第10話 火災調査団との合同調査
消防士の任務は星の数ほどある。
レスキューや火災の鎮火、事故で動けない救助者を救出に首都圏大地震の対処だ。それ以外にも対処する必要が出てきた。それは時空侵略者である。
尖閣、先島諸島の戦いで自衛隊は戦後初めて外国艦隊を追い出した。そこから小さな時空の亀裂が海だけでなく陸にも現われた。最初の事件は三年前。二十五人もの消防士が犠牲になり一人の消防士も生き残ったが片腕を失い機械の腕を移植された。彼女は消防士に復帰している。そしてビキニ環礁の時空ホール事件で世界中の核実験場跡の上空で大規模な時空の穴がある事を第五福竜丸が警告してきた。その警告後に小規模な時空の亀裂や揺らぎが現われるようになった。それも火災現場や事故現場に。いきなり出現する時空の亀裂から時空侵略者が侵入してきて襲ってくる。それに対処するには消防士や消防団員で時空の異変を感知できる者や時空を歪められる程の異能力を持った人間やミュータント、マシンミュータントを集めた。特命チームや沿岸警備隊チームの消防士版である。
私は棚橋務。消防総監である。
自分の手元には分厚いファイルが山積みになっている。
会議室に三人の男性が入ってくる。
一人目は葛城博Tフォース長官、二人目は香坂次郎国連大使。三人目は三峰昌海上保安庁長官である。
Tフォースとはタクティカルフォースの通称で国連機関である。葛城博はその長官で本部は数年前までアメリカのアーカムにあったがロシアのハバロスクに移転している。創設したのは葛城庵で彼はその六代目。魔物退治や邪神信奉者の取り締まりや古代遺物の管理、南極点に出現する時空の揺らぎや最近あっちこっちに目撃されるようになった時空の亀裂と時空侵略者の退治である。
香坂次郎国連大使は国連と世界の政府機関やTフォースとのパイプ役である。
三峰昌は海上保安庁の長官である。海上保安庁が各国の沿岸警備隊と一緒にコーストガードキーパーズを創設して五人の保安官を南シナ海やいろいろな海域に派遣している。派遣するのは中国海警船とカメレオンがすき放題に活動しているからである。
カメレオンは尖閣、先島諸島の戦いでサブ・サンが連れてきた機械生命体である。もともとは宇宙船と融合するがここではそこまで発達していないから船舶である。融合すると船体のどこかに光る模様があり、船内に光線を発射する砲台をいくつも隠し持ち、人間やミュータントを捕食。好物はマシンミュータントである。
「さっそくだが本題に入ります」
葛城博は話を切り出した。
香坂達はうなづく。
「東京消防庁の管轄だけでなく神奈川の特に横浜や東京湾部に集中しています」
「海上保安庁も時空の亀裂を追っているのですね」
「これを見ると、時空の亀裂が火災現場やレスキュー現場に出現していたのですね」
三峰と棚橋は互いに顔を見合わせる。
「最初の事件は三年前で八王子消防署の管轄で高尾山のふもとの多重事故現場で救助にいったレスキュー隊と消防士達がトラックに車内に出現した時空の亀裂から現われた魔物に襲われてこの時点で一〇人が殉職。事故現場にいた民間人十五人も襲われて死亡。二十人の消防士とレスキュー隊員が病院に運ばれたが死亡。柴田良実という女性消防士は生き残り右腕を失うが機械の腕を移植する事によって復帰した。三年前の事件がそれが始まりだった」
棚橋消防総監は重い口を開いた。
Tフォースや魔術師協会からハンターが駆けつけて魔物達を倒して時空の亀裂は塞いだ。自分達は無力だったのである。
「葛城長官。香坂大使。これは日本だけ起こっているのはないと思います。他の国の消防士の話を聞きたいですね」
三峰長官は促す。
「私達もまだ把握していない。ただ言える事は一つ。原因は中国政府といるサブ・サンと中国軍といるカメレオンだ」
香坂大使の眼光が鋭く光る。
「中国政府は南シナ海や東シナ海、尖閣沖にあの尖閣、先島諸島の戦いのあとまた中国公船が出没している。おまけに最近ではカメレオンの情報収集船が現われた。巣穴もいくつかあったから潰した。どこかに総司令部や司令部基地、中継基地や孵化基地があると見ている。それは自衛隊も周辺国もそう見ている。中国国内にも造られているのではという推測だ」
博は世界地図を広げた。
「太平洋地域の国々ではどうなっているのでしょうか?ニュースでは中国企業が南太平洋の島々やインド洋のモルディブに進出してリゾート開発をしています」
棚橋総監は太平洋を指をさした。
「どこの国にも消防や海上警察組織はある。一度、派遣してもいいですね。中国企業のリゾート開発の偵察や時空の亀裂が出現の有無もわかるのではと思います」
香坂大使が提案する。
「そういえば東京消防庁では火災調査団「スクワッド」を結成しましたね」
三峰があっと思い出す。
「特命チームや沿岸警備隊チームのマネです。時空の亀裂を感知できる者や強力な特異能力を持つ消防士や消防団員で構成。都内では二十三チーム。神奈川で三十チームありそのうちの特に強い・・・時空を歪められる程の能力者が時空監視所に一度集まりました」
名簿を渡す棚橋総監。
「オルビスと同じ種族が東京消防庁にいたのですね。改造サイボーグや最初の事件に巻き込まれた柴田消防士や元暗殺者が消防団員で共感覚能力者の火災調査官がいて隊長は二刀流のハンターと呼ばれるベテランの消防士が入っている。なかなか興味深い」
三峰長官は納得する。
「時空の亀裂をほっとけばもっと大挙して奴らがやってくると見ています」
棚橋は写真を何枚も出した。
写真をのぞきこむ香坂達。
それには事故現場や火災現場に時空の亀裂が出現したり時空フィールド形成によりねじれた車や鉄骨の写真まである。また別の写真には時空侵略者と思われるエイリアンまで映っている。
「安保理も同じ見解が出ている」
