第12話:暗雲
翌日。大きな行事の準備も無ければ業務も無い。長めの昼休みをもらい、唯吹は巫女装束の上に上着用の羽織を着て境内の外に出る。時間帯から見てきっと昼間は外で遊んでいるのだろう。唯吹の思っている通り、鳩間孤児院の子供たちが遊び、院長が見守っている様子を見かける。
「こんにちは、院長」
「こんにちは唯吹さん」
「心晴は……いた!」
「はい。またよろしくおねがいしますね」
いつもの流れで心晴のいるブランコの方へ歩み寄り、彼女の隣のブランコ台に座る。
「あ、唯吹姉ちゃん!」
「こんにちは。折角昨日は他の子たちと楽しんでいたのに。今日は一人?」
「姉ちゃんとお話がしたくて……」
「別に遊びたくないってわけじゃないのね」
「うん。もっと冒険の話聞かせて!」
「もうそろそろネタが切れそうだけども……そうだねぇ」
そしていつもの流れで唯吹は自分が体験してきた冒険の出来事を語り、彼女の夢を膨らませていく。笑顔で頷きながら相槌を打ち、いつの間にか話すだけでも夢中になっていた。最初は単に心晴の母親が訪れるのを待つだけだったのに、いつの間にか話すためにブランコに乗っている流れになり、唯吹も少しばかり余裕が出てきたようだ。
「へぇ~。文字を読み取ったら突然巨大なイノシシが襲い掛かってきたと」
「そうそう。あの時は大変でね、先輩と一緒だったとはいえ大変だったよ」
実体験となるとあまりにも物騒な話でも、笑い話のネタになっている。このまま……穏やかで楽しい日々を過ごしたらいいのに……と唯吹は思いながら。本来自分の持つ目的は忘れてはいない。束の間の日々を大事に、大切に噛み締めたいとこのひと時だけは忘れていたのだ。
楽しい会話も終わり、公園の時計を見るとそろそろ神社に戻らなければいけない時間になっていた。名残惜しくここで切り上げようとしていたところ、心なしか心晴が持つ鎖が強く握っているようにも見える。本来であれば「また明日ね」とか笑顔で見送って、手を振るはずの心晴のうつむく表情に影が見える。
「どうしたの? ボクはそろそろ帰るよ?」
「…………」
「心晴?」
暫しの沈黙。いつもと様子が違う。心の奥底から不安が立ち込めていく。
「……何か、あったの?」
主苦しくなっていく空気の中で口を開く。『現実』に戻したくはないが、話さなければ彼女は真意を告げずどこかに消えてしまいそうな、そんな予感がしてきた。
「あのね……。近々、別のお家に帰ることになったの」
「それって……里親が見つかったってことだよね。喜ばしいことだと思うよ」
「でも……」
「でも?」
喜ぶはずの彼女には笑顔が無い。その理由は、薄々と気づいている。
「本当のお母さんが来ないままどこかに行くの……いや……嫌なの……」
内なる気持ちを吐き出す心晴の目には止まらぬ涙が溢れ、声も叫びに近い涙声となってこれ以上会話できるような状態ではなくなった。心晴の本当の親が迎えに来るのを待つ。本当の目的が唯吹の胸に突き刺さり、戸惑いのあまりどう彼女を宥めようか考えても上手く思考が回らない。
「そう……だよね。本当のお母さんに会いたいよね」
考えて思い浮かべた言葉を迷いながら出し、ただ右手で心晴の頭を優しく撫でる。最初は会話出来ないぐらい泣き崩れた心晴も、次第に落ち着いていく。
「里親が迎えに来るその時まで、待とう? 最後まで諦めずに……」
「うん……」
頭を上げた時の心晴の顔はまだ涙が止まらなかったが、多少堪えている。最後まで諦めず……。それは自分にとっても己に言い聞かせる言葉でもあった。時間の関係上今日はここで別れて神社に戻り、また明日来ようと心から決める。
しかし、あれから数日間毎日公園に訪れて、心晴に会ってブランコをこぎながら待っても母親が迎えに来る様子が何一つ無い。まさに最初の時に戻ったかのよう……と言いたいところだが異なる点があった。最も異なる点として、最初は途方もなく待ち続けるところを、今ではタイムリミットが存在する。もう時間は無い……。
「もうこの時間。今日も来なかったね」
「うん……。また明日、来てくれる?」
「勿論。同じ時間にまた来るよ」
「ありがとう。こはるのために……」
「心晴のためだからこそ、だからね。ほら、院長も集合と言っているからまた明日、話そう?」
