episode11 捜査
「あー、違う違う。もう一度」
生活態度から改める。これからはおっちゃんではなく師と仰げ。だかなんだか知らないけど朝っぱらから呼び出し受けて特別訓練所って名ばかりの荒れ地で空き缶撃たされてる。…ガンショップならもうちょい文明的な試験場があるだろ普通。
「装填は手早く。一番隙が出来やすい。」
「ハイハイ…。」
「返事は一回」
「はーい」
ドン。撃っても撃っても缶の向こうの砂が飛び散るだけで、肝心のビーフカレーの空き缶に当たることはない。
ドン。パサァッ。砂が飛び散る。
おっちゃん…。いや、師はビーチパラソルの下でヒラヒラと団扇で涼んでらっしゃる。
ドン。パサァッ。
コンドルが空を旋回して遥か地平線の彼方に獲物を探している。
ドン。パサァッ。
「何だ?やる気はあるのか?」
あんたが呼び出したんだろ?俺はユイの情報が欲しいだけだ。あんたが勝手に名乗りをあげて、朝っぱらからこんなくそ暑いところで練習を強要してるんだろ?
軽く舌打ちをして木製テーブルに散乱した9mm弾を銃に込める。
「ったく。今に見てろ。」
暑さで意識が薄くなったせいか、つい右手だけで構えてしまった。
「おい。危ないから止めとけ」
引き金を引く瞬間に後ろから響いた声は半分しか耳に入らなかった。残りの半分はボンという聞き覚えのある炸裂音。
フワッと体は宙を舞い、空き缶は倒れ、コンドルが旋回し、俺はひび割れた大地に叩きつけられた。
「どうした?ギブアップか?」
「…さっきから言うけど急に名乗りをあげたのはおっちゃんで俺は頼んでない。俺はユイの情報が欲しいだけだ。」
「この銃社会で連れ去られた娘を探すのに射撃の一つもできないようじゃ到底見つけることはできない。わかったらこれ使ってみろ。」
おっちゃんは涼しげな日傘のしたから今までとは違う若干小さめの弾丸を耳元に放ってきた。
ハイハイ。撃ちゃいいんでしょ?撃ちゃ。聞こえないように小さく舌打ちをすると、しぶしぶ立ち上がり壊れた銃を別のに交換して弾を装填。
狙いを定めて撃つ。
カン。
弾はわずかに缶に掠り、空き缶は一輪車のようにバランスを保ちながら回転して地面に落ちた。
「うん。上出来。これで9ミリ弾は撃てる。後は…。」
「えっ?今のって…。」
「あぁ、さっきまでのはわざと火薬を増やしておいた。それで練習しとけばある程度の弾丸を扱うことも出来るだろ。」
「あのな、そういう話は最初に…。」
さすがに呆れた俺は文句をつけに歩み寄る。
「この義手。整備してないだろ?全体のバランスがガタガタだ。店に戻るぞ。」
おっちゃんは右手の義手を急に掴み上げると、慣れた手つきで採寸を自分の手で図っていた。
見上げた天井には白いシーリングファンがゆったりと風を切っている。
からん。目の前に注がれたアイスコーヒーの氷が溶けた。
天国だ…。間違いない。地上に楽園はあったのだ。
「おい。」
突如投げつけられた罵声に妄想が一気に大破した。
「お前いつからこいつを整備してない?」
「もらったのが多分半年前だから…。半年、前…。」
「ったく。どうやって使ったらこんなに歪むんだ?」
カチャカチャとカウンターの向こうのおっちゃんは物音を立てながら作業をしている。こちらからはおっちゃんの背中で作業が見えない。
ただ、言えることは。文句をいいながらも迷いなく作業をしている。何故だ?
「なぁ、おっちゃん。ほんとは何か知ってるんじゃないか?」
頬杖ついて、もうほとんど残っていないアイスコーヒーをチューチュー吸いながら聞いてみる。
「…知らんな。こんなキテレツな物体。」
だが、相変わらず迷いはない。
「でも初めてな割には迷いなく作業してるけど?」
「ただの勘だ。黙ってアイスコーヒー飲んでろ、それ飲んだら特注品のテストに付き合ってもらうからな。」
「でもほんとは何か知ってるんじゃ…。」
「ユイ…だっけ?探してるって娘は」
おっちゃんの手が急に止まる。
「あぁ…何か心辺りあるのか?」
「お前はなんでその娘にこだわる?」
「え?」
一瞬、戸惑う。何故?考えたこともない。
「えっ…。えぇと…。仕事…?」
「仕事だから嫌嫌か?仕事だから仕方ないか?」
「そういう訳じゃない。」
「じゃあ、どういう訳なんだ?」
返す言葉もない。今まで一度も考えたことがないことだ。なんで俺はユイを探している?
「今日は帰れ。店じまいだ。理由がわかるまでうちに来るな。」
右手を突き返された俺は、追われるように店を追い出された。
なんなんだよ。なんか知ってるなら教えてくれてもバチは当たないだろ…。つい、独り言が出てしまった。
外は指すような陽光と渇いた風が渦巻いていた。
店の外壁には無数の手配書がかさかさと音を立てている。
そういえばこの間のじいちゃん。
手配書の右端から順を追ってみていく。
スナイフ・クーラー。賞金三百万。その紙切れが視界に飛び込んできた瞬間。思わず顔がにやけていた。これでマダムからのツケは解消される。
「居たぞ!」
その言葉に、広場の方に視線を移す。何やら誰かが終われているらしい。
「ち、違う。何かの誤解だ。」
聞き覚えのある声に、身を乗り出す。そして、一枚だけ視界の端の柱に画ビョウで刺された手配書の名前を気づけば口にしていた。
殺人鬼 ジャック・ザ・リッパー 懸賞金二百万。
顔は視界の先の広場で群衆に囲まれてる男の特徴をとらえている。整った短髪に涙黒子。ん?涙黒子?
