episode15 懺悔の時間
凍てつく向かい風にほほが擦れるように痛む。
視界に映る木々や草花。人の影さえ風のごとく流れ、消える。
強烈な西日は辺りをオレンジに染め上げる。
うちの実家は欲に染まっている。親父は息子から巻き上げた金でパチンコをし、一つ上の兄は頼まれたお使いのつり銭を猫ババする。いつもスッキリしない、重たい、何かつまりのようなものを心に抱えていた。
卒業を控えていた2月。東北はまたまだ北風と綿のような雪が町を包んでいた。
実家がある山林は大抵は町より吹雪いているけど。
「おめぇ、何や?彼女か?真理ちゃんだと」
パチンコ帰りの親父に反吐が出る。胸ぐらを掴みたかったが、やめておく。こいつは頭が昭和なのだ。
拝啓。なんて書くのはおばさんみたいだね。
あれから私にはいろいろな事が起きました。
悲しいこと、もちろん嬉しい事も。
近々、遠いところに行くことになりました。
多分、もう、帰ってこれません。
最後に一人だけ、連絡をとっていいと言われたので親しくしてあげてる君に連絡をとることにしました。本当、今時携帯すら持ってないなんて信じらんない。後で友達増やしてちゃんと連絡先交換すること!
君の内面はきっと誰よりも繊細で傷つきやすい。外気に触れるだけでぼろぼろになっちゃう。
でも、大事に宝箱なんかにしまってたら日照不足ですぐ腐っちゃうよ。時には戦わなくちゃ。
本当は自分の居場所なんて自分で勝ち取るものなんだから。
本当のところ、君みたいなよちよち歩きの弱虫くんから離れるのはすごく心配…。
でも、私は私でちゃんとやるから。君も一人立ちして頑張って。
長くなりましたが、私のこと、忘れないで。
郵便受けに一枚だけ入っていた女の子からの手紙に親父はニヤニヤした笑いを浮かべて、引ったくるように奪い返したのを今でも覚えている。
あの日、あの瞬間。俺は、就職先を決めた。
株式会社 ジャパントラベル
「この先が確か収容所になってるはず」ヘルメット同士をワイヤレスで繋ぎ、多少離れていても、まるで隣から話しかけられているように鮮明に聞こえる。
先頭を走る日向さんは太ももに一対の短剣を装備している。なんでも昔、カリという武道をしていたらしく自分はこれで十分だと渡した銃器を返された。
カリという武道は前にドラマで見たことがある。素早い攻撃を息つく暇もないくらい相手に叩き込む。剣に重みがない分、手数で相手を追い詰める。
「日向さん、右!」並走してきた巨大な黒い塊がゆっくり追い越していく。
列車だ。
「あぁ、間違いない。ユイちゃん…真理ちゃんはここにいる。急ぐぞ。」
柵が見えてきた。三メートル近くある柵のてっぺんには痛々しいトゲが渦を巻いている。有刺鉄線。脱走者が出ないための脅しと、出たときの見せしめ。一体何人の人間がこの場所であがき、射殺されたのだろう。いや、考えるのはよそう。
「おそらく門番が警備をしているはず。陽動作戦といこう。僕は先にいく。パニックになっている間に井上くんも来てくれ。」
「わかりました。」
ぐんと加速していくメタリックブルーのバイクは、鮮やかな西日を受けて速度を上げてさっきの列車すら追い抜いていく。
果てしなく続く有刺鉄線は、この先は平和的和解が難しい場所であることを示しているようだった。
赤茶色の煉瓦の塀がが空高く積み上がっているのが、ここからでもわかる。
その下には黒いありんこみたいな小さな点がこちらの様子を凝視している。
距離にして500メートル。
今の騒ぎを起こしたくはない。あせる気持ちを押さえて、アクセルを握る。
ありんこみたいな小さな点がこっちに気づいた。指を指して、何か叫んでいる。
距離にして400メートル。右手の有刺鉄線側からも火の手が上がる気配はない。…まだか。
距離にして200メートル。ついにありんこみたいな小さな点は仲間を引き連れ、こちらに銃口を向けている。
「くそ。多勢に無勢ってやつか。」そっと、ホルダーからピースメーカーを引き抜き、構える。
距離にして100メートル。
意を決して引き金に指をおいた時だった。
