episode3 小さな絆
「おい、聞いたか?今日の採掘で金がいつもの3倍でたら解放してくれるってさ」
新入りがほざく。一体誰からそんな話を吹き込まれたのか…。
木製平屋の掘っ立て小屋。屋敷の丁度真後ろにある誇りが舞うとても衛生的とは呼べない(家畜小屋)が俺達の住まいだ。簡素な鍵は付いてるものの誰も脱走しようとするやつはいない。小屋のすぐ脇の大きな木に脅迫と見せしめの意味で仲間が数人吊るされている。多分もう動くことはない。
この家の主人は働く喜びは与えても食事の喜びは知らないようで俺達はもっぱらその辺の雑草を三日に一辺なにもつけずに飼料として預けられる。こんな劣悪な環境だ。昨日、部屋の隅っこでガリガリに痩せた古参メンバーが一人脱落した。
「出ろ。時間だ。」
今日は主人が仲間うちで無理矢理孕ませたガキを市場で売りさばきに行くとかでまだ20にもならない長男のアルフレッドが鞭を片手に扉を開けた。アルフレッドとか端整な名前にも関わらず外見は俺より身長が低く、ボールのように丸く、ついでに本人は隠しているつもりらしいが、若ハゲだ。
「ちょっ、まだ早いって…。」
無心に、自分のなかで複数人殺し鉱山までの険しい山道を道具と白い布で覆われたハンモックを担いで進む。足がもつれ、ふらつき、猛烈な日差しに意識が遠退く。そんななか、アルフレッドは女遊びに興じているらしい。また、俺は一人俺の中で俺を殺す。
鉱山の作業場に行く前に山の神に安全を祈るのが習わしだ。配られたコカの葉を噛み、中からでるエキスで疲れを麻痺させる。死ぬまで使い、死んだら捨てる。それがあいつらのやり口だ。
総勢30人。つるはしで適当に岩を砕き、中から金があるか探る。砕いた小石も振るいにかけてひたすら探す。作業場は粉塵が漂い、使い込んだ鉱山は度々崩壊する。怪我人なんて怪我人とは呼ばれない。使えなくなったら処分されるだけだ。
突然大きな音とどよめきに奥の暗がりの岩をつるはしで叩いていた俺は、入り口の日が射す辺りを凝視した。古参メンバーの骨と皮に成り果てたじいさんが金を運び出す途中、足をもつれさせ倒れたらしい。
「…ケホ、ケホ。すいません」
ここ数週間流行り病で倒れるやつも少なくない。
「なんだ、騒がしい…。」
足枷を引きずりながらこの劣悪な環境で作業していた俺達をよそに、ハンモックからアクビをしながらアルフレッドは出てきた。
「じじぃ…お前金を落としたな!こっちに来い」
いつものお決まりパターン。誰も助けないし、誰も口を挟めない。仕事を放棄したやつ、ノルマを達成できなかったやつ、反抗的なやつ…。数えきれない種類のあいつらにとって不利益を出したやつはペナルティを下される。
「待ってくだされ、ワシはまだ…ケホ。働けます。」よろよろと立ち上がる細すぎる体に拳が飛ぶ。
「いいから来い。」
この場合連行を手伝わないやつもペナルティとして…。
「おい、お前。お前だ。そこの小さいの。」
アルフレッド目があってしまった。
「お前が連れてこい」
「頼む、勘弁してくれ。ワシにはまだ働く力が…。」
老人の言葉を遮るように、無理矢理腕を引っ張りあげ、儀式を執り行った広場へ向かう。
広場には腰かけられるくらいの丁度いい岩がひとつだけあり、乾ききった血痕がべっとりついていた。
「さて」アルフレッドが手斧を片手に刃を眺める。
「始めるとしよう」
「ワシはまだ働く。働ける…。」
「黙れ。この間親父の奴に負けたからお前で練習してやる。そいつを放せ。」
俺はまた、一人俺を殺し老人を放す。
放った老人は力なく岩の前で崩れ落ちるように這いつくばった。アルフレッドが右腕を掴み、手斧を振り上げ利る。
「俺だってやればこんな細腕くらい一撃で切り落とせるっての!」
「あぁ、あ、ぁあ!!」
手斧は深く手首に刺さったものの、骨で刃が止まってしまっていた。
「おっかしいな…。もう一回。」
高く振り上げた鮮血滴る手斧は、俺の顔に帰り血を浴びせ手首目掛けて速度を上げた。
「助けてくれよ」哀れみを俺に投げつける。
「助ける訳ないよな?自分が可愛いもんな?」
俺はまた、一人俺を…。
「あ、あぁああぁあ!」
野鳥の群れは騒音に驚き、散り散りになった。
「また!お前は!何度いったら!」
「…。…。…。…。」
今日は婦人が鞭を振るう。背中は皮膚がめくれあがり、みみず腫のようにうねった凸凹ができる。このところ、もう、どうでもいい。なにも、なにもかも…。
「お前は!何度!やったら!」
「お母様…。」
突然末っ子のマークがぬいぐるみを引きずり眠いまぶたをこすって起きてきた。
「絵本読んで…。」
「パパに読んでもらって、今大事な時間なの」
「パパ寝ちゃった。絵本読んで…。」
「…仕方ない。今日はこれぐらいで赦してあげます。ただ、次こんな真似したらむち打ちじゃあすみませんからね」
婦人は鞭を丸め、マークの寝室へと向かって颯爽と歩いていった。
「はい。」
振り向くとマークが柄杓に水を汲んで立っていた。俺は目を丸くして呆然としている。
「飲みたかったんでしょ?だから、はい。」
俺は黙ってそれを頂戴した。
翌朝、俺は罵声と鳴き声に目を覚ました。
「奴隷にわざわざ水をやっただと?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
木製の格子越しに外を見るとマークが主人に担がれて尻を赤くして泣いている。昨夜の事がバレたらしい。
「あなた、これじゃマークが…」
「うるさい、お前は引っ込んでなさい。これくらいのうちにしっかり躾をしないと将来堕落するに決まってる」
泣き叫ぶマークに見かねて俺はこっそり掘っ立て小屋を抜け出し、隣の犬小屋の柵を開けて、また掘っ立て小屋へ忍び込んだ。
「わん、わん」突如解放された犬は屋敷の庭を駆け巡る。
「な、なんだ。急にどうしたと言うんだ?」
あわてふためく主人はマークをおろして事態の収拾に奔走するのに満足して、俺はパサパサの雑草を口に運ぶ。
「おあいこだね」
微睡む婦人に扇で風を送る俺の傍らでマークが絵本を眺めるふりをしながら呟く。
俺は死んだ感情に温もりを感じていた。
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