一霊四魂のアンサンブル・プレイ
花井有人
ニギミタマ① ~十日から十四日~
六月のたしか十日だったように思う。
最近は雨の日が続くねーなんて友達と話していたし、実際六月の一週目はほとんど雨だった。
それで、久々に晴れた日で、たまたま前日の夜は綺麗な満月が浮かんでいたんだ。うん、間違いない。それで月の話題になっていたんだから。
「――そういえば 月って実はゆっくりと地球から離れて行ってるんだって」
「えっ、じゃあ月なくなるの?」
満月の話題から私は話を広げるために、持ち前の雑学を語って見せた。そのうんちくにいち早く反応を返してくれたのが、私ら仲良しグループの中の一人、十文字ナノ。彼女はちょっとばかり天然が入っているマイペースな女の子で、私の幼馴染でもある。
「って言っても、毎年三センチ程度だから、月が地球からオサラバするのには私たちが生きてるうちにはあり得ないから大丈夫だよ」
「なんだー。でも月の影響って地球に色々と及ぼしてるんでしょ~? たしか、潮の満ち引きとか?」
「あ、それ聞いたことあります」
丁寧口調で言ったのが、同じ仲良しグループの一人、二木カリンだ。彼女は同学年ながら、私らの仲良しグループに後から参加したので、気でも引けているのかいつも腰が低いというか、遠慮がちな様子である。
「あー……そういえば、女の子の日にも影響するんだっけ?」
青い顔で辛そうに言うのは千原ミドリだ。彼女はまさに今、その女の子の日で苦しんでいる最中であった。
本当かウソかはっきりしないが、月経というだけあって、月の満ち欠けに影響するのだとか。
グループの雑学王として君臨している私の調べでは、生理の周期と月の満ち欠けの周期がほとんど同じだからだと聞いたことがある。
「お薬、あげようかー?」
ナノがミドリを心配して言うがミドリは首を横に振った。
「いい……薬嫌いなんだ。自然がイチバン……うぐ……」
そう言って呻くからこちらとしても、もう心配そうな表情を送るしかなかった。普段なら一番ボーイッシュにはしゃぐタイプのミドリなのでなおの事、その様子は痛ましかった。
「今日はもうお開きにしよっかー」
「そうですね。あ、でも私ちょっとお手洗いに」
「あ、私も行く」
そう言ってナノとミドリを残し、私はカリンと共にお花を摘みに行くことになった。
個室の202号室を出ると左手の通路の先に階段がある。中二階に女子トイレはあるので、そこまで一緒に向かう。
「結局、カラオケに来てるのに一曲も歌いませんでしたね」
苦笑いをしながらカリンはこちらに軽く首をかしげて見せた。その仕草はなかなかに可愛らしい。カリンはいまいち垢抜けないタイプの女の子だが、純朴なかわいらしさがある。絶対に親戚のおじさんとかに人気なはずだ。
「カリンは歌、うまいから歌えばいいんだ」
「一人だけ歌うのはちょっと……。ケイコちゃんが一緒に歌ってくれるなら、歌いますよ」
「……私は歌、だめなの……知ってるでしょ」
そう、私、一条ケイコは歌がまったくもって歌えない。超絶音痴で音波兵器なのだ。それにも関わらずなぜカラオケに来たのかと言えば、ここが私ら仲良しグループのたまり場なのだ。
ここなら気兼ねなしにおしゃべりできるし、ドリンクは飲み放題だ。しかも、このカラオケ会社の株主優待だかをナノの父親が持っていて、格安で利用できた。
最初は歌ったりもしたが、私とミドリが歌が正直苦手だという事を告白すると、歌うことはなくなって、徐々にここは仲良しグループの憩いの場になっていた。
特に理由がなければいつもカラオケに行くことになり、店員とも完全に顔なじみである。
バイトのお兄さんがたまにサービスしてくれたりするが、どうも私らの中の誰かを狙っているんじゃないだろうか、なんて笑って話したりしていた。まぁよくある女子会だ。
高校二年になり、こんな風に遊べるのも今年までだからと言いつつ、来年もこうしていそうだなーと私は内心考えていた。
「ミドリちゃん、大丈夫でしょうか……」
「あいつ、根性論者だからなー……。絶対薬は飲まないだろ」
用を足してから個室に戻ると、ナノが歌っていた。それに合わせてタンバリンをシャンシャン鳴らして激しく体を振るミドリが土気色の表情をしていた。