博はうなづく。
「我々消防も他の国に異変がないのかを知りたいですね。異変があれば火災調査団スクワッドを派遣します」
棚橋は何か決心したように言った。
手紙が来た。
執事が持ってきた手紙をつかんで読み始める少年。
今時手紙って珍しいな。本当ならメールとかLINEでもいいと思ったのに。自分はその方が早いと思ったが文通相手は外国人だ。
封筒を開けると全文がロシア語だった。それも当たり前だろう。学習院のパーティで出会って向こうから積極的にカタコトの日本語で話しかけてきて意気投合して文通を始めた。本当ならメールで早いと思ったが文通もやってみたらなんかドキドキ感があって案外楽しかった。
少年はロシア語辞典を持って手紙の内容をノートに書いた。訳しながら読んだ。封筒の底に8の字型の小さなアメジストがちりばめられたペンダントが入っていた。
「・・・時空の円環?」
少年はつぶやいた。
それは神秘的な輝きを放っていた。彼はそれを首にかけた。
「智仁(ともひと)さま。それは時空遺物ですよ。Tフォースや魔術師協会に預けられた方がいいと思います」
執事が駆け寄ってくる。
「黒沢。なんで?クララからプレゼントだしもらった」
当然のように言う智仁と呼ばれた少年。
「クララというロシア人は葛城翔太殿と一緒にロマノフの宝事件に巻き込まれた人です」
執事の黒沢は答えた。
「大丈夫。僕達は皇位継承第五位なんだし皇位なんて回ってこない」
しゃらっと言う智仁。
「簡単に言わない」
注意する黒沢。
「葛城翔太に会ってみたい」
ひらめく智仁。
「いいですか。出会ったらその宝石は渡してください」
念を押す黒沢。
「わかった」
智仁はしぶしぶ答えた。
黒沢は出て行った。
「時空の円環か」
智仁はペンダントを眺めた。
僕は筑紫宮智仁。十五歳。皇位継承順位は五番目で天皇家とはいとこの関係になる。自分には三歳下の弟がいて弟は学習院に通っている。両親は公務で忙しい。自分や弟の世話は家政婦や執事の役目だ。
自分達の立ち位置は普通の生活とはかけ離れているのは知っているし、Tフォースや魔術師協会がなんなのかも知っている。自分の家にも常駐の邪神ハンターはいるし、皇居には上級魔術師や邪神ハンターがいる。天皇家を代々守ってきたハンターもそこにはいる。
葛城翔太が誰かも知っている。
葛城翔太の先祖はTフォースの創始者である葛城庵は明治時代に活躍した人物だ。
明治時代に和菓子職人になるために伊豆から東京に上京した。その初日に金属生命体の子供が宇宙船に乗って落ちてきて遭遇してしまう。そこから邪神ハンターになり日英同盟を締結、日露戦争で日本は勝利したのは歴史の通りである。日露戦争終結後に渡米してタクティカルフォースの必要性を時の大統領であるセオドア・ルーズベルトやエジソンらに説いてアーカムに本部を造った。元々ウイルマースという対魔組織があったがそれが国際化して当時の国連組織に組み込まれた。
その息子の茂長官は青春時代をアメリカで過ごして、二十歳の時にアメリカのハワイで日本軍による真珠湾攻撃に遭遇。連合国側からオファーが来て日本、ドイツ、イタリアの影にいた時空侵略者を追い出した。
現在の長官は葛城博。翔太はその息子である。翔太には姉がいるのは資料で見て知っている。彼が特命チームや沿岸警備隊チームの要請があればメンバーに加わっているのは知っている。
特命チームは時空侵略者と戦うためのチームだ。時空侵略者は時空の亀裂や揺らぎの向こうからやってくるエイリアンの事を指す。古代エジプト時代から人類は彼らに悩まされその度に彼らを追い出す”特命チーム”が作られている。国連組織タクティカルフォース・・・通称Tフォースの管轄で国連から召集指令が出るのだ。Tフォースは魔物退治や管理、邪神信奉者、テロリストの取り締まりや時空の揺らぎ、亀裂の監視が主な仕事である。というのも一年前、百十二年前の日露戦争でニコライ二世を操っていた時空侵略者サブ・サンが中国政府に侵入している事に気づいたがすでに遅く、中国軍は尖閣、先島諸島に侵攻、占領した。その時にサブ・サンが連れてきたのが宇宙生命体のカメレオンだったのである。彼らはマシンミュータントのように地球の艦船や船舶と融合。船体のどこかに光るまだら模様があり船内に射程の長い光線を放つ砲台を格納している。彼らは人間やミュータントも捕食するが好物はマシンミュータントで天敵でもあった。
沿岸警備隊チームは特命チームでは対処できない事象が増えて結成された。海上保安庁の保管官も五人メンバーに入っている。
召集指令がない時は葛城翔太は高校に通学していて、五人の保安官も普段の任務についている。Tフォースには時空監視所という機関がお台場にある。きっかけは大震災と尖閣、先島諸島の戦いで設立された。所長は深海の民と呼ばれる生命体でアーランという人が責任者である。時空監視所のメンバーは彼らだけでなく民間人も協力者として登録されている。メンバーは時空の揺らぎや亀裂が見えたり感知できる能力を持った者も在籍。第五福竜丸やランディという農薬散布機のミュータントまでメンバーである。
「クララはなんで僕にこのネックレスを渡したんだろう?」
智仁はペンダントを見ながらつぶやいた。
その頃。都内にあるホテル。
駐車場に警察車両が何台も止まり、規制線が張られていた。
背広を着た何人かの刑事が現場検証をしている。
「田代。さすが一流ホテル。スイートルームも広いし高そうだ」
男性刑事は部屋を見回した。
「そうね。羽生さん。ロイヤルコンチネンタルホテルは帝国ホテルと並ぶ一流ホテルよ。セレブ御用達で一度は泊まって見たかったわ」
田代と呼ばれた女性刑事は羽生と呼んだ男性刑事にパンフレットを見せた。
「すごいな。歯ブラシや備品はブランド物のロゴが入っている」
