Episode.7 この梅雨に『遠足』という存在があったら
憂鬱な季節が来た。
ローレルの件以来、何事もなく過ぎ去っていき、遂に季節は春から梅雨に移っていた。
それにしても、本当に憂鬱。
なんで異世界に来てまで梅雨を経験しなきゃいけないの?それよりも、なんで異世界なのに四季があるの?
「あら、浮かない顔をしてどうしたの?」
「ん、あー夜空か。いやーこう、なんで梅雨ってあるんだろうなーと思いまして...」
「ふーん...確かにそうね、つい一ヶ月前まではあんなに晴れ渡っていたのに。もしかして、梅雨前線とかでもあるのかしら?」
「そうかしらね?わからないわー」
「あら、誰の真似かしら?」
「さーな、とにかく今俺はすごく憂鬱な気分なんだ」
「そう。それなら自分の部屋にでも閉じこもってなさいよ」
「そっちの方がよっぽど憂鬱だわ!」
「相変わらず仲がいいのう、二人とも!」
「どこがかしら?」
「どこがだよ!」
「隼斗と夜空ってー、最近仲良くなってきたよなー。ええことやええことやー!」
「おいローレル、それはないから。変な事言わないでくれる?」
「そうよ。こんな人と関わるなら部屋に引きこもってた方が楽だわ」
「つまり、私は隼斗と会うくらいなら部屋に閉じこもってたいけど、なんでそんなこと私がしなくちゃいけないの?それなら隼斗に閉じこもってて貰う方が当然よねー、という考えの元にさっきの発言だったわけか!?」
「何を言っているの?隼斗が憂鬱だって言ってたから気を使ってあげたのよ?」
「いらん気を回してくれてありがとうな!」
半分やけくそになりながら言い放った。
しかし、やっぱり周りにはそう見えるかー。まー仕方ないよな。
俺はローレルの件以来、何事も無かったと言ったが、少し訂正する。
夜空についていろいろと調べていた。内々にじゃなくてちゃんと面と向き合って調べてたから問題ナッシング!
正直、俺はこの世界に来た時からずっと夜空のことを知ろうと努力している。同じ亜人族だし、それに...
──同じ転生者だからな。
俺の意志でこっちの世界に来れたのだから、多分夜空も何かしらの意志があってこっちの世界に来たんだと思う。
俺はその意志が知りたい。
単刀直入に聞けば一番早いのだが、やはり言い出しにくい。
ただ、一つの手がかりがあるとすれば
「楽しめてる?」
と、突然訳の分からないことを聞いてくるくらいだった。そんな時は
「お、おう」
と、答えるくらいしかできない。なんだ?なにが言いたいんだ夜空は?その真意を掴めない。
「おっ!それいいな!じゃあ早速行こう!隼斗!いいよな?」
「え?あ、ああ...」
「よっしゃ賛成多数で決まりだな!それじゃあ行くぞー!」
「へ?」
「隼斗本気で言っているの!?」
「へ??何がだ?」
「これから外出すると言うのよ!」
「なっ!...なんだそれ!俺は聞いてねーぞー!認めん!認めんぞー!」
「おっと隼斗。男に二言とは感心できねーなー?」
「ちょっ......アリオス......さん?」
チョー怖い顔で近づいてくる。やばいやばい、チビりそう。
が、その顔もすぐににこやかなものに変わり
「行くぞ」
「......はい...」
「はぁ...あなたっていう人は...」
夜空がこめかみの辺りを押さえていた。ごめんなさい!夜空さん!
「仕方ないわね。私も行くわ。エルフさん達、呪術の方よろしく頼むわ」
「了解でーす」
相変わらずチャラいリリが何かをボソると瞬時に何かしらの力が夜空に降り注いだ感じがした。
「それと、あそこの間抜けにもよろしくお願いするわ」
「まっかせんしゃーい!」
またまたリリ。何かをボソると頭の方から何か湧き上がってくるような感覚に襲われる。頭上、腹部、そして足先の順で何かを感じ取った。
「ほい、これで大丈夫だよー」
「ありがとう」
夜空が素っ気なく返すと傘も差さずに外に出ようとする。
「ちょ、夜空!傘差さねーとびしょ濡れになるぞ!」
しかし、夜空は俺の制止に聞く耳なんか持たず、躊躇うことなく外に出た。
驚いた。雨が夜空を避けるようにして降っている。いや、夜空が透明のボールのようなもので守られているようだった。
「ほら!これが私のかけた呪術、雨避けの術だよ!」
なんだよそれ。忍者の技?