ナノが某アイドルの歌を歌っているが、その表情は冴えない。それはそうだ。こんな死にかけの表情でタンバリンを振られて気持ちよく歌えるはずもない。
「あ、あんた、辛いんじゃないの?」
「……いや、動いてれば気がまぎれるかと思って……ぐふっ」
「み、ミドリちゃんっ!!」
そのままソファに横倒れになり、ミドリは絶命するかの如く断末魔を上げた。
「やっぱり、お薬のも? うちまで一緒に帰ろうか?」
曲が流れているなか、マイクを使ってそう言うナノにミドリはゾンビみたいにうーうー唸りながら返した。
「……いや、いいよ。うちの方角違うし、今変質者が出るんでしょ……。みんなもまっすぐ家に帰ってくれぇ……」
「だったら、薬だけは飲めよ」
「……お言葉に甘えます……」
やっと素直に薬を飲む気になったミドリは震える手でナノから錠剤を受け取って、水で飲み込んだ。
私はそんなミドリを呆れながら見ていた。ナノはミドリの言った変質者の事に首を傾げた。
「変質者?」
「あー……、あれでしょ。行方不明の女子高生事件。別に変質者が犯人ってわけじゃないでしょ。家出の可能性もあるし」
「ああ、朝礼で校長先生が言ってたね~。遅くまで遊ばない事って」
「つか、ナノはいつまでマイクで話してんだ。脳に来るわ」
ナノが発言をマイクを握ったまま言うので、一応突っ込んどいた。それでマイクを切ったわけだが、それがいよいよお開きの合図みたいになった。
「……やっぱり今日はもうお開きにしましょう」
せっかくフリータイムで入ったが、空気がもう解散を示していた。
確かに、昨今女子高生が行方不明になるという事案が発生しているらしく、親からも忠告されたのだ。なるべく寄り道はするなと言われたが、寄り道せずして何が女子高生かとも思う思春期だ。
正直、こうやってほとんど毎日カラオケに来ては駄弁っている私たちから言わせてもらえば、そんな行方不明事件など無関係もいいところだ。ただ同じ年頃の女の子がいなくなったというだけで、私らの行動まで楔を打ち込まれてはたまらない。
けして私たちは、世間の声に負けたわけではなく、自発的に、もしくは空気がノらないから帰宅するのであって、言いなりになったわけじゃないという事を理解していただきたい。
若き翼は何人にも邪魔されずに羽ばたきたがっているのだから。
――それから少し調子を回復させたミドリを待って、私たちはカラオケを後にした。
外に出て空を見上げると、すっかり夕暮れが街を橙に染めていた。
風はちょっとだけ生々しさがあり、雨の香りがしていた。沈む太陽の逆の空を見ると、黒々とした雲がもんもんとかかっていて、本来は月が見える方角を隠していた。
「また、雨が降るね」
そう言ったのは誰の声だったのだろう。もしかしたら私自身だったかもしれないし、全然知らない人だったのかもしれない。
だけど、その言葉が妙に耳に残っているのが不思議だった。
――そう。これが六月十日の夕方だ。だから、九日の夜が満月だったんだろう。
月は満月、下弦、新月、上弦、そしてまた満月と満ち欠けをする。大体この周期が二十九.五日間なんだと。
で、それから四日が経った。つまり、今日は六月十四日。
朝、起きてテレビを見たのだ。
天気予報くらいしか私にとって役立つニュースはテレビから聞こえてこない。そういう認識だった。
だがその日の朝、ニュースから聞こえてきたのは、自分が通う学校の名前が出てきたので、耳を疑った。
『……高校に通う四谷ココロさん十六歳が遺体で発見され……』
「四谷って……同じ学年の……C組の子だ」
これまで行方不明だった女子高生を対象とする事件は、ついに『殺人事件』として世間に報道されたのだ。
コメンテーターが、過去行方不明になった事件と今回の事件の符号などを語るも、警察はまだ過去の事件と結びつくのかどうかは分からないとコメントしているようだった。
まさかとは思っていたが、実際に身近な人がニュースで被害者として報道されているのを見て、私はぞくりとしてしまった。
それは容易く、自分に置き換えることもできるからだ。そして、自分じゃないとしても、よく知る友達だったとしたら?