感心する羽生。
「エリックさん。和泉さん。眺めがすごいいいわね」
田代は背後で魔術書を物色している男女に声をかけた
「本当にいいわね」
「スカイツリーと東京タワーが見えるすごいいい場所だ」
和泉とエリックと呼ばれた男女は窓の外をのぞく。
部屋には鑑識や他の刑事が現場の保存と検証している。自分達が来たのは死んだ外国人観光客が魔術書や魔術アイテムを持っていたから呼ばれたのだ。
「死んだのはクララ・スコルツアとクロエ・
スコルツアとマクギー・シュルツエフ」
パスポートをのぞく羽生。
「確かクララってロマノフ事件の関係者よ。クロエはクララの母親でマクギーは二人のSPみたいな感じね」
田代はタブレットPCを出した。
「観光ビザで来日。SPまでつけて何しに日本に来たんだ」
マクギーの顔をのぞく羽生。
「彼女はロマノフの五つ目の時空遺物を所有していた。それは「時空の円環」よ。それがないわ」
和泉はあっと思い出す。
「普通は邪神ハンターA級のハンターを普通の人間やミュータントは殺せない。部屋があまり散らかってないのはやったのはスパイなのか?」
エリックが部屋を見回す。
イスや調度品が壊れているが壁や床に大きな破損はない。敵は強力なバリアを造ったうえで殺害したのかもしれない。
「バリアを使えば感知装置が働く。働かないという事は相手はエイリアン?」
田代が疑問をぶつける。
「あれ?のどの奥に何かある」
和泉はピンセットでクララののどから紙切れを取った。
「郵便局の領収書だ。誰かに郵便を送ったのか。郵便局へ行くぞ」
羽生は言った。
同時刻。横浜中消防署。
女性消防士はポンプ車の設備の点検をしていた。
火災現場にもう一回はない。やり直しはないし、要救助者を助けるチャンスは一回しかない。
ふと異様な粘りつくような気配に顔を上げると隣りに男がいる。男は背広を来ているが顔は土気色で生気がなく胸に大きな穴が開いている。
「・・柴田。その判断でよかったのか」
抑揚のない声で切り出す男。
「私はベストを尽くしている」
当然のように答える柴田。
後ろ頭をかきながら車庫に入ってくる中年の消防士。
ポンプ車の横に柴田が誰かに不快な顔でしゃべっているがそこには誰もいない。
「時空監視所より火災調査団スクワッドに入電中。都内港区マンション火災と時空の亀裂が出現」
アナウンスが入った。
柴田は正気に戻り車庫から出る。
くだんの中年の消防士も車庫から出てくる。
上空から金属の翼を生やしたオレンジの救助服を着た男が舞い降りてくる。金属の翼は遠めに見ると天使の翼のように白銀に輝く。
「時雨。早かったな」
声をかけるくだんの中年の消防士。。
青色の光とともに姿を現す三人の男女。
火災調査団スクワッドメンバーの柳楽と五十里、下司である。
時雨は金属生命体である。見た目は童顔で一七〇センチ位だが砲台に変身できて光線を発射できる。この金属生命体の仲間で有名なのがオルビスでTフォースに所属している。彼らのような生命体は地球には数百人隠れ住み、月や火星に隠れ住み、太陽系外の銀河系に他のエイリアンと一緒に隠れ住んでいるという。彼らが隠れ住むようになった理由は大昔、サブ・サンという時空侵略者との戦争に負けて住んでいた惑星だけでなく植民地星も取られて散り散りになったからである。それ以来流浪生活になり地球に隠れ住むようになった。
柳楽は人間でも普通のミュータントでもなく改造人間である。五年前にいきなり拉致され人体実験されて手足をマシンミュータント。金属生命体の体に心臓が移植されている金属生命体とのハーフである。
二人は四谷消防署から来ていた。
五十里は臨港消防署の火災調査官。人間であるが火災原因や音や文字がパステルカラーになって見えるという共感覚能力者で念力も持つ。
下司は臨港消防団から来ているが前の職業は暗殺者で今は賞金稼ぎをしている。
「場所はわかっているのか?」
中年の消防士は聞いた。
「高浜隊長。わかります」
柳楽はうなづく。すると青い光に包まれて彼らの姿は消えた。次に出現したのは通報にあったマンション火災現場である。
すでに近隣の消防署や出張所から消防車が何台も駆けつけ、消防士達が忙しく行き交いその周辺には野次馬が集まっていた。
目を半眼にする高浜。
あと三十秒すると最上階の部屋から激しい炎が治まり鎮火したように見える現象が起きる。原因は時空の亀裂が現われたせいだ。そして最上階の下の階には骨系岩石生命体が何体もいる。
「バックドラフトに気をつけろ。扉は不用意に開けるな」
高浜は注意する。
うなづく柴田。
バックドラフトとは気密性の高い室内で火災が発生すると、室内の空気があるうちは火災が成長する。しかし空気が少なくなると燃え草がいっぱいあっても、鎮火したような状態になる。この段階でも火種が残り、可燃性のガスが徐々に室内に充満していくことがしばしばありえる。こうした時に不用意に扉を開けると、新鮮な空気が火災室に入り込み、
火種が着火源となり今まで燃えなかった可燃性ガスが爆燃する。
これがバックドラフトである。気密性が高く、可燃物も多い冷蔵倉庫のような建物で発生しやすく、過去において炎が扉から噴出し消防士が殉職した火災事例もある。最近の建物も気密性が高くなり、バックドラフトが発生しやすくなっている。
「マンションから敵接近。マンション最上階の時空の亀裂から侵入してきます。
時雨のレーダーに脅威度の順番に敵が表示される。
「柳楽。十三階だ」
高浜は指示を出した。
「了解」
柳楽は答えた。高浜達が青い光に包まれて消えて十三階の共用通路に姿を現した。
四足歩行の岩石生命体が何体も壁や天井を這い回っている。岩石の外骨格に覆われ、両目は不気味に赤く輝き、口から炎を吐いた。
柳楽は片腕の掌底を向けた。