「あ!」
広場の男と目が合い。互いに声が出てしまった。日向さんなにやってるんですか?
「い、井上くん!助けてくれないか?何か誤解をされているみたいだ。」
その言葉に、脊髄反射的に群衆の殺気がこちらに向けられ、思わずたじろぐ。
「あんた。こいつの仲間か?」
手斧を持った中年が睨み付ける。
「こいつはなぁ、この辺り一辺の村の若い女ばかりを付け狙う殺人鬼。ジャック・ザ・リッパーだ。あんたもこいつの仲間だってんなら容赦はしねぇ。」
「そうだよ。あたいの姪っ子も先週納家で裸のまま傷だらけで…。」
夫婦だろうか?隣の色白の婦人が鎌を持ったまま泣いている。
「えっと…。」
とりあえず武器おいてくれないと、ゆっくり話も出来ないだろ?という気持ちを噛み殺し、柱に刺さっている手配書をむしり取り、かさかさとダンブルウィードが転がる広場の真ん中まで歩み寄る。
「何かの見間違いではないですか?この方には涙黒子はありません。」
手斧の中年に突きつける。
「まさか…。ほんとだ。」
手斧の中年は何度も手配書と日向さんを見比べては目を丸くしている。
その動揺は周囲に反響して、次々手配書が手から手へ移っていく。
がつがつ。がつがつ。カチャカチャ。ごくごく。
日向さんはこの一週間、飲まず食わずで野山を逃げ回っていたらしく、息つく暇もないくらいカウンターに並べられた皿を空にしていく。あまりの空腹に耐え兼ね、近くの村に降りたら見つかってしまったらしい。
「色男は食いっぷりも良いねぇ。今待ってな、おかわり持ってくるから。」
マダムにつけを払ったせいか、マダムは終始ご機嫌だ。週末の夜で忙しいと言うのに、笑顔を張り付けたまま厨房へ消えていった。
「ところでなんで追われてたんですか?」
三杯目の冷水で乾きを潤す目の前の同僚に訪ねる。
「僕だってわからないよ。君とはぐれてから僕も君とは別のところに捕まって、サトウキビを作らされていたんだ。隙をついて逃げ出して近くの村に助けを求めに行ったらすでに追われる身で…。」
「ハイよ!今日はツケも完済したし、特別にサービスしちゃう。あんたも食べな。」
カウンターに出された二皿には、貝とパプリカが映えるパエリアが白い湯気を上げていた。
「あ!そうだ!ツケ払い終わったんだ!」
カウンセラーに手を叩きつけて、興奮して立ち上がってしまった。
「何だい?騒々しい…。隣の美男子を見習って少しは静かに食べな。」
「おばあちゃん!情報をくれ!」
ごん。「おば」の辺りですでに飛んできたマダムの黄金の右は確実に獲物をとらえ、俺は今鈍い頭痛で悶絶している。
「聞き間違えかい?おば?」
マダムは耳に手をあてがい身を乗り出している。しくじった…。興奮のあまりタブーを口にした。隣の美男子はこのやり取りには無関心なようでさっきよりは落ち着いて皿をつついている。
「おば、おばぁ…。すぉばぁじゅの似合うお姉さん。何か情報がありましたらお教え願いたい。」
次の瞬間頭上に風圧を感じ、すかさず両手で構える。ぱしっ。ガン。
「あんたツケ払い終わったからって調子乗ってんじゃないよ。」
受けきれず、指を頭とマダムの拳に潰され、頭と指を氷で冷やす。
「ないわけじゃない。」
マダムはそういうと急に萎えた俺に一枚の写真をすっと出して見せた。どこかの農園のようだ。柵が張り巡らされて、中には人丈ほどの植物が繁っている。
「なんたっけぇ…そのぅ…。」
マダムは何かを思い出しそうに右手の指をくるくる回しながら、左手でキセルを口に加えて火をつける。
「ユイ?ユイの事?」
「あ、そうそうユイちゃんね。そんなかわいらしい偽名使ってんのかい。…ブラッディ・メアリー…。」
ふーっ。キセルの煙がマダムの赤い唇から放出される。ため息にも似た台詞の中に物騒な名前が混じっていることを聞き逃さなかった。
「ブラッディ…。」
思わず行きを飲む。
「鮮血に染まった彼女の瞳に復讐の炎が宿るとき、辺りは一面地獄の業火に焼きつくされる。ここらじゃ有名な話だよ。あんた、まさか惚れてんのかい?止めときな。あんな殺人鬼あんたなんてヤル前に殺されるよ」
「なんだと?!」
「まぁまぁ。井上くん落ち着いて」
マダムの挑発に立ち上がった俺の腕を、食事を終えた美男子がつかんでいた。
「とりあえず、話は一通り聞いたよ。でも、所詮噂話。事実確認しないと。そういうことですよね?ママさん。」
「あぁ、そうさねぇ…。」
「それに一人じゃ無理でも二人なら可能性が見えてくるんじゃないかな。1食の恩義だ。僕にも手伝わせてほしい。」
美男子は頭を下げている。なんと潔い。なんか絵になってる。
「いいじゃないか。あんたみたいな単純なヤツだけよりこっちの美男子さんと一緒の方がこっちも安心だよ。行ってきな。写真の場所は彼女が最初に捕らえられた農園だ。」
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