不安な気持ちを抱えて学校へと向かうと、通学途中の同じ学校の生徒の会話が耳に付いた。
「見たかよ、ニュース。やばくね? オレ男でよかったわ」
「女だけが狙われるって決まったわけじゃねーだろ。つか、四谷って知ってる?」
「知らね。あとで2‐C見に行こうぜ」
とんだ野次馬野郎たちだった。正直、胸糞が悪くなるのを感じながらも私はあまり考えすぎないようにしようと思いなおしていた。
だって、気にしすぎると逆に怖くなる。いつも通りが一番なのだ。
学校に行って、またいつもの四人で駄弁って一日終わってそして今日と同じ明日が来る。そんなのでいい。
気が付くと、私の足はずいぶんと大股になっていて、いつもよりも早く学校についてしまった。
教室に入ればいつも以上にざわついている。完全にお祭り状態だった。
私は2‐Bだ。来る途中でC組の前をちらりと見たがすごい人だかりで先生が飛んでくる始末だった。
「よ、おはよ」
「おす」
短い挨拶をしてきたのは、ミドリだ。
「すごいな」
「まぁ……仕方ないんじゃない」
私は半ば呆れながらそう返す。正直な話、この話題を引っ張りたくなかった。だが、そうはいかないだろう。誰もが今日、この話題をする呪いにでもかけられたみたいに、口をついては四谷の話題が浮かぶのだ。
「おはよう~。なんかすごいね? なにかあったのー?」
間延びした挨拶をしてきたのはナノだ。こいつは相変わらずで少しほっとした。どうもニュースを見ていないらしい。
私はあまり話したくなかったが、ミドリがナノに説明をしてやったので、結局その話題になってしまった。観念するしかないかと、私も結局腹をくくることになった。
「おはようございます」
もうすぐホームルームが始まるかというギリギリにやってきたのがカリンだ。カリンはいつも早めに来るが、今日はずいぶん遅かったので少しだけ心配していたが、顔をみせたので私は内心一息ついていた。これで四人、揃ったわけだ。
結局、四人は集まってほかの面々同様に、この事件の話題をあれこれと話していたが、担任が教室に入るなり、出席を取り、すぐに廊下に出席番号順で整列させた。
そのまま体育館へとぞろぞろと連れていかれると、案の定校長の事件に対する指導が行われた。
亡くなった四谷ココロの黙とうをしたのちに、警察が学校に来ることになるが、しっかりと責任ある対応を取ることと釘を刺される。
その言葉に生徒たちはざわつきだした。
学校に警察が来るという異常事態が、退屈な学生生活のスパイスになったかのように、みな心をざわつかせていた。
怖いと評判の体育教師が全員に一括するように大声を張り上げて、ざわつきは収まるも、解散となってからはまたざわざわが大きくなる。
完全に非日常と化してしまった六月十四日は、最後まで落ち着きなく終わった。
今日は部活動も一切禁止となり、生徒たちはまっすぐ家に帰るように教師からきつく言われた。
私たちも流石に今日は、ということでカラオケに行くのをやめてまっすぐに帰る事になったのだ。
結局家に帰りついても私の内側はどこかドキドキと脈打っていた。
なんのことはない、私だって日常にちょっと波が訪れたことにワクワクしていたのだろう。
それが家に帰りつき自分の部屋でごろんと横になってから、安心感と共に自覚として浮き彫りになったわけだ。
そんな時に、ふとケータイがバイブしているのに気が付いた。
スマホを取り出すと、メッセージアプリに着信があり、チャットメッセージが表示されている。
仲良し四人組のグループチャットだ。
発言者は、ミドリだった。そこにはこんな風に書いてあった。
「四谷さんのこと、なんか知ってる?」
まさか、ミドリも野次馬根性が出てきたのかと私は眉をひそめてしまった。正直、この件には拘わらないほうがいいのだ。
「知らん」
とだけ短く打ち込んだ。さっさとこの話題は終わりにしようという意思も込めたつもりだった。
「わたしもしらないー」
これはナノの発言だ。
何やら可愛らしいスタンプもついていて、犬のマスコットが首をかしげているようなものだった。
しばらく待ったが、カリンはどうやらチャットを見ていないのか反応を示さない。
私は話題を変えたくてあからさまに話の腰を折りに行ってやった。
「そんなことより、ぼちぼち試験だろ。勉強会しない?」
「あー、いいね♪」
「よくねえよ! 試験だよッ!!」
「勉強会にイイネしたんだよー」
「知ってるよッ!! あーもう! 嫌なこと思い出したぁー!」
そんなやり取りに私はふっと笑んだ。
普段の私たちに戻ったからだ。カリンはまだ見てないようだが、あとで気が付くだろう。なんなら明日、直接学校で言えばいい。
壊れかけた日常を修繕できたみたいに、私は安心していた。そうして、結局のところ、私たちは日常に戻っていった。
退屈はやってくるけれど、その退屈が脅かされそうになってはじめて、日常の大切を感じるものだ。
私は、今が大好きなのだ。何気ない日々こそが、宝物だと気が付いてほしい。それが私の単純な願いなのかもしれない。
日常こそが私の平安なのだ――。全て世はこともなし――。
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