すると重い岩がのしかかられたようにぺしゃんこに押しつぶされコアもガラスが割れる音がして生命体は粉々になった。
上の階から茶碗を二つ伏せて合わせたような物体が多数やってくる。大きさは五十センチでパックマンのように口を開けると牙がビッシリ生えている。
柴田の両手と両足にどこからともなく水が集まりそれがプロテクターのようにまとわりつく。彼女は駆け出し、空手チョップ。
近づいてきた岩パックマンは真っ二つに割れた。続いてパンチと蹴りによって真っ二つに割られ、砕け散った。
柳楽と時雨は片腕をバルカン砲に変えた。青い光線が連射されて接近してきた岩パックマンの群れを撃墜した。
五十里は持っていた斧で岩パックマンを叩き割っていく。
下司は持っていた銃で撃墜する。ただの銃ではなく魔物用に改造された銃だ。
高浜は日本刀を抜いて駆け抜ける。居合い切りによりそこのいた数十個の岩パックマンは両断された。
柴田が振り向くと残骸が転がっていた。
階段を上がると煙が充満している。
通路の奥からくだんの四足歩行生命体の群れがやってくる。
「炎を吐かせるな」
高浜は身構えた。
「了解」
柴田は右腕の掌底を向けた。どこからともなく水が集まりだしそれが激流のように放射された。煙もろとも生命体も水の球に閉じ込められた。
もがくくだんの生命体。
時雨と柳楽は片腕のバルカン砲で撃つ。
コアを破壊されて倒れる生命体。
最上階に上がると炎がすでにいくつかの部屋から噴き出しているが真ん中の部屋だけ炎も煙も出てない。
「時空の亀裂があるね」
時雨は声を低める。
「それを発生させている機械を壊すしかないね」
柴田は口をはさむ。
直感である。侵入してきたなら空間を安定させるために簡易的な機械を置くだろうと。
五十里の目に火災原因は炎の出ている部屋のコードが赤く輝き、時空の亀裂があると思われる部屋は七色に見えている。
「柴田は部屋の消火だ。時雨、柳楽。その発生源を止めろ。俺達は敵の始末だ」
身構える高浜。
部屋から出てくる二足歩行の岩石生命体。鎧状の岩に覆われ両目は赤色に輝く。彼らのそばにはたくさんの岩パックマンがいる。
岩パックマンが飛びかかった。
下司は正確に銃で撃ち落とし、五十里は斧で叩き割り、高浜はつかみかかってきた生命体を巴投げした。
柴田は水をまとった拳で別の生命体を殴り倒して走った。彼女は割れた窓から噴き出す炎に近づく。いきなり二体の岩パックマンが右腕に噛みついた。しかし牙が貫通せずに驚く岩パックマン。
「残念ね」
柴田は千切れた袖を取った。彼女の右腕は肩口から手先までサイバネティックスーツに覆われ篭手は紫色だった。右腕から金属のウロコが生えて鎧の篭手とプロテクターに変形した。その鉤爪で引っかいた。岩パックマンは真っ二つに割れた。
メキメキ・・・
先端が砲身に変形した。砲口から水が勢いよく噴き出し、部屋の中を渦巻き、水に押されて火が消えていく。
彼女は隣りの部屋に行くと燃え盛る炎に向かって砲口を向ける。水がどことなく集まりだし激流となって激しい燃え盛る炎が消えて水が部屋を満たす。
ギシギシ・・!!
「ぐっ!!」
鋭い痛みに腕を押さえる柴田。
左手も鉄の鉤爪に変わっている。使えば使うほどに右腕に移植された腕のケーブルや配管が自分の体を侵食していくのを感じた。
でもまだ鎮火していない。
精神を右腕に振り向ける柴田。
鉄の鉤爪に変わった左腕は元の腕に戻る。
柴田は向かい部屋の猛火やその隣りの部屋の炎を消していく。
真ん中の部屋から閃光とともに大量の煙が噴き出して柳楽と時雨が出てきた。
「時空の亀裂は閉じました」
「鎮火完了」
高浜が周囲を見回す。
ホッとする柴田。せつな右腕からケーブルや機械部品が飛び出し、何かが這い回るように盛り上がり歪み、鋭い痛みによろける。
時雨が近づいて手首からケーブルを出すと自分の機械の腕に接続した。すると激しく歪んでいた腕が元のサイバネティックスーツの腕に戻り、飛び出ていた機械部品やケーブルは内部に納まっていく。
「いつでも呼んでください。調整します」
時雨はそっと抱き寄せる。
顔を赤らめる柴田。
しかし金属生命体の時雨は体温がない。冷たさがそのまま伝わるがそれは気にもしていない。自分の右腕も体温がない。
咳払いする高浜。
「他の部屋の火災原因は過剰電流による漏電だ。奴らのせいでもあるね」
部屋から出てくる五十里。手には焼ききれたコードやケーブルを握っている。
「時空監視所へ行って報告書だ」
高浜は言った。
その頃、木更津港
マリーナで何隻かの小型船が停泊している。マリーナから離れた埠頭に大型貨物船がいたが誰も気にしていない。
「本当に違法な釣り船が来るのか?」
小型船の船橋に二つの光が灯る。
「他の港に移動したかもよ」
プレジャーボードがわりこむ。
「飛鳥丸のあの子達の話では三隻いるという話よ」
「港から港へ移動しているって。頭がいいわね」
二隻の小型船から女性の声がわりこむ。
「住吉丸の話だと法則があってここだって」
くだんの小型船がため息をつく。
「三神、朝倉、三島、大浦。相手にバレる。該当船が来る」
埠頭にいた貨物船が無線で注意する。
「沢本隊長。三隻来ます」
三神が小声で指摘する。
漁港に入港する三隻の釣り船。しかし甲板にはたくさんの乗客が乗っていた。あきらかに定員オーバーである。
釣り人をたくさん乗せた釣り船は岸壁に接岸して乗客達が降りていく。
「本当に満員だな」
つぶやく三神。
自分達は内偵調査で漁船に変装している。 「証拠は撮った。行くぞ」
沢本は合図した。
三神達は偽装装置のスイッチを押して解除した。元の巡視船姿に戻った。巡視船「こうや」「あそ」「つるぎ」「かいもん」である。
「海上保安庁である。そこの釣り船。定員オーバーだ。営業許可を取ってないだろ」