門番の後ろ。門のちょうど真ん中くらいから、うっすら空に向かって煙が上っていく。
次から次へ、ヘルメット越しに薄い熱気さえ感じるほど、煙は数を増していく。
作戦はうまくいったらしい。施設内を走るトレンチコートを着た連中が、門番を無理矢理現場へ向かわせたようだ。
距離にして0メートル。目的地。無法地帯の強制収容所へ到着。これより、星野真理の捜索を開始する。
ー どこだ?真理 ー
宙に火の粉が舞っている。辺りは火の海。木造平屋の収容所から半裸の人間が並みのように押し寄せる。おそらく日向さんがついでに解放したのだろう。
「井上くん。そっちはどう?見つかりそう?」
発信器から錠が落ちる音と感謝の声。
「いえ、まだ…。」
「さっき、収容者から聞いた話なんだけど、今日、列車で兵器を何処かに輸送するらしい。」
「まさか…。」
「あぁ、多分真理ちゃんが研究してたっていう兵器ももしかしたら…。」
「格納庫はどこに?」
「わからない。僕は今から列車に向かう。井上くんも早めに来てくれ」
わかりました。言い終えた瞬間。俺は何かの爆発を受けて空中をさ迷っていた。
「ってぇ…。」
幸運なことにかすり傷程度ですんでいた。
衣服の泥を払い、起き上がる。
振り向くと、相変わらずの地獄絵図。半裸の人間を追いかけ回す武装した兵隊。メリメリと音をたて、崩壊する木造小屋。
一人、さっきの爆発で壁が崩壊した煉瓦で出来た建物から半裸の人間が出てきた。
目の前に足から血を流し、うずくまる兵士。
「くそったれ!死にやがれ!」
トリガーに指をかける。
「止めとけ。」
言葉より先に、右手が動いて銃口を塞いでいた。
「なんだあんた?邪魔するな!こいつは俺の目の前で妻を…。」
「わかった。じゃあ、お前もこいつみたいに人殺しの仲間入りだな。その血で染まった手じゃ子供を抱いてやれないだろうけどな。」
「パパァ」
瓦礫の影からパッと煤だらけの女の子が炎の陰影の中、駆けてくる。
半裸の男は膝から崩れ、わんわん泣き出した。
「ごめんよ、ごめんよ。父さん、もうどこにもいかないから。」
「…。今から頭(てっぺん)を叩きにいく。それでいいだろ。」
(それと)
まさか、と思ったときには主導権が(アイツ)に持っていかれていた。
「お父様の手はお子様を守ってやるための手でございます。他人を傷つける手ではございません。さ、早くその獲物をこちらに。」
(アイツ)はどうやら半裸の男が手にしているポンプアクション式のショットガンが欲しいらしい。にっと笑っているのがわかる。
「あ、あんた名前は?」
「名前?名前は…。」
「ビリー・ザ・キッド…。」
声と同時に物陰から放たれた弾丸に反応して右手が動く。
細かい火花と煤が右手の指の間で回転している。
「まさか、凱人薬にイレギュラーがあるとはな…。格納庫粉々にしやがって。」
ゆらっと炎の影から田中先輩が現れた。熱いのか、趣味なのかジャケットの下には見事なシックスパック。
「あ、あんたわかるよ。俺の同居人を散々な目に遭わせたやつだな。入社三日目のあれは濡れ衣ってやつだろ?」
同居人?こいつは俺を意識しているのか?
(当たり前だろ。今まで見てきたんだから。まぁ、見てな。手本を見せてやる。)
「意識がある凱人薬か…。ちょうどいい、今から積み荷でな。サンプルとしてお前も送ってやるよ」
「やれるもんならな!」
(先におじさんたち避難だろ)
(わかってるって、黙ってみてろ)
ビリー・ザ・キッド。西部劇で有名な彼を見たのは実家のブラウカンの向こう。平成の世で炭作りを強要するような父親と初めて意見が合ったと思った。彼の銃の扱いは最早人智を越えていて、素直にかっこよかった。だけど、史実は。
逃げた。弾丸を一発放ったかと思うと、うずくまる兵士を置き去りに、女の子を小脇に抱えておじさんと逃げた。
逃げ込んだ先は施設内の教会。悪魔のように人を使役しておきながら、神様に許しを請おうとしているのか?教会は回りの阿鼻叫喚を他人事のように静寂が鼻で笑っていた。
(お前の、伝説の偉人じゃないのか?)
