第59話 フェルティナとの夜
亜種の毒は特殊で、まず速攻で体の自由が奪われ、数日かけて体力を削られるらしい。
さらに、毒ににかかっている間は魔法も行使できなくなるため、本当に何もできなくなってしまうようだ。
一週間も放っておくと死んでしまうらしいが、一日で死んでしまう事はないという。
そのため、奏の奮闘により亜種の毒による被害は0となり、亜種による被害はわずか二人となったらしい。
そのどちらも親衛隊の人間で、初遭遇の際にフェルティナを守ろうと足止めして命を落としたという。
もう少し俺達が早く動けていればと後悔したが、リア曰く、たった二人の犠牲で済んだのだから誇るべきだと言われた。
このことは奏にも諭され、あまり考えないようにしている。
亜種の解体を終え、死んだように眠りについた次の日。
俺達は亜種が現れる前と何も変わらず、魔物払いの任務についてエレフセリアの首都へと向かっていた。
俺達は休んでいてもいいと言われたが、馬車の上では特にやることもないため、普通に任務には参加した。
そしてその日も道中は何事もなく、夜となった。
そして今日も変わらず、俺はフェルティナのいるテントへと足を運ぶ。
ただ、前のように憂鬱になるものではなく、獣人への意識を改善してくれるのではという期待感が俺の中に湧き上がっていた。
俺はテントの前に立ち、一つ大きく息を吐く。
今日はいったい何をされるのか。
だが、俺のやることは変わらない。
「西条渉、参りました」
俺が中にいるフェルティナに来た事を告げると、バタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。
いつもならすぐに入れと命令してくるが、今日はテントが散らかっているのかすぐに返事が来ない。
そして少しした後「入ってくださいまし」と入室の許可が下りる。
「お待たせして申し訳ありません」
「い、いえ、構いませんわ」
フェルティナはいつものように椅子に座っているが、今日は香水をつけているのか、テント内には甘い香りが漂っていた。
ふわりと鼻腔をくすぐる甘い匂いは不快なものではないが、今までこんなことなかったため何かあったのかと勘ぐってしまう。
フェルティナの頬も少し赤いように見えるし、何か様子がおかしい。
いったい何を考えているのだろうか。
俺はいつものようにフェルティナの前まで行き膝を落とす。
「お、おやめください!」
すると、今度は慌てた様子で俺の両肩を掴み立ち上がらせてくる。
様子が違うというか、もう別人ではないかと疑いたくなるような変貌っぷりだ。
俺を立ち上がらせると、触れているのが嫌なのかわたわたと手を放し「そちらに座ってくださいませ」とベッドの方を指さした。
いつもと違う対応に、あれ、俺は嫌われているんじゃなかったか?と疑問を抱きながら、俺は言われたとおりにベッドに腰掛ける。
フェルティナは椅子に座るかと思ったら、なぜか俺の隣に腰掛ける。
今日のフェルティナは本当にどうしたんだ?
俺は何を考えているか分からず、いつものようにフェルティナがしゃべり始めるのを待つが、顔を伏せたまま口も開こうとしない。
このままだと何も進まないと感じ、俺はフェルティナに話題を振る。
「お体の方は問題ありませんか?亜種の毒は強力だと聞きます。不調があればすぐにお伝えください」
「ひ、ひえ!なんも問題ありませんわ!」
やや甲高い声を出しながら早口にそう告げるフェルティナ。
普段と違い過ぎて物凄い違和感に駆られるが、本当にどうしたのだろうか。
「あ、渉様もお変わりないのですか?亜種に攻撃をもらい、体もボロボロの状態で毒を食らってしまったと伺ったのですが……」
「妹のおかげで完治いたしました。体調を気遣っていただきありがとうございます」
「そんなかしこまらないでくださいまし!親衛隊も妹様にはとても感謝しておりました。渉様の妹様がいなければ我が隊は全滅していたと。亜種から
「私は当然の事をしたまですが、王女様の感謝のお言葉、とても嬉しく思います」
「当然、ですか……渉様はとても心がお広い方なのですわね」
「私の心は広くなどありません。今回決死の覚悟でフェルティナ様をお守りした二名の親衛隊の死を、私は未だに受け入れられないのですから」
「それを受け入れられないのは心の広さの有無ではなく、渉様の優しさの表れですわ。全滅していてもおかしくない中、渉様は僅か二名の犠牲で抑えてくださったのです。きっとその二人も無駄死にではなかったと、渉様に感謝している事でしょう。犠牲が二人で済んだことを誇ってくださいまし。死んでいった二人のためにも」
「そうですね……」
その二人がいたから、フェルティナはこうして元気にやっていけている。
その二人がいなければ、もしかしたらフェルティナは死んでいたかもしれない。
二人のおかげで王女を救うことが出来たと言えば、その二人も救われるのだろうか。
