第14話:二頭の龍


 降り注ぐ弾幕による砂煙も晴れた先には積み上げられた岩の姿があるがすぐに消え、まだ膝が地についたまま倒れない唯吹の姿があった。近くで見ないと詳しい状況は分からないが、苦しそうにしていながらも意識は保っているようだ。

 首の皮一枚で助かったのには理由がある。弾幕が降り注ぐ直前。避けることができないなら防御手段でしのぎたいと頭の隅々まで考えついた結果、九龍城でジャック・ザ・リッパーと対立していた時のことを思い出し、あの時守ってくれた岩戸を呼び出して防ぐことができた。暴走でギフト使用できなくなったのかと思っていただけに救われた結果と言える。


「……ちっ。幸運な奴」


 悔しそうな表情を浮かべる窮奇と、危機を去ってほっと一息つく愛里、渚紗、シェリアだが油断は出来ない。


「ならば追い打ちを与えるまでだ」

「そうはさせないわ! 『龍変化』発動!」


 一枚のお札を構え、周辺から水を噴き出して渚紗に包み込む。球体に形成された水から尻尾が伸びて窮奇の胴体を巻きつける。その球体から東洋の龍が姿を現す。


「さぁ、地面に突き刺さりなさい」


 窮奇の顔を地上に向かせ、落下スピードを乗せて地面に激突させた。その衝撃で自慢にしていた牙も砕かれて一時使い物にならなくなる。激しい痛みに悶える窮奇をよそにもう一つ唱える。


「ヤマト神群の風の神、スサノオ。我が身に力を授け、嵐の力を持って吹き荒れよ!」


 尻尾をもどした後に翼を広げ、激しく吹き荒れる嵐に囲まれて瞬間移動。すぐに唯吹の前に着く。近くで分かることは、状態が廃人一歩手前であるということだ。


「しっかりなさい。ここにいてはまた攻撃を受けるわ!」


 目を開けるだけでやっとな唯吹から見たら、聞こえてくる声は聞き覚えのある渚紗のものだが、姿は龍そのもの。……龍。考えていると胸が苦しくなっていく。


「明らかに大丈夫じゃないわね。戦闘は諦めて私とともに同行しなさい」


 しかし唯吹から帰ってきた答えは、言葉もなくただ頭を横に振るだけ。


「あんた、今の自分の状況をわかっているの? 一発でも受ければ死ぬのよ!」

「道理であいつに近寄ったわけか。なるほど」

「思った以上に早い……」


 説得をしているうちに窮奇が唯吹に目線を向け、翼から風を集めていた。抱え込んで回避するにも手遅れの可能性がある。ここは唯吹の盾になろうと前に立つ。


「唯吹を倒したければ私を倒しなさい!」

「渚紗さん! 唯吹ちゃんは大事だけど渚紗さんも倒れたら……」


 胸を張る行為に遠くから愛里の心配そうな声が聞こえてくる。状況を見るに、この攻撃をもろに受けた場合無事では済まないだろう。だが、渚紗は龍の姿であれ、その顔に余裕さが見える。


「何を言っているの? 愛里。私はあんたと同じ創世の予言と力を持つのよ。不屈の闘志がある限り、これぐらいの相手に倒れるわけが無いじゃない」

「渚紗さん……」

「さぁ、来なさい!」

「言われなくても、巻き添えとなってしねぇ!!」


 翼に溜め込んだ風を唯吹と渚紗に向けて風の一閃として飛んできた。このまま受けるのかと思いきや、その一瞬の間。渚紗の前に唯吹が立つ。


「あんた本当に馬鹿なの? どうしてそこまでして戦いたいの!」

「……みんなを守りたい。ボクが忘却の子とかどうだっていい。ただそれだけ、だから!」


 言葉発する気力も、立ち上がる体力も無いが、それでもただひとつの大きな気持ちが最後の力を湧き上がらせていく。心の底から思う。ボクを見ている神様よ。どうかこんなボクに……私に力を貸して欲しい、と。一か八か、幻視した光景を元に声を上げる。


「水を司る二頭の龍よ! ボクたちを守り給え!!」


 地上から水が噴き出し、そこから龍状態の渚紗ほどの大きさではないが二頭の水の姿をした中華龍が飛び出してきた。またたく間のスピードで風の一閃と激突して水しぶきと化したのだ。これには攻撃を放った窮奇も、守られた渚紗も、見るしかできなかった愛里とシェリアも驚きの表情を見せる。