三神は声を荒げた。
岸壁にいた乗客達がどよめいた。
船長が出てきた。
「営業許可なら取りました」
ヒゲを生やした船長が許可証を見せた。
「中国人でしょ。不正登録だし、あの店も名貸しね」
大浦が指摘した。
「そこの釣り船はミュータントなのは知っているし、隠してもミュータント同士はわかっている」
朝倉が船体から二対の鎖を出して釣り船のアンテナをもぎ取った。
三隻の釣り船の船橋に二つの光が灯り、エンジン全開で逃げ出した。
「逃がさないわ」
三島は呪文を唱えた。力ある言葉に応えて釣り船のスクリューや船体に海藻が巻きついてスピードがガクッと落ちた。
近づく巡視船「やしま」沢本である。
もがく三隻の釣り船。
「じゃあそこの木更津保安署に来てじっくり話してもらう」
沢本は言った。
その頃。新木場支部。
携帯のニュースを見ている少年。
僕は葛城翔太。都内の通信制の高校に通っている。高校に通うかたわらネットニュースをチェックしている。
「お父さん。クララが死んだのは本当?」
翔太はタブレットPCを出してネットニュース動画を見せた。
自分の父親はTフォース長官である。
「・・・ニュースが入ってきました。ロイヤルコンチネンタルホテルの一室で殺人事件がありました。殺害されたのはクララ・スコルツアさん。クロエ・スコルツアさん。マクギー・シュルツエフさんです。外部から侵入した跡はなく・・・」
黙ってしまう父親の博。
「ニュースではやらなかったけど時空の円環がなくなったんでしょ?」
核心にせまる翔太。
時空の円環が敵に渡れば地球は滅亡を迎えてしまうし、ジョコンダや米軍に渡ってしまっても世界の危機になってしまう。
「羽生さんたちが捜査しているが行方がわかっていない」
困った顔をする博。
「僕も捜索を手伝いたい」
ひらめく翔太。
「それは警察の仕事だ」
言い聞かせる博。
「わかった」
翔太はうなづくと部屋を出て行く。官舎の隣りは格納庫である。庫内に全長一メートルの模型漁船がいた。第五福竜丸である。彼女はマシンミュータントで夢の島の展示館に勤務している。勤務が終わればここに帰ってくるのである。五十年前に大きな事件に巻き込まれて夢の島に大きく損傷して捨てられた彼女は蘇生した。蘇生したのはいいが高次脳機能障害と放射能病は治らなかった。電子脳も大きく損傷して何度も修理しても五十年前の記憶は蘇らず、地図や航路が記憶できず覚えられない障害と邪神ハンターとして強力な魔術が使えないという障害に苦しみ、それかつ生活介助人が必要という障害者だった。
放射能病で元のミュータントに戻れない障害もあり戻れない時は魔術で小さくなって電動台車に載って生活している。
「翔太。クララが死んだのは知っている。彼女が持っていた時空の円環がなくなっているんでしょ」
第五福竜丸が話を切り出す。
うなづく翔太。
「探しに行かない?」
ひらめく第五福竜丸。
「どうやって?」
翔太が聞いた。
「引きこもり保安官は音が拾えるし、稲垣という大学生は無線機で傍受できる」
「じゃあ横浜保安署に行こう」
目を輝かせる翔太。
「オルビス。横浜保安署に連れてって」
第五福竜丸は声をかけた。
「いいよ」
オルビスはうなづいた。
三十分後。横浜防災基地。
岸壁の隅で一人の海上保安官がしゃがんで地面に耳を傾けている。
「いたいた。貝原さん」
稲垣、椎野、翔太は呼んだ。
「また音を聴いているのね」
福竜丸はつぶやいた。
「模型漁船だ」
貝原は顔を上げた。
「模型漁船じゃないもん」
福竜丸は不満げに言う。
「貝原さん。米軍の無線を傍受した?」
翔太は単刀直入に聞いた。
「今の所、飛び交っているのは演習の通信や業務連絡の通信だけだ」
貝原が答えた。
「宇宙からの音は?」
稲垣と椎野が声をそろえる。
「ないよ」
しゃらっと答える貝原。
「そこで何をしているの?」
不意に声をかけられ振り向く翔太達。
近づいてくる五人の海上保安官。
「三神さん」
目を輝かせる翔太。
「ねえ、ニュースを見た?時空の円環の持ち主であるクララが誰かに殺害された。時空の円環が行方不明なの」
福竜丸がわりこんだ。
「え?」
翔太はタブレットPCを出してクララの死亡記事を出した。
「ロマノフの宝事件のクララが殺害されたのか」
三神は身を乗り出す。
尖閣、先島諸島の戦いの一年前に東日本大震災が発生した。翔太とクララは林間学校で自由時間で仙台市に遊びに行って巻き込まれた。大津波が発生して建設中のビルに逃げ込んだのを自分と朝倉が助けたのである。
「マクギーはロシアではトップクラスの邪神ハンターだ。それを殺害するのは時空侵略者かプロの暗殺者だ」
沢本が口をはさむ。
「普通は殺せないわ」
三島が首を振る。
「こういった一流ホテルには独自の結界装置があるわけだからそれをかいくぐって攻撃は二流にはできないわ」
大浦が指摘する。
「やったのは時空侵略者だな」
朝倉がわりこむ。
「勝手に決めるな。あとは警察の仕事だ」
注意する沢本。
「時空の円環を探すのを手伝って」
福竜丸は子供のようにせがんだ。
「どうやって探すんだよ」
イライラをぶつける貝原。
「音を拾ってよ」
福竜丸は二つの光を吊り上げた。
「あっち行けよ」
マストをつかむ貝原。
威嚇音を出す福竜丸。
翔太は死者の羅針盤を出して日本地図を出した。針はクルクル回りやがて都内をさす。彼は都内の地図を出して死者の羅針盤を近づけると皇居をさした。
「・・・まさかね」
翔太はつぶやいた。
「ここにいたのか」
唐突に割り込んでくる中年の保安官。
「更科教官」
振り向く沢本達。
「もうすぐ筑紫宮智仁様がここに視察に来るらしい。翔太君と一緒にいるメンバーに会いたいらしい」
困った顔をする更科教官。
「誰?」
三神が聞いた。
「筑紫宮智仁親王。皇位継承第五位だ」