「隼斗にもかけてもらったから、早く行きましょ」
「お、おう...」
俺が外に出ようか迷っていると、他のやつらが続々と外に出ていく。そして俺だけポツンと部室に残された。
「ったく...待ってくれよー!」
悔しさを噛み締めながらも俺はみんなの元へ走って向かう。
「うおっ、マジで濡れねーんだな」
雨は俺を避けるようにして降っているようだった。
「それじゃあ、出発だな!」
アリオスの掛け声と共に遠足が始まる。
本当に憂鬱な季節だ。
○○○
歩き始めて何分経っただろうか。同じ風景が流れていたのでぼんやりとしてしまっていた。
「この辺にすっかー!」
「いいねー!ここにしよー!」
相変わらず元気なアリオスとリリ。なんでこんな季節にそんなに元気になれるのか知りたいくらいだ。
「それで、肝心な何をするかだが?」
「そんなの、昼飯食うに決まってんだろうよー」
「昼飯?こんな土砂降りの中?第一、わざわざ雨降りの日に遠足に来なくてもいいんじゃないか?」
「それはこの季節を乗り越えるためですよー。隼斗もこの季節、憂鬱だと思いませんか?」
突然ウミに話しかけられなぜか驚いてしまうが、気を取り直して
「まー確かにな。この季節は外出したくても雨でつまらない。かと言って、家に引きこもってても悲しくなるだけ。それなら、雨に当たらないようにして外に出ればいい。よく考えられてるな。誰が考えたんだ?」
「レナよ」
またまた予想外の人から話しかけられ驚いてしまう。夜空め。
「ほーん...レナ、なんでだ?」
「ほ、ほら!みんなと仲良くなりたかったし...だめ?」
「なっ...」
そんな上目遣いしないでくれー!理性を保つので精一杯だ。
「い、いやー!よく考えられてるからつい...」
「そうですかー!それならよかったです!」
ふと、俺は今までとは違う印象を抱いた。
以前のレナならこんなに明るくならなかった。なんでだ?ローレルが俺の心をオープンにしてくれたからか?わからねー。
ともかく、接しやすいレナになってくれてよかったとだけは言えるな。
「でもよ、こんな雨降りの中、別に飯まで食わなくてもいいんじゃねーか?」
「それはダメです!今回の遠足は私たち特殊部の初の校外活動なんですから!」
お、おう...確かに言われてみればそうだ。
いや待て、あの遊戯エリアでの遊びはカウントされないのか?あーでも校内でやったからなーあれは。
そうだ。これは俺らの初めての校外活動だ。さっすがレナさん!わかってるー!
「ということで、早速食べましょうかー」
「おう!そうだな!リリ、レナ、ウミ、あの呪術を頼んだ!」
「了解!」
リリが代表して返事をするとエルフ三人組は何かを唱えているようだった。
そして一通り終えたかと思うとまたあの時と同じ感覚に襲われた。
「...毎回呪術かけられる時こんな感覚味わんなきゃいけないのか?」
「本当の呪い系統だとならないんだけどねー。まー仕方ないってこと!」
「さいですか...」
つまり、諦めろってことだな。
「今日持ってきたのは私たちが作ってきたサンドイッチですよー」
「おー!ナイスだ!」
確かにナイス!俺も実はサンドイッチ大好きなんだよなー!アリオスもあの反応じゃ多分好きなんだろうな。
とりあえず良さげな場所に座り、サンドイッチを受け取った。
「それじゃあ!いただきまーす!」
「いただきまーす」
アリオスの掛け声に続いて俺らも言った。
そして一口。うはー!これはうめー!今まで食った中で一位二位を争うレベルだぞこれは!
「あら、そんなに目をキラキラさせて、どうしたのかしら?」
「って、夜空。これ食って目輝かないってことあるかよ?」
「確かに美味しいけれど、そんなに目を輝かせるようなことではないんじゃないかしら?」
「少し硬いぞ夜空。もっと弾けてもいいと思うんだが?」
「別にそんな必要ないわ。これがいつもの私。これ以下はあっても、これ以上はないわ」
「そ、そうか...」
なんだか冷たくされてしまった。触れてはいけないところにでも触れてしまったか?