そう言いながら心晴と分かれて神社へと戻る。彼女の生まれ親探しに関して、ただ心晴と話しながら待つだけでなく、今いる町を中心に情報を集めまわっていた。特徴やら名前やら、出来る限りの範囲内で道に迷いながらも空いた時間を有効活用してきたが、それも叶わず。何一つも情報を手にすることができなかった。
「唯吹、大丈夫ですか?」
「え、は、はい。大丈夫!」
神職業務も終えた夜。居間にてテーブルに突っ伏せる唯吹に後ろから声を掛けられる。顔を上げて後ろに振り向くと、少し心配そうに見つめる弥音の姿が。
「根を詰めすぎると、先が見えなくなってしまいますよ」
「……状況知っている上でそう言っているの?」
「知ったところで何ができるのかは限られています。見守るしかありません」
15歳でありながらいろんな経験を持っているはずの弥音でも適切な言葉はこれ以外に無く、機械的のようも思えるが正論なために反論する材料など持っていなかった。結局抱え込んだまま夜が過ぎていく。
ある夢を見る。暗闇の世界の中で幼い女の子が一人今でも泣きそうな顔で彷徨いながら歩いて行く。
「ここ……どこ……?」
右も、左も、足元はかろうじて見えても上も真っ暗で見えない。すべてが暗闇の世界の中で歩き続けるが、この先に行き止まりなどは存在しなかった。
「お母さんどこ? お母さん!」
助けを求めようと誰かを呼びかけるが、その声に響き渡る様子が見られない。ついには女の子の足が止まり、膝が地につく。時間が経つにつれ、心の奥底から膨れ上がる恐怖の感情に押しつぶされていく。早く出ないと、誰か助けてほしいと、先に進めない……と。
「助けて……助けて……お母さん……唯吹姉ちゃん……」
一度溢れ出た涙は止まらず、ただ泣くことしかできない。……そんな時、どこからか分からない男性の声が聞こえてくる。
「……会いたいか?」
「…………?」
「貴女の母さん、会いたいかい? 汝の願い、叶えてやる」
この言葉を聞いた瞬間、涙がとまり、顔を上げた。
「会わせて……くれるの……?」
「あぁ。吾輩に任せろ……」
極僅かながら、彼女には聞こえない小さな声で「そうだ。あの世でな……」と、そうつぶやいて。
「はっ! ……夢……かぁ」
思わず飛び起きるようにして身体を上げた時には窓から朝の日差しが差していた。ベッドの上で寝ていたはずの弥音もその姿は無く、時計を見ても短い針が8に指そうとしていた。門開け当番ではないだけでも幸いか……と安堵をするが、先程まで見た夢の内容を思い返して、突然胸に痛みに似た感覚を覚える。
「何なのだろう……あの夢」
誰かが自分を呼びかけたような気がした。そしてあの日以来見ることはなかった夢に似た感情がこみ上げている。……この正体は一体。
脳内でこみ上げる感情の詮索を試みようとした時、突然テーブルに置かれた携帯電話が鳴り響く。これはメール届いた時の音ではなく、着信音だ。咄嗟に携帯を手に取って確認。
「……鳩間孤児院の院長から。…………」
恐る恐る電話を掛けてみる。通話状態になった瞬間、声量が不安定で呼吸が荒々しい声が右耳に聞こえてきた。
『唯吹さん! 神明神社に心晴来てない?』
「……ボク、先起きたばかりですよ? 一体何が起きたのですか」
『心晴が……心晴が居なくなったの!』
焦りに満ちた声と言葉で……先程の夢のことを鮮明に思い出した。……これはただの夢ではない、『正夢』であると。
『就寝前の点呼には居たのに、起床の点呼には居なくなっていて。でもドアどころか窓が開けられた形跡も無くて……』
「ボクも、今から探します!」
こんな一大事の時に仕事をする暇などは無い。すぐにいつもの服装と紫のジャケットを身に着けて自宅からすぐに道路へ入る。その間に弥音が通り過ぎたが、気にする余裕すら見せずに。
「唯吹!? こんなに慌てて……」
『ついに、運命は動き出したわね』
「アマテラス様……。そういうこと、ですか」
弥音の後ろから現れたアマテラスの声に耳を傾けながら、ただ出て行く姿を見送る。
「心晴! どこにいるの!」
商店街をはじめ、住宅街を心晴の名を呼びながら走り回る。周りに目を向けられても、喉がたとえ枯れかけていても、足から痛みの悲鳴を上げていても。しかし、彼女の反応を示す気配どころか、目撃情報が何一つも無い。さらには……
「あれ、人の姿が無い……」
町の端へ走っていくと、この時間であれば通勤通学で人や車が多く居てもいい頃合い。だが誰一人も影一つもなく、閑散としている。異様な感覚だ。そんな時、彼女の脳裏に男性か女性か分からない声が響き渡る。