朝倉が答える。
「もしかして本物?」
椎野と稲垣がわりこむ。
「本当ですか?」
困惑する翔太。
天皇家は皇太子さまや秋篠宮さまや悠仁様がいて常陸宮さまは皇位第四位である。もちろん第五位の智仁親王には哲仁親王という弟がいる。もちろん公務をこなしながら学校にも行っているし時々TVニュースで見る。
しばらくすると黒塗りの公用車が岸壁に入ってきた。
運転手が降りて助手席のドアを開けた。
十五歳位の少年が出てきた。
「筑紫宮智仁です。君が葛城翔太なんだね。僕はクララからこれを預かった」
智仁は首にかけていたペンダントを見せた。
「それは時空の円環だ」
三神達は驚きの声を上げた。
一時間後。二階の会議室
「・・・君はクララと文通友達だったんだ」
翔太は驚きの声を上げた。
「学習院のパーティで知り合って文通していた。もちろん皇位継承第五位である事はもう話してあったんだ」
智仁は戸惑いながら手紙を見せた。
「ロシア語の翻訳は誰が?」
大浦が聞いた。
「私です」
執事の黒沢が名乗り出る。
「この手紙からすると狙われている事を知っていた感じね」
三島が指摘する。
「レナ議員やタリク議員、トリップ議員と違って政府高官じゃないからSPはつかなかったのかもね」
翔太が推測する。
レナ議員はロシアの名の知れた政治家でクレオパトラの首飾りという時空遺物を所有している。タリクはモンゴルの政治家でチンギス・ハーンの腕輪の所有者でトリップ議員はイタリアの政治家でアリストテレスの指輪の所有者である。もう一人、ジュリアス・シーザーの杖の持ち主がいたがロマノフの宝事件で殺害されて自分はクララや三神達と出会った。
「クララからこれをもらった」
智仁は箱から銀色の六角形のルービックキューブを出した。表面には幾何学的模様と文字がびっしり描かれている。
オルビスがルービックキューブの文字を見つめる。
「これはカメレオンが使う文字だよ。地球には存在しない文字で人間達には発音不能だ」
オルビスは顔を上げた。
「何が書いてある?」
翔太が聞いた。
「神には計画があり、これを組み替えて扉は開かれる」
オルビスは文字を読んだ。
「それって時空の扉か揺らぎかなんかが開く鍵なのか」
三神がわりこむ。
「ミサイル接近」
オルビスは会議室の窓から身を乗り出し両腕を砲身に変えて青い光球を十二時の方向に発射した。光球は途中で無数の光弾を放出して四機のミサイルが空中で爆発した。
閃光と爆発にどよめく観光客達。
「腰が抜けた・・・」
稲垣は声を震わせる。
「ミサイルはどこから?」
三神が身を乗り出す。
「犬吠崎沖二十キロからだよ」
オルビスは円盤状の投影装置を出すと東京湾近海の地図を出した。
「米軍じゃないのか?」
割り込む沢本。
「ここの付近に米軍のイージス艦がいてそこから勝手に発射されたみたい」
オルビスは首をかしげる。
「勝手に発射とは指揮系統はどうなってるんだ」
あきれる更科。
「在日米軍横須賀基地がすごい騒ぎになっているようですね」
アマチュア無線機を操作する稲垣。
「電波が行き交っている。米軍のものではない信号が南シナ海や北京から出ている」
耳を澄ます貝原。
「信号?」
聞き返す三神達。
「サイバー攻撃だよ」
貝原が答える。
「そういえば中国にはサイバー部隊がいましたね」
あっと思い出す稲垣。
「海南島はカメレオンの巣がある。南シナ海にたぶんカメレオンの総司令部がある」
三神は南シナ海の地図を出した。
「今すぐ俺達だって潰しに行きたい。総司令部にいたるには他の基地や司令部があって補給基地があり情報収集艦がいる。作戦指令書だってあるはずだ。どういう様子になっているのかがわからなければ攻撃は無理だ」
沢本は首を振った。
「確かにそうだよね」
うなづく翔太。
「やる事は山積みだな」
朝倉がつぶやく。
翔太は振り向きざまに時空武器をボウガンに変形させて矢を射った。
天井にいた陽炎に五本の光る矢が刺さった。
くぐくもった声を上げて三人の男が落ちてきた。矢は頭に命中している。
「中国人?姿を消せる能力のミュータントが忍び込んでいたのか」
のぞきこむ更科。
「こいつ、首筋にタトゥがある」
三神は死んだ男のマスクを取った。キツネ目といい首筋の幾何学模様といいカメレオンだろう。
「君は皇居に帰った方がいいよ」
翔太は促がす。
「これを渡すよ」
うなづく智仁。
ルービックキューブと時空の円環を差し出した。せつな映像が飛び出した。
映像には青い海やどこかのリゾート地が映し出される。
「どこ?」
身を乗り出す智仁達。
青い海のリゾート地はどう見ても南の島がある場所だろう。ハワイやタヒチ、パラオといった場所が有名だ。そこの海が赤色に染まって魚やサンゴ礁が死ぬという場面になり、赤い光の柱が現われるという映像になった。
「大丈夫だよ。そうはならない」
つぶやく翔太と智仁。
「え?」
顔を見合わせる翔太と智仁。
「また時空の亀裂を感じる。でもどこだかわからない」
つぶやく福竜丸。
「時空の扉が開くのか?海域が特定できないと警告できない」
沢本がうーんとうなる。
映像がフッと消えた。
「なんだろう?なんかすごい悲しい気持ち」
「異変なんだろうけど泣いている?」
困惑する翔太と智仁。
「亀裂や穴を塞ぎにいかないといけないけどどこだかわからない」
福竜丸が口をはさむ。
「黒沢さん。皇居に送ります」
沢本が言う。
「沢本隊長。博多港で油漏れです。回収を手伝ってほしいとの連絡要請が福岡保安署から入りました」
会議室に入ってくる保安官。
「福岡保安署が?あそこにも油回収船があるだろう」
沢本が振り向く。
「赤い油がどこからともなく漂着しているのでそれを調べてほしいそうです」
その保安官は答えた。
「私が皇居に送るから行ってこい」