「まーまーお二人さんよ、仲いいのはいい事だけど、とりあえず食おうぜ?」
「誰が仲いいんだよ」
「誰がこんなやつと仲がいいのかしら?」
なぜかアリオスがニヤニヤしていたが、よくわからなかったのでスルーした。
「...うん、やっぱりうまい!」
自然と口に手が進む。
「まさかとは思うが、これに変な呪術とかかけてないよな?」
「なーに言ってんの?そんなことする訳ないじゃない」
「で、ですよねー......愚問でした...」
「わかればいいのよー!」
相変わらず元気なリリさんであった。
そんなやり取りをしている最中、またあの時のような視線を感じたが、気のせいだと思ってスルーした。
「ごちそうさまー」
全員が完食するとみんな横になる。
「おいおい、雨降ってんのに横になって大丈夫なのかよ?」
「さっき言ったろ?俺たちは絶対に雨に濡れないって」
「そ、そか...それならいいんだけど...」
もじもじしながら言った。自分でもキモいと思う。
ふと、俺の視界にエルフ三人組が固まって何か話しているかのような光景が飛び込んできた。
そして一通り話し終えたのか玉になっていた三人は離れ離れになると
「ごめーん、ちょっとトイレ言ってくるねー」
と、女の子とは思えない口調でリリが言った。
「おうー。気をつけてなー」
「ちょいちょい、ちょっと待てー!この辺にトイレってあんのか?」
「ええ。ここから五分ほど行ったところに公衆トイレがあるんですよ」
「ほえーそうだったのか...」
意外なことを知って、口がポケーと開いたままで閉まらなくなってしまった。
「それじゃあ、行ってきますね」
「お、おう...」
軽い返事になってしまい、まずいと思ったが、もう既に遅い。リリの姿はとっくに消えていた。
何もすることのなくなった俺はアリオス達と同じく寝ることにした。早いことに隣で気持ちよさそうに寝ていた夜空の寝顔も可愛いしな。さぞ気持ちいいのだろう。
起こさないように静かに横になり、静かに目を瞑った。疲れでも溜まってたのか、俺はすぐに眠りにつけた。
○○○
「──い!」
「...おい!早く起きろ!」
「んあ...」
「隼斗早く起きろ!リリが戻ってこねーんだよ!」
「んー...は?」
「トイレに行ったきり帰ってこねーんだよ!」
「どういうことだよ?」
「そのまんまだよ!いいから早く探すぞ!夜空はそっち方面頼む!レナとウミはそっち。俺はこっち行くから、隼斗はそっち頼む!」
言われて指さされた方は木の茂みが深いところだ。あんなところ探さなきゃいけねーのかよ...。少し落ち込んだ。
「一通り探し終えたらここに集合な!」
「了解」
「...なっ!」
確認し終えた瞬間、冷たい何かを感じた。雨だ。
「まさか...!」
声の主を見ると顔を青白くしていた。
「まずいですよ...」
レナはこの世の終わりでも見たかのような顔で俺を見ている。
「どうしたんだ?」
「隼斗...あなたの呪術が...解かれてます...」
「つまり?」
「覚えてますか?あなたに呪術をかけた人を...」
「......まさか!」
嫌な予感が頭をよぎる。
呪術を解くには、かけた人が意図して解くか、生命活動の維持か困難になった時のどちらかだとこの前いたずらで呪術をかけられた時にリリに言われたのを思い出した。
まさかこんないたずらのために呪術を解いたとは思えない。だとしたら──
一刻も早く見つけ出さないとリリが危ない。一体、リリの身に何があったというのだ。
俺は全速力で指示された方向に駆けた。
リリを死なせたくない。
他の二人に、特殊部のみんなに辛い思いをさせたくない。
そして何より
──リリを失いたくない。
俺は必死に走った。 走って走って走って、途中ぬかるんでいるのに気づかずに転んだりもしたが、気にせず走る。前へ前へ前へ。
「頼む...頼むリリ、生きててくれ...!」
ただそれだけを思って俺は走り続けた。
だが、人には限界というものがある。
十分ほど全力で走って遂にスタミナの底が尽きた。何かに必死になると人って限界を超えるんだなと思った瞬間であった。
肺が焼けそうな感覚を覚える。
痛い痛い痛い、苦しい苦しい苦しい。
その感情で頭の中がいっぱいになりそうだった。
けど俺は決してリリのことは忘れなかった。
膝に手をつき、荒くなっていた息を整えるために十回、深呼吸をした。
そして顔を上げて
「...うし、待ってろよ!リリ!今行くからな!」
俺の声が森中に木霊する。リリはこの声を聞いるだろうか?聞いていてほしい。
再び走り出した時、雨はさらに強まっていた。
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