「なぬぅっ!?」

「さ、さっきの一体……何なのですの?」

「舞い上がる龍……これって渚紗さんが?」

「違うわ。そのギフトは持っていない。水……二頭の龍……まさか……!」


 攻撃を守りきった龍は唯吹の前で姿を変え、ガードが龍模様の二対の剣が地面に突き刺さった。その剣を触れようと手を伸ばす直前、脳裏に聞き覚えのある声が響き渡る。



『……唯吹。天笠木唯吹!』



 この声は実際には聞いていない。だが夢の中で聞いており、とてもといってもいいほど気持ちが落ち着いてく。気がつけば戦場状態の公園ではなく水平線に広がる水の世界。剣の前に青混じりの黒の長髪に派手な装飾が目立つ頭と青い目。服装も露出度高めで中国の王女ともいえる神仙が現れた。

 唯吹はその神様を見て思い出す。今まで様々な神様と出会い、様々なギフトを使っても変化はなかった。だが、二つの剣と現れた神様を見た時、鮮明に思い出していく感覚に自分が誰の子であるのか確信し、その神様の名を口にする。


「龍吉公主……ボクのお母さん……」

「やっと気づき、見つけましたね。そうです。わたしは龍吉公主。水と竜を操る神仙です。わたしの子だと分かった以上、現世でわたしの手足として…………唯吹?」


 いつもの自己紹介として振る舞っていた龍吉公主だが、突然唯吹の目から涙が溢れ出してきて戸惑いはじめる。唯吹からしたら、自分の親神が分かったのもそうだが、この前最初の恐怖が襲いかかった夢に出てきた人物が龍吉公主だとわかり、尚且つ生きているという事実に嬉しさがこみ上げてきたのだ。


「生きている……良かった……夢の中で見た時は死んだかと思って……」

「わたしを殺さないでください。それに事実でも、あの程度の怪物相手なら気にする必要ありませんのに」

「不安だったの。親神が分かる前に死んでいたら……どうなっていたか……」


 ここまで感情が豊かな子であると知って少し面倒そうにため息を吐くが、今はゆっくりする暇もなく空気を切り替える。


「わたしに対して涙するのは別に構いませんが、その前にやらなければいけないことがありますね?」

「窮奇を倒して、同じ龍吉様の子……心晴を助けなきゃ」

「知っていたのですね。心晴のこと」

「この戦いで薄々と。僅かながらつながっていたかもね……」


 右腕のそれで涙を拭い、気持ちを整理したあとに再び剣を触れようとしていたところで


「いいのですね? この剣を引き抜いた時点で龍吉公主の子として幾多の試練と残酷な運命が待っています。逃げるなら今のうちですよ?」

「今大切なものが脅かそうとしている上にせっかく手に入れた物を逃すわけにはいかないよ! 力を貸してください、龍吉様。ボクはなんだってやります!」

「……分かりました。あなたの半分をわたしに委ねてください。今回は特別に、手取り足取り指導で勝利の道標を導いてあげます」

「ありがとうございます!」


 普段は小心者で空振りがちな子がここまでの意志の強さに受けられ、心動かされてしまうぐらいの気持ちが残っていたことによる自分に対する驚きがあったが、今はそれに従うのも悪くないと唯吹に提案したのだろう。その同時に、小さな罪悪感を打ち明ける。


「ごめんなさいね、唯吹。わたし事で巻き込んでしまって。心晴は神々の世界で生きていくよりも、現世で人間として生きていたほうが幸せと思って孤児院の人に託しました。神の子とはいえ、力の向き不向きが存在するのです」

「そうなのか……。ところで、ボクの場合は?」

「試していました」

「見ていたの!?」

「ええ。わたしの子として相応しいと分かり、今こうしているのです。さぁ、あの忌々しい窮奇を倒しに行きましょう」

「はい!」


 先程まで心身ボロボロに、立ち上がるのもやっとで剣を握ることですら怪しかったが、今は内から溢れ出る神の力によって戻っていく感覚を覚える。むしろ限界に近いかもしれないが。今それを気にする暇は無い。改めて剣を強く握り、そして引き抜いた。




 剣を引き抜いた時点で力の変質に気づき、距離を作った窮奇は警戒の態勢をとる。


「貴様……何者だ」


 ガードが龍の形を模した二対の剣を持った少女は窮奇に向けて刃を向け、腰を下げて短剣を持つときと異なった構え方を見せる。渚紗もその様子の変化に気づいたようで、目線を目の前の敵から少女に向ける。