更科は言った。
その頃。横浜中消防局。
車庫の裏にある訓練場でロープ結びをしている柴田。彼女の前には訓練用のロープがいくつもの結び目を作っていた。救助やいろいろな場面で結び方もちがう。
「いろいろな結び方があるね」
ふいに声をかけられ柴田は顔を上げる。
そこに弟の祐樹がいた。
「そうよ。出動していざっというときにロープはいろいろ必要なの」
柴田は笑みを浮かべた。
「・・・隊長。どう思われます?」
それを二階の窓からのぞく高浜。
部下の消防士二人も困惑した顔で見下ろす。
柴田はロープを結ぶ訓練をしている。それは普通の光景だが誰かに話しかけているようだがそこにはハシゴがあるだけ。誰もいない。
「祐樹って誰ですか?この間も繁華街を歩いていたのですが誰かと手をつないでいるみたいなんですが誰もいないです。お母さんとか友達とか呼びかけていました」
二人目の消防士が怪しむ。
「鈴木、田中。祐樹は彼女の弟だ。三年前の時空の亀裂事件で母親も弟も死んでいるし、友達も巻き込まれて死んでいる」
高浜はため息をついた。
「幽霊が見えるのですか?」
鈴木と呼ばれた消防士がたずねた。
「複雑だね。彼女はあの事件に巻き込まれ片腕を失い、同僚の消防士も多数死んだ。負傷者も野次馬も多数死んだのを目の前で見ている。PTSDだね」
高浜は難しい顔をする。
「あの八王子の魔物事件の被害者ですね」
田中が口をはさむ。
記録によれば三年前の高尾山のふもとの道路で多重事故が発生。通報で最寄の消防署と出張所から消防士やレスキュー隊、救急隊が駆けつけた。彼女もその中にいた。救助作業中に時空の亀裂が出現。巨大ムカデと大蛇が出現してそこにいた消防士から負傷者、野次馬を食べたのだ。彼女の同僚は右半分をムカデに食べられ、彼女は片腕を失った。
「統合失調症とはちがう。彼女は終末の音が聞こえ、地球滅亡や核戦争で人々が死ぬ幻覚が見える。そして時空の異変を感知できて水を芸術的に操れる」
「任務遂行もスクワッドに入れるのは無理だと思います」
「PTSDを治さないと無理では?」
「治療は開始しているが・・・」
「火災調査団スクワッドへ。時空の亀裂と火災の通報あり。場所は大黒埠頭倉庫」
場内アナウンスが入った。
「話は後だ。行ってくる」
高浜は駆け出した。
大黒埠頭倉庫に青い光とともに姿を現すスクワッドメンバーの六人。
現場にはすでに数十台の消防車が到着して消火作業に入っていた。海から海上保安庁の消化船が二隻駆けつけ放水している。
「あんな青色の炎は見た事がない」
高浜と五十里が声をそろえる。
「火山地帯で硫黄分が多いとそうなるけど火山性のもはない」
柳楽が匂いをかいだ。
時雨と柳楽、柴田は片腕をバルカン砲に変形させる。
倉庫のドアが開いて飛び出す鋼鉄の牛。全長は十メートル。高さ四メートルの鋼鉄で体を覆われた雄牛だ。
「アイアンバッファーローだ」
下司はライフル銃を構えた。もちろん魔物専用だ。
召喚されなければやってこない魔物だ。時空の亀裂を出現させた敵は高レベルの召喚士にちがいない。
消防士達がどよめいた。
柳楽は背中から四対の金属の触手を出した。彼の両腕から稲妻をともなった黒色の球体がいくつも飛び出す。
鋼鉄の雄牛は吼えると走り出す。
逃げ出す消防士達。
突進する雄牛
柳楽は身構えると雄牛の立派な角をつかんで受け止め踏ん張った。せつな、雄牛にいくつもの黒色の球体がまとわりついて動きが鈍くなる。
「悪い子だね」
柳楽の拳にまわりに黒色の球体がまとわりついてその拳で雄牛の頭部を殴った。
地響きとともに雄牛は地面にめりこんだ。地面が柳楽の周囲だけ陥没した。ピクリとも動かなくなる雄牛。
「あの炎の内部にある時空の亀裂を塞ぐぞ」
高浜と五十里は酸素マスクをかぶった。
倉庫の出入口に近づくと赤色の光の球が見えた。その周囲にはスーパーコンピュータが並んでいる。
制御腕輪を取る柴田。
制御腕輪は最初に火災調査団が発足して時空監視所でもらった。時空監視所はお台場にありきっかけはサブ・サンの侵入と尖閣諸島の戦いである。
倉庫に燃え移っていた青色の炎が一ヶ所に集まりだした。青色から火災現場で見るような炎の色に変わり、馬の形になった。
「ブッシュファイアだ」
五十里がつぶやいた。
これも召喚されないとやってこない魔物だ。
柴田の左腕も鉄の鉤爪に変わりどこからともなく水が集まりマフラーのようにまとわりつく。
炎の馬が突進した。
柴田は水をまとった拳で炎の馬の顔を殴り延髄切り。炎の馬がよろける。
時雨と柳楽は時空の亀裂に近づく。
そこから飛び出てくる火トカゲの群れ。
時雨と柳楽はバルカン砲を連射。飛びかかってきた群れを撃ち落す。
炎の馬が火の粉をまきちらしながら走り回り口から火を吹いた。
五十里、高浜、下司は飛び退いた。
柴田の飛び蹴り。
壁に激突する炎の馬。すると火がスーパーコンピュータに燃え移った。
柴田は右腕を放水銃に変えて水を発射して消した。
炎の馬が左腕に噛みついた。
柴田は焼きゴテで押さえつけられるような痛みに顔をしかめる。左腕の袖が破れたが左腕もサイバネティックスーツに変わり、右腕同様に金属のウロコが生えてプロテクターのように覆った。
時雨と柳楽はスーパーコンピュータを次々撃っていく。火花が散りショートして時空の亀裂が揺らいだ。
炎の馬が吼えて柴田の右腕に噛みついた。
柴田はその頭を殴った。
よろける炎の馬。
柴田は水を外套のように全身にまとうと動いた。速射パンチを炎の馬の体に打ち込み、鋭い蹴りを首に入れた。彼女は両方の掌底から水の球が形成されて炎の馬をその中に閉じ込める。炎の馬は暴れもがいたが水球の中で爆発した。
時空の亀裂が信号のように点滅して消えていくと倉庫内部に燃え移っていた炎も消えていった。
ギシギシ・・!!
