなく貴様を切り刻めたものを」


 近寄ってみて分かったことは、元吉の呼吸はあまりにも荒く、刀を持たない左手で胸を当てている。普通に考えれば彼の歳はもう神主の職をするには限界を越えていた。恵の話によれば、最近心の蔵に病を持つようになり、早いところ後継者を見つけて次期当主に譲り受けたかったと聞く。


「本当はそうしたいのは山々だが、致し方ない。……河辺総司!」

「は、はい!」


 あれ。今オレの事を『河辺』の姓で呼ばれた? と内心驚きつつ、張り上げた声に身体を止める。


「今日から貴様は河辺家の一人、そして全責任を持って次期当主になれ!」

「オレが……次期当主?」

「この代で河辺家の血脈は止まる。だが伝統を恥じず幾多の手段を持って後世へと引き継げ。少しでも大きな道を外れ、喪失しようものなら貴様の魂は神の座に帰らず黄泉の国へ行かせずに地獄へ突き落とすと思え」


 総司を見つめる元吉の目からは血脈が途切れる悔しさはあるのは勿論、それでも継がなければ神明神社の存在が危ぶまれる状況に苦渋の決断をしたのだろう。そもそも失敗した原因が自分にある総司にとっては断る理由などどこにも無かったのだ。


「分かりました。河辺総司、この魂にかけて河辺家を、神明神社を引き継ぎます」

「それで良い。だが貴様の身体がまだ不自由さが見える。戦場復帰とは言わず、合間に鍛えなおしてやる」


 あれからの話。戦闘の後遺症を理由に神子の仕事を引退した総司は完全に祇園家から離れ、河辺家として毎日休まぬ日々を送ることになった。朝早くから昼間は神社で神主としての仕事全てを頭に叩き込みながら業務を行い、夜は失った体力と力をある程度取り戻すために鍛錬を続ける。その最中で元吉は動かぬ身となり一ヶ月で亡くなった後河辺家当主に引き継いだ。

 輝かしい若当主となった彼には休息などは存在しなかった。河辺家周辺の関係者と何度も集会で話を合わせ、神明神社でも従業員の指示と祭事の予定組みと準備などで早朝から夜遅くまで連日続いていた。そして気がつけば河辺家に迎え入れてくれてから三年が経過していた。


 全て一段落がつき、つかの間の休息を得て自宅の和室で寝転んでいた。あの任務以来地獄のようなリハビリ、当主の仕事、神主の業務等など。他のことを考える暇も無く、いざ予定のない休みをもらった瞬間抜け殻のようになってしまった。

 今自宅には彼一人。本来であれば…………彼女と……。


「恵……」


 ここには恵は居ない。死亡したと断定する材料もなく、だからといって生存の手がかりは何一つもない。だが消滅したと信じたくないし、死んだとも思いたくない。頭を抱えて身体を横に向けて自分の罪悪感に押しつぶされそうになっていく。既に彼の年齢は二十才を越え、そろそろ婚約者などを考えなければいけないが恵に対する気持ちが強くて踏み出すことが難しい。

 恵、オレはどうすればいい? 先代当主からは後世へと引き継げと言われているが、今の自分にそれができるのだろうか。後から流れ込んでくる思考の渦に飲まれようとした時、彼の脳裏に女性の声が響き渡る。


『なーに自分で自分を追い込んでいるのよ』

「こ、この声。アマテラス様!?」


 突如の祭神様登場で咄嗟に身体を起き上がらせる。彼の前に触れることは出来ないが幽体のアマテラスが現れた。神子を引退して以来めっきり話すことは無かったために驚くも、一つ聞きたいことがあると思い出して先に伺う。


「アマテラス様、一つお聞きしたいことがあります」

『何かしら?』

「恵について、親神のあなたなら分かるはずです。彼女は最後何をしたのですか?」

『あぁ、そのことについてね。残念ながら活火山の絶界は神との通信が相当悪かったの。だから恵の最後の姿は私も見ていないわ』

「それは……本当なのだな?」


 神様であっても、ここでしらばくれるととても困る。多少の殺気を立ちながらアマテラスを見つめるのだが、当の彼女はため息を吐くだけであった。


『本当よ。でも一つだけ、恵から頼まれたことあるの』

「頼まれたこと?」

『あの任務に関する予言を受け取った時、彼女相当不安に思っていたみたいでね。この任務で生きて帰ることができるのかって』

「予言でそんなことか?」

『長年やっていたから分かるでしょ? 予言はいいこともあれば、最悪死に至るものも存在するのよ。恵はわたしに『もし私が生還できなかったら、総司さんは落ち込むと思います。その時はアマテラス様、私のことを気にせず総司さんのことをよろしくお願いします』と告げていたわ』