「ボクは……。ボクは中華神群龍吉公主の子、天笠木 唯吹。四凶の怪物窮奇、キミを倒して宿主を取り返す!」

「ほう。貴様も龍吉公主の子か。それが分かったところで吾輩を倒せると思うなよ!」


 再び上空に舞い上がり、上空と地上に魔法陣を展開させる。威勢を放つ窮奇の前に、剣を持つ手に汗が漏れ出すぐらいの不安を立ち込めるが


『唯吹、他の感情を遮りなさい。今は戦闘に集中するのです』


 脳裏から聞こえる龍吉公主のフォローを受けて頷き、目線を窮奇から逃さない。


「随分と良い顔になったじゃないの。でも、無茶は禁物よ!」


 余計な心配する必要は無いと再び目線を窮奇に向けて攻撃に備えた。


「にゃーん! わたしも張り切っていくよ! メジェドさん、引き続きお願いします!」


 愛里の前に立つメジェドの目が光り、放たれた一直線の光が地上の魔法陣を破壊。前回の攻撃とは違い、メジェドが輝いて見える。勿論愛里も輝いている。


「これで吸収魔術も阻止! 後は任せたよ!」

「愛里さん、ありがとう!」


 彼女の活躍により多少ながら見惚れてしまい、無意識にも力が湧き上がっていく。


「ちぃ。ならば吾輩の爪をくらえ!」


 上空から急降下し、いつの間にか回復していた両手の爪をむき出しにして唯吹に襲いかかる。その直前、一人の男性らしき亡者が現れて動きを止めた。


「これ以上傷一つ付けさせません!」

「複数の邪魔者がいるのは本当に面倒だ……」


 この状態では身動きはとれないと分かり、一度突き放して態勢立て直そうとするが次の行動をさせないと右手に持つ槍を窮奇に向けて投げつけて右前足に突き刺す。当たりどころがあまりにも急所なのか悲鳴を上げる。


「ぎゃあああああああ!!」

「これだけじゃ無いですわ! もう一本も!」


 さらに左手から黒く形成された二叉の槍を取り出して窮奇に投げつけて左前足に突き刺さって今度は全身の黒い電気が走る。


「このタイミングであれば敵本体の動きを制限できるはず」

「えーっと……」

『宝貝ならもう一つ用意しています。追い込むなら今です』

「こ、これなら! いきます、シェリアさん!」

「神子の奏でる歌に乗せなさい!」


 どこからか聞こえてくる歌声を反応するように唯吹の右手から純粋でできた球状を作り出し、窮奇に向けて投げてから、直撃させて拡大。球体の中に包囲して身動きを制限していく。


「がばっ。こ、この……。今度は、弾幕を降り注いでやる!」


 上空に展開した魔法陣に力を注いで発射準備に備える。それを妨害するために飛び立っているのが龍状態の渚紗だ。


「甘いわね! あんたの思い通りにはさせないわ!」


 自慢の尻尾でいつも以上の厳重警戒していた魔法陣を力強く破壊。窮奇の顔に焦りの色が見え始め、翼を使って強引に取り囲んだ球体を破壊して脱出する。


「くっそぉ……!」

「後は唯吹だけね……」

『なっぎさー! おまたせ~』


 窮奇には見えないが、渚紗の後ろから彼女の親神トヨタマヒメが現れた。


「トヨタマ様! もう予言が満ちたようですね」

『ええ。これを使って怪物を倒しちゃって』

「了解しました。唯吹、これを受け取って!」

『え、渚紗が使う流れじゃないの!?』


 トヨタマヒメから受け取った緑色のリングを地上の唯吹に投げ込んだ。想定外の行動に驚く神様も気に留めることもせず。そしてそのまま唯吹が右手に剣を持ちながら親指で支えつつも四本指で受け止める。


「このリングを使えば宿主を出すことができるのよ。さぁ、決めてしまいなさい!」

「ありがとう、渚紗さん! トヨタマヒメ様! よし、これで」


 リングを受け取った時から不思議な力が湧いており、窮奇に向けて駆け出す時には足が浮いてそのまま一直線へ飛ぶ。近づけさせないと必死の思いで翼から一閃を放つもギリギリに避けていく。攻撃を仕掛けようとしたところで窮奇の周りに竜巻を引き起こして妨害を行う。強く吹き荒れる風が強く当たり、痛みと体力の消耗でさらに目の前がぼやけていく。


「か……身体が……」


 そんな時、唯吹の耳にシンバルの音が聞こえ、次第に身体が軽くなっていく。誰がこの音を……。僅かな視界で目を追っていくと、小さなシンバルが複数並べた楽器シストラムを持つ愛里の姿があった。


