玉華の舞

伊和 早希

乙乃章 零節 譚之一

 王立劇場は街の北の端にあった。


 王立劇場の前には大きな広場が広がり、その広場から王立劇場を背にして三本の大通りが放射状に伸びていた。

 ちょうど真南にあって海に突き出す形で立っている王宮までまっすぐに伸びているのが海部津智往あまつちおう。南西に伸びて官衙かんがと呼ばれている行政官庁街に突当るのが鹿和智往かわちおうで、南東に伸びて法をつかさど大審院だいしんいんに行き着くのが鵜螺九智往うらくちおうだ。

 おうというのは、この国での大通りの呼び名だ。

 三本の往には、そのそれぞれに路面電車が行きかい、さらに広場を取り囲む円弧の線路で各線がつながっていた。往の道幅は路面電車の線路をはさんで片側が約二十メートル、この国の単位だと八尋はちひろということになる。さらにその両側には、整った街路樹が中央に植えられた石畳の舗道が四尋よひろほど設けられていた。街全体は半円形の形をしており、扇状に広がった往には一街いちがい、つまり二十五尋ごとにと呼ばれる円弧状の通りが交わっている。

 建物は一街区ごとに微妙に色合いが違えられてはいたが、色以外に見分けがつかなかった。建物の正面中央に曲線アーチのついた入り口が設けられ、それを境に両側にまったく同じ形の窓が等間隔で並んでいた。隣の建物も、また隣も同じつくりだった。

 つくられた都市。

 世の中のどの都市も人の手によって造られているのは間違いのない事実だが、この街はことさらそうとしか言い表しようがないように思われた。街並の大部分をかたちづくっている石造りの建築物そのものから、人々が日々に手をかける扉の小さな取っ手まで、そのどれもがすべて定規で正確に測って造られた調度品のようだった。そして街そのものも石で出来た箱庭を深緑の絨緞じゅうたんへりにポンと置いたかのように、忽然こつぜんとしてそこにあった。街は城壁のような背の高い建造物に周りをぐるりと取り囲まれて、外界である森とは完全に隔絶した空間をそこに生み出していた。

 かたや、街を取り囲む森はあくまでも『森』だった。他のものを一切寄せ付けない暗さを抱え、どこまでも深かった。太古の昔から姿をほとんど変えず、踏み入られるのを拒むような強い力に満ち満ちている森は、いつか街を飲み込んでやろうと、虎視眈々と狙っているようでもあった。

 深い森にいきなり現れた桃源郷。一部の隙もなく綿密に作られた計画都市、それがこの国『卯差氏うさし』の首都『王彊おうきょう』だった。   

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