「気にせずって……そう言われても」

『すぐには無理だろうね。事前にスサノオと話していたのだけど、あなたに一つ提案が。……総司、わたしと子を成さない?』


 アマテラスからの衝撃的な一言により思わず目を見開いてしまった。ヤマト神群の主神とはいえ普段岩戸で引きこもっているから尚更である。


「神様……とですか!?」

『何驚いているのよ。人間が神と結ばれて子を成すのは神話上いつものこと。他の人間を探して政略結婚を狙うよりかはマシだと思うわ』

『俺にとっては不本意だが、こればかりはな』


 後ろからため息を吐くスサノオを他所に考え、他の道を選ぶよりも神々と愛する道を選んで歩み寄った。



                   *



「そして弥音が生まれ、多忙の中育てて今に至るわけだ」

「……そうだったのですね」


 今までの話を弥音は当時の写真を見ながら静かに聞き、後から立てられた花についての意味を知る。紫色の球根花が『あなたを待っている』クロッカスであることを。通常なら榊を立てるのだが、遺族の意向であれば問題ないようだ。


「居なくなってから二十年経ったが、それでもオレは彼女はきっとどこかに居ると信じている。だからかもしれないな。多忙な状況でも苦にならないのは」

「父上が思った以上に一途な人であることはよくわかりました」

「突っ込む所そっちかぁ。ま、まぁいいのだけどな」


 少々苦笑いを浮かべる総司なのだが、そこに思い悩むような様子は何一つも見せないぐらいに余裕さが見えている。普段見せない顔だけに少し頬をふくらませる。


「最初の頃よりも随分賑やかになったのは確かだ。弥音や初代様、そして唯吹も来てと。弥音を一人にさせない状況下になっているだけでも大きいか」

「私のことよりも自分の心配が最優先だと思いますけどね」

「オレのことはどうだっていい。とはいえ、唯吹を見た時ふと恵の顔を思い出したのだが、単なる気の所為か……」


 多分その頃神社で清掃を行っていた唯吹が思わずくしゃみをしてそう。と少し頭をかしげる総司を見て思いつつも、すぐに彼の目線は弥音に向けられる。


「気の所為だろうな。最後に弥音に聞きたいことがある」

「はい、何でしょう?」

「お前は自分の予言についてどう思う? いつかは訪れるであろう未来を変えたいと思うか?」


 この手の質問先程語ったばかりの、河辺恵に対するものと同じような内容であった。恵や総司とは多分異なる予言を受け取っているが最初から決めていた方針は変わらない。


「どんな災厄が訪れる予言であっても、私は無理にでも変えます。父上やアマテラス様、そして全ての人々のためですから」


 胸の張った返答に総司は微笑んで右手で彼女の頭を乗せて少し撫でる。


「お前のような子に育って、本当によかったよ……」


 褒め言葉に聞こえるが悲しそうな様子が聞こえたような、そんな気がしたが深追いをすることは無くそのまま離された。


「さて、この後寄りたいところ沢山ある。付き合ってくれるか?」

「はい。勿論です。ところで一つお聞きしたいことが」

「なんだね?」

「話に出てきた一宮章人さんは今頃どうしているのですか?」

「あぁ、章人な。あの任務の報告以来オレもさっぱりでな。連絡送ったものの一つも返事来ていない。アイツはどうしているのだろう……」


 総司にも知らないとは……。そう思いながら霊場から離れて次の目的地へ車が動くのであった。



「……あぁ、夢か。随分懐かしい夢を見たものだな。……もう二十年か。僕にとってはもう相当大昔の話かと思ったのだけどな。恵さん……」


 彼らが気になっていた章人は現在、神奈川県にある神境市の市立博物館の館長として仕事を真っ当していた。その存在を気づかれるのはそう遠くはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る