『汝に予言が下される』
「…………っ!?」
思わず立ち止まり、突如聞こえてきた声に耳を傾ける。
『神を殺す怪物の目覚めは早い。大切な物を失う前にその怪物の討滅を行え』
「だ、誰なの! ボクに話しかけてくるのは!」
『…………』
「ねぇ!!」
声を張り上げて会話を試みようとしても返す言葉もなく
『この予言は汝の、己の親神と真実を知ることになるだろう。真実と汝の親神と、怪物の宿主となった汝の大切な者を失いたくなければ予言に従うがいい』
「そ、そんな。ちょっとまって!」
『至急カカオを通じて万神殿に向かえ』
「ボクの話聞いてよ!!!」
唯吹の必死の呼びかけにも通じず。ただ一方的に言い渡されただけで消えていった。親神のことが心配とはいえ、何よりも今心配しているのは心晴のことだ。あの予言が言っていることが正しければ、今頃心晴は……。
「……万神殿に向かわなきゃ!」
再び駆け出し、一心不乱に自分の知るカカオへと向かう。最短ルート知っていたためにそこまで時間はかからず、すぐに神明神社付近のカカオへたどり着いた。ドアを開いた先には、いつものマスターである玄氏がガラスコップを拭いていた。
「いらっしゃい」
「マスター! あ、あの……八塩折之酒を――」
一呼吸を入れずに注文しようとしていた唯吹の前に一つの大皿が置かれる。その皿の上には玄氏が唯吹をはじめ、お客様に出しているミックスサンドだ。どういうことか理解する前に、彼は先に口を開いた。
「飯食え。食わなければ戦は出来ぬ」
「で、でもボクはそれどころでは」
「緊急事態なのは嬢ちゃんの顔で分かる。だからこそ、落ち着け。心身ともに万全な状態ではないと命は無いと思え」
そう言いながら水の入ったグラスコップを大皿の横に置かれた。玄氏からのアドバイスはとても的確であり、今一度落ち着く必要があるとやっと理解に追いついて席に座る。何せ、起きてからすぐに飛び出したせいか朝食をとるどころか水一滴すら飲んでいなかった。
「ありがとうございます、玄氏さん。でもお代はどうするのですか?」
「それは出世払いだ。そこそこ、経験は積んだであろう」
「ふえぇ!?」
玄氏の見極めは間違いではない。唯一の頼りである左目から、唯吹の持つ霊力にある兆しが見えたからだ。
ミックスサンドをすべて食べきり、水もすべて飲みきったところで再び席を立つ。先程よりは余裕の表情を見せるようになった。
「ふむ、いい顔だ。八塩折之酒……だっけか」
「はい!」
「了解した。健闘を祈るぞ」
今回は落とされることなく、普段は開かないドアをくぐりぬけて行く。真っ暗な空間から抜けた先には噴水が目印の万神殿のエントランスが広がっていた。その先に見覚えのある面々に……想像しなかった人物も一人居た。
「あれ、弥音さん。いつの間に!」
「いつの間にも何も、唯吹が必死に人探ししている間に私も呼び出されたのです。『任務監督者』として」
「任務監督者?」
「基本、日本で引き起こされる神話災害は私が取り仕切ることになっている。だが発生した地域や事情によって、私ではない別の誰かが『任務監督者』として出ることができるのだ。依頼人もまた然り、な」
と、弥音の後ろから現れたのは、かの古代ギリシアの英雄に名高いゼウスの神子……
「ヘラクレスさ……うん!?」
胴体に「H」が書かれたムッキムキの全身タイツにライオンの被り物。存在感溢れた人物の登場だが、どうも緊迫とした空気が崩れてしまう。
「この姿は気にしないでおくれ。初めて任務を受ける唯吹に準備に手順を教えなくてはならない。そのために私が……」
「では、任務監督者と依頼人である私から今回の運命共同体の確認と任務の確認をしましょうか」
「なぬ!?」
ヘラクレスの言葉を遮り、先に弥音が口を出して進行させる。かつては可愛い新人だったこの子も成長した姿を見る反面、どこか複雑な気持ちが湧き上がってくる。エントランスの隅でしゃがみ込み、右手人差し指で八の字を描いていた。
「こ、これも教育者の宿命……ふっふっふっふ……」
唯吹は心の底で「ごめんなさい。後でヘラクレスさんの話もじっくり聞くから」で謝りつつ、視線を弥音と今回の運命共同体の面々を見渡す。まずは一人目……
「久しぶりね、唯吹ちゃん! この大変な任務も、にゃーんとしちゃおう!」
エジプト神群バステトの子、月宮愛里。相変わらず元気そうで、メンバー全員に元気もらえそうだ。