「攻撃失敗すると後々大変だからね。ここでにゃーんと一発決めちゃって!」

「ありがとう、愛里さん! おかげで目の前が鮮明になったよ!」

『でも竜巻は一番厄介な相手です。右手の剣を投げなさい』

「はい! てりゃ!」


 同じく右手に持つリングが外れないように剣を投げつけ、その剣から龍へと姿を変えていく。竜巻による風の強さを通り越してそのまま窮奇の顔にがぶりつく。


「ぎゃああああああああ!!」


 声を上げながら振り解こうとしている間、竜巻の力が弱まっている隙きを見て突撃。リングを握りしめて胴体に殴りつける。肉体にダメージを与えるかと思ったところですり抜け、窮奇の中から心晴だけを引き抜いて突き放した。


「ぬあっ! 吾輩の宿主が!」

「これで終わりだ!」


 離れていく間に左手にある剣も投げ、その一本が窮奇に向かっていく。顔をがぶりついている龍が離れたところで真っ二つに切り裂いた。


「お、おのれえええええええ!!」


 絶叫と断末魔とともに姿が消え、光の粒子となって全面がきらびやかに広がっていく。心晴をお姫様だっこで抱えながら上空の光景を見ていると身じろぐ感覚が腕に伝わり、視線を下に向く。


「……唯吹……姉ちゃん……」

「心晴! よ、よかった……」


 生きているだけでなく、ちゃんと自我も持っていることに安堵を浮かべてしまう。


「姉ちゃん……。あのね、聞いて」

「う、うん」

「夢の中で……お母さんに会ったの。頭をなでて「ごめんなさい」って言っていた。でもこはるはね、会えて嬉しいって……そう言ったの」

『心晴が言ったことは夢の中であれ事実です』

「はっはっは。お母さんに会えて、良かったね」


 聞こえてくる龍吉公主の声から少し照れ隠しをしているようにも思え、感情も僅かながら感じてきているような気がしながら心晴の話を聞いていた。


「こうしているととても落ち着く……。お母さんが近くにいるみたい」

「大丈夫。心晴に襲い掛かってくる人はもう居ないから、安心して」

「うん……。もうちょっとだけ……眠るね」


 そして再び心晴の目が閉じ、安らかな寝息が聞こえてきた。心の底から安心した唯吹であったが、突然身体が重く感じ、そしてまぶたも重く。


「あっ……こっちもついに……」


 対処をしようと考える暇もなく目の前が真っ暗になった。




「本当、別ベクトルだけどアイツ並にバカだわ」


 抱えながら急落下してくる唯吹を渚紗が受け止めて地上に降ろし、龍の姿を解除して人の姿に戻した。ここまでの流れで終始ため息が尽きなかったという。


「一時はどうなるかと思ったよ……。渚紗さんが受け止めてくれてよかった」

「抱えながら落ちる馬鹿な行為は一回だけで十分。二回目やらかしたら拳骨の刑よ」

「まぁまぁ~」

「でもこれで全てのミッションはコンプリートですわね。吸収された生気も全て元の状態へ戻り、眠っている人も一時の夢物語として消化。そして絶界が消えて元通りになっていきます」


 現在空や周りの風景を見てもその消滅の最中といえる状態。この世界が現実世界へ元通りになっていく。唯吹と心晴をどう運ぼうか考えている間、特殊通信が入る。その声の主は任務監督者である弥音だ。


『任務達成お疲れ様です。通信が出来ない間見ていてヒヤヒヤしていました……』

「えぇ、私もヒヤヒヤしていたわよ! 命知らずの行為は何度見ても慣れないわ!」

『そりゃそうですよねぇ』


 今まで溜め込んでいた不安をぶちまける渚紗の様子にただ相槌をうつしか出来ない。


「でも達成したから良かったよ! ね~、メジェドさん」


 愛里の横に立つメジェドも表情こそは変わらないが頷いている。怪物に囚われた子も助けることができ、全員生存で達成したことに和やかな雰囲気が包まれる。だが、シェリアが口にした最後のやり残しの点を除いては。


「ところで、尾道心晴についての話なのですが、如何致しましょう」

『というと?』

「神子として迎え入れるか、このまま一般人として生きていくかの話です。神子として生きていく選択肢を取った場合も、取らなかった場合も万神殿が事後処理を行いますが」

『そうですね……。ここは唯吹に判断を委ねましょう。彼女なら、最適な選択を持っているはずですから……』


 と全員が唯吹の顔を見た後に、後腐れなくここから立ち引いていくのであった。

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