そうであれば俺もよかったと思えるが、死人と口をきく事は出来ない。
結局のところは俺がどう割り切るかだけなのだが、守ってくれてありがとう、と心の底から言える日はこない気がする。
死んでしまったのは事実で、二人を救えなかったという事実は残り続けるのだから。
「今回の出来事で、私は多くを学びましたわ。魔物の恐怖を。私のしてきた行いの意味を。逃げる事しかできなかった自らの矮小さを……そして、奏様やリア様、渉様の懐の広さを」
フェルティナが昨日の事を振り返るように天井を見上げた。
その視線の先に何を映しているのか、俺には分からない。
「私は貴人方に今まで酷い事をしてきましたわ。感情的な暴言、反感を買う無意味な暴力。それは民の心を突き放す、為政者として最もしてはならない事だと父から学んでおりましたわ。ですが私は王族。その立場にかこつけ、好き放題にやっていたのです」
フェルティナは懺悔するように言葉を紡ぐ。
「窮地に立たされ亜種が私の目の前に迫った時、私が今まで行ってきた報いなのだと感じました。その時に気が付いたのです。私がした仕打ちは自らに返ってくるのだと」
俺は何も言わず、静かに紡がれる言葉を聞く。
「もし私が酷い仕打ちをされ、その者を助けろと言われても絶対にできませんわ。きっと私はその者を憎み、死んでしまえばいいとまで思うでしょう……ですが、渉様は違いました。そんな私を、痛めつけて悦に浸っていた私を、渉様は絶対に守るとおっしゃってくださいました。その言葉を聞いた時、私は胸の高鳴りを抑えることが出来なくなったのです」
そういうとフェルティナは俺の手を取って見つめてくる。
今まで懺悔している流れだったのに、なぜ俺は手を握られているのだろうか。
「あなたが私の事を嫌われている事も承知しております。ですが、そうと分かっていても私は貴方の事が好きになってしまったのですわ。身勝手であるということは分かっておりますの。ですが、私が貴方に想いを寄せる事をお許しください。今日はこのことを伝えるために、渉様をここへお呼びしたのです」
何か様子がおかしいと思ったら、フェルティナは俺に好意を寄せるようになったからのようだ。
違和感の正体が分かりすっきりとした半面、どうしたものかと頭を悩ませる。
好意を寄せられるのはとても嬉しいが、誰かと付き合ったりという事は全く考えていない。
ギルド受付のエトーレ同様、断りを入れるしかないのだが、俺がこれを断ったせいで獣人への差別が広がらないかと心配しているのだ。
あまり下手な受け答えはしたくない。
「私が今までしてきたことは許される事ではありませんわ。今まで私がしてきた仕打ちをやり返しても、それ以上に私を貶めていただいても構いません。渉様の気が済むまで私に罰をお与えくださいませ。渉様に認められるのなら、私は何でもいたしますわ」
フェルティナに見つめられ、俺は本当にどう返していいか分からなくなる。
本当に何でもするというのなら、俺は獣人の事をもっと知り、仲良くしてもらいたい。
しかしそれを言ってしまうと、フェルティナの想いを利用しているようで俺の気分が悪くなってしまう。
だが、ここで適当に想いを受け取ったり、その想いを有耶無耶にしてしまうのは失礼だ。
フェルティナがここまで真っ直ぐ想いを伝えてくれた以上、俺も真摯に返さなければいけないだろう。
「……申し訳ございません。私はフェルティナ様の事をよく知りませんし、今は誰とも付き合う気もございません。ただ、一つだけ訂正させていただきます。私はフェルティナ様の事を嫌っているわけではございません。そのため、罰も与える気はございません。なので、自らを貶めるような発言はお控えください」
俺はフェルティナの手を握り返し、その手をフェルティナの膝に落として離す。
俺は別にフェルティナを嫌っていないが、その想いには答えることは出来ない。
ここで言っておかないと、後々フェルティナを傷つける事になってしまうかもしれないのだ。
深みに嵌まっていく前にその想いにはっきりと答えておかなければいけないと、俺は判断したのだった。
「渉様……では、私の事を深く知れば、渉様のお傍に置いていただける可能性もあるという訳ですわね?」
何に感動しているのか、フェルティナは目を潤ませながらそう問いかけてくる。
確かに今は誰とも付き合う気はないが、将来の事はどうなるか分からない。
「ありえない話ではない……かもしれません」
「ではこれからは、渉様に私の事を知っていただけるよう努力いたしますわ!これからよろしくお願いいたします!」
フェルティナは笑顔を浮かべてそう宣言した。
一昨日までかなり嫌われていたというのに随分な変わりようだ。
女心は難しいと思いつつ、俺とフェルティナの雑談は続いていった。
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