(うっせぇ!お前がちゃんとした装備してこないのが悪いんだろ?それに相手の素性がわからない以上、迂闊に手をつけられん。だから…。)
「お父様。早く獲物を。」
何故かきりっとした表情で手を差し出す。
(お前、他人をお父様っていうのやめろ。その女の子の彼氏にでもなったつもりか?)
(あー、いちいちうるさい。じゃあ、お前の方がいいか?あ?)
「あ、でもこれは、相当昔のやつで扱いが…。」
「大丈夫です。お父様。ワタシクシ、ガンコレクターでして多少の物なら扱えるのです。」
「しかし、弾もあの格納庫にあった一発しか…。」
「だぁかぁら。早くよこ」
「ここにいたのか。」
((しまった。))
建物に逃げ込んだ安心感から物陰にも隠れず、ステンドグラスからの淡い光のもと次元の低い争いをしていた。
「しかし、さすがタイプイレギュラー。生体兵器として改造手術でも受けていなきゃ、脳天に風穴が空いてたな。」
「改造手術?」
「なんだ、お前。なんにも知らねぇのか。」
先輩はバージンロードを一歩づつ近づいてくる。
(用心しろ。アイツ何か隠してやがる。)
(主導権はお前なんだからお前が何とかしろよ。)
「現在。つまりあっちからお前のようなろくな夢も持たず、ただ惰性で死にながら生きてるような人間をこちらに送る。あんな社会だ。そんなやつ、ゴミほどいる。そしてこちらで再利用。出来た収穫を過去へ送る。」
「なんだよそれ、三角貿易とでも言いたいのか?」
「考えたこともねぇな。俺はこっちの管理する側の人間だし、利益つっても俺になんの特もないしな。」
「へぇ、だったら手を組んでヒーローごっこして遊ぼうぜ?」
背後に隠したピースメーカーの激鉄が上がる。
「俺はそんなものより世界が壊れる瞬間を見てみたい。未来から過去を変え、史実を壊す。もちろんお前もな。」
「人気ものはいつも辛いね」
螺旋を描き、9mm弾丸が二発先輩に向かって飛んでいく。
「がっ。…う。」
ちょうど脇腹と腰から血が溢れる。
「きゃっ」祭壇に隠れた二人が悲鳴をあげた。
仁王立ちした先輩。その額の風穴がみるみるふさがり、隙間から射した光の筋が細くなり、消えた。
「超再生能力。老けはするが、怪我で死ぬことはない。」
一気に間合いを積めてきた。その手にはアンティーク調の長剣が白く光っている。
「世界を制するには人を統べる力が必要になる。人を統べる感覚。それを味わえるのは刃物だけ。」
見事だが、僅かギリギリのところでかわす。
(おい、なにやってんだよ。銃を使え銃を。)
(お前、なんで、こいつが、サタデーナイト、スペシャル、って言われるか、わかってる?)
金属同士が弾く嫌な音。右腕のワイルドメタルが長剣を防いでいた。
「きゃあ」
「こら、お前」祭壇から覗いていた女の子をおじさんが隠した。
「ははは。お前ら、こいつを匿って只ですむと思うなよ?このクソガキを切り刻んだらお前らの番だからな?」
体重をかけてきやがった。震える右腕が競り負け、刃がどんどん近づいてくる。
「おい、聞こえてんだろ?」
おじさんがそっと顔を出した。
「そいつはウィンチェスターライフル。お前みたいな親父に扱える代物じゃねぇ!早くこっちによこせ!」
(バカ野郎。あんなもんで撃ったら流石に殺しちまうぞ!)
(あの女との約束なんて知るかよ!殺らなきゃ殺られる!)
「…だけど弾が」
「ガタガタうるせぇ!俺はビリー・ザ・キッド。ウィンチェスターライフルは俺の獲物だ。さっさと渡さねぇとこいつの前にお前を殺すぞ?!」
宙に、木目調の銃が浮いた。刹那、長剣は弾かれ、同時に先輩の腹部に蹴りを入れ、間合いをとる。
「死ねぇ!」
曲げた左腕で一回転したライフル銃はそのままの勢いで振り下ろされた剣を弾き飛ばす。
「首吹っ飛ばせば流石に無理だろ?」
(やめろ!…やめてくれ!)
(遅い。)
響く銃声。
先輩は膝から崩れ落ちた。
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