「暫く見ないうちに経験を積んだみたいね。でも、今から向かう先は戦場よ」
ヤマト神群トヨタマヒメの子、柏原渚紗。じっと唯吹に見つめながらのこの発言は、心配と見るべきか、それとも……。
「……あぁ。このように真っ向から対面するのは初めてですわね。万神殿見学以来かしら?」
「はい。改めてはじめまして、ですね。シェリアさん」
この人は確か……と記憶を振り返る。ギリシア神群ハデスの子、シェリア・モーフィアス。普段は万神殿内の調査員の一員として働いているため聖地に赴く機会はあまりないそうだ。見た目黒色のレディーススーツ姿をした女性、シェリアは微笑み返した。
そして、忘却の子、天笠木唯吹。以上4名が今回絶界へ向かう運命共同体である。
「メンバーの確認は取れたところで、これから今回の任務について説明します。
アマテラスが祀る神社、神明神社付近の町一部にて絶界が展開されました。おそらく、その町に住む人々も囚われていると思われます」
弥音からの任務説明を聞いて先程のことを思い出す。通勤通学の時間だというのに人の姿が全く無い区域が存在していた。おそらく、既に絶界に巻き込まれていたのだろう。
「今回、君たちはその絶界の中に生息する怪物の討伐です」
「あのー……弥音さん」
「何でしょうか?」
「怪物に取り憑かれている人は……。怪物倒したら元に戻るの?」
「はい。基本的に怪物を倒せば憑依された人間も元に戻ります。宿り主にとっては夢物語になるのです」
「それは……良かった」
怪物についての基本情報を聞き、安堵を浮かべる。ただ、シェリアは余裕の表情を見せず、一枚の資料を読み上げる。
「でもそこまでゆっくり出来る時間はありません。私が見た夢によると、あの絶界を支配する怪物は最終的にはある一柱の神様を殺そうと企んでいましたわ。その力を集めるために、一般人も巻き込まれた。と見ても良いかもしれないの」
この話を聞き、おぼろげながらあの夢の光景を見る。水面の上を歩く神様と……襲い掛かってくる姿の分からない怪物の姿だ。この光景を思い浮かべたのは、何かがあるのろう。
「わたしは唯吹ちゃんのサポートに回って導くようにバスにゃんから言われたからね。先輩として、ちゃんとしないと!」
「あ、ありがとう、愛里さん」
「私に関してはそこまで気にしなくてもいいわよ。どうしてあの場所に絶界が出来た理由を探るだけだから」
渚紗の持つ任務を聞き、そういえば……今となって心晴と話していて気づかなかった点が一つあった。心晴は物心ついてから鳩間孤児院に居ると言っていた。それ以前のことは覚えていないため聞こうにも聞けなかったが、公園を含めた、絶界の町と深いかかわりを持っているかもしれない。
「お互いの持つ状況を把握したところで、冒険の準備としましょう」
一枚お札を出し、そこから姿を変えた鈴を鳴らす。物陰から突如姿を現したのは赤いまだら模様がついている狛犬。首には何か機械らしきものを提げている。
「倹約担当の狛犬で君たちの行いを測ります。要するに、懐かせるのです」
「……弥音さん、ペットいたんだね」
「この狛犬は任務の最中に契約した使い魔ですよ?」
己の行いを測る倹約を行い、まずはシェリアだが優しく撫でるものの狛犬の様子が改善せず。次は唯吹、恐る恐るなでてみると思いの外悪くなかったようで、判定機から出てきた4神貨を貰った。
「これが神貨?」
「はい。現実世界では使えない、神々の世界だけの通貨ですね。アイテムの購入や神々のサービス等に使われます」
続いて愛里、思っていた以上になついてもらって6神貨。最後に渚紗が行うも、手順通りやってもそっぽ向かれてしまった。
「ねぇ弥音。あんたの使い魔、しつけがなっていないんじゃないの?」
「そう言われましても……。うちの使い魔はみんな自分に正直なので」
今まで所持した神貨と今回倹約で手にした神貨あわせ、たまたま居合わせた商人との取引でアイテムを購入。全員の準備が整ったところで、中心の噴水が動き出された。吹き出し口が下がり、小さなワープホールができる。
「ここから行けば絶界へ突入できます。皆さん、ご武運を」
直接水の中に入る形になるが、心晴を救いだすためだ。そして己の真実を知るため。唯吹は思いっきりそのワープホールへ飛び込んだ。
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