柴田は右腕を押さえた。
・・・幻といるのはやめろ・・・
どこからか声が聞こえたが無視する柴田。彼女は腕輪をつけた。すると激痛が治まる。
「柴田。署へ戻っていい」
高浜は声をかける。
「平気です!!」
柴田はキッとにらんだ。
黙ってしまう高浜。
柴田は何が燃えてたのか散らかっている物を他の消防士と一緒に調べ始めた。
しばらくすると小型のドラム缶を残骸から見つけて蓋を開けた。せつな、なんともいえない音が聞こえた。
消防士達がどよめいた。
その音はテスラコイルの音に似ている。
「お姉ちゃん。これから行く任務には気をつけた方がいいよ」
不意に声をかけられ顔を上げる柴田。
「祐樹。ありがとう」
柴田はうなづくとドラム缶をのぞく。そこには頭蓋骨があった。その骨の頭には角が生えあごには牙が生えており、赤い液体の中に沈んでいる。
柴田の脳裏に溺れていくという映像が入って来て巨大ムカデと大蛇に襲われる映像になった。その二匹が襲っているのはワイキキビーチのような美しい海岸だ。その逃げ回っている人々の中に弟の祐樹や母親、友人達が食べられている。
「大変。助けないと!!」
顔を上げる柴田。
いきなり腕をつかまれて振り向く柴田。
そこに時雨と高浜がいる。
「どこへ行く?」
冷静な高浜。
「海岸で魔物が襲撃しています。出動しないといけない」
柴田は腕を振り払った。
「そんなものは入電していない」
はっきり答える時雨。
「え?」
「そんな通報はどこの消防署も入っていないし、時空監視所からもない」
高浜は答える。
「だってリアルに聞こえました」
目が泳ぐ柴田。
「原因はこれらしいけどこの赤い液体は血のりでも血液でもなさそうよ」
下司はドラム缶をのぞいた。
五十里は思わず目をつむった。
「何か見えたんですか?」
柳楽がわりこむ。
「黒色で真っ暗。地獄を連想させる」
頭を抱える五十里。彼は外へ出て行ってしまう。
「この頭蓋骨はエイリアンの物ですね」
時雨は赤い液体に沈む頭蓋骨を取り出した。
同じ頃。博多湾。
テレポートしてくる六隻の巡視船。
巡視船「やしま」「あそ」「こうや」「かいもん」「つるぎ」「いなさ」である。
油を回収する一〇隻もの回収船。そのうちの一隻はミュータントである。船名は「清龍丸」である。
清龍丸は国土交通省の所有の船で普段は名古屋港にいる。そこで海底を深くするためにしゅんせつ装置で掘っているが要請があると油を回収する装置で回収するのである。
「夜庭」
三神は声をかけた。
「みんな来たんだ」
夜庭と呼ばれた清龍丸は声を弾ませ接近した。彼もミュータントである。
「油はどこから?」
沢本が聞いた
「壱岐島に国籍不明の木造船が三隻流れ着いた。その船は秋山さん達が回収に行ってる」
夜庭は答えた。
「北朝鮮じゃないのか?あそこは脱北者が多い」
朝倉が口をはさむ。
「ハングル文字じゃないそうよ」
報告書を送信する大浦。
接近してくる「あきつしま」「りゅうきゅう」「きそ」の三隻。
他の巡視船もやってくるが普通の船で木造船を曳航して保安署へ向かう。
「秋山、辰野、佐村。どこのメーカーの油かわかったのか?」
沢本が聞いた。
「それがさっぱり。どこのメーカーに聞いてもそんな赤い油は扱ってないって」
秋山が答えた。
「おかしい事ばかりよ」
辰野がわりこむ。
「カメレオンの巣になっていた掘削基地は日本が取り壊したし油井も塞いだ」
佐村がわりこんだ。
「クレヨンみたいな匂いがする」
朝倉は赤い油まみれの浮標を二対の鉤爪で持ち上げた。彼は船体から四対目の鉤爪を出して赤い油を触った。触ってもクレヨンのような匂いは変わらない。
三神と貝原は赤い油だまりに近づいた。
唐突に浮標が破裂して中味が飛び散る。赤い油が回収装置のすき間から漏れて三神が変身する「こうや」の周囲にも浮いている。
「何やっているんだよ」
文句を言う貝原。
「俺はのぞいただけ」
食ってかかる朝倉。
「クレヨン臭い」
三島と大浦がわざと言う。
「これだろ」
朝倉はわざと浮標を二人に近づける。
「ちょっと臭いでしょ」
船橋の窓の二つの光を吊り上げる三島と大浦。
「信号が強くなった」
貝原は周囲を見回した。
三神の脳裏にある映像が入ってくる。それはたくさんの火の玉と光の球といったオープと白化したさんご礁である。そして海底に沈むというような感覚とどこか暗いトンネルに閉じ込められるといった映像になった。でも懐かしくて寂しい。でも助けてという声が聞こえる。
「どうした?」
朝倉は油を海水で洗い落とした。
船体を向ける沢本。
「俺は助けに行かなければいけない」
三神は強い口調で言う。
「し・・・信号が強すぎる」
貝原は思わず声を上げる。
三神の脳裏に座礁する船舶の映像や溺れる人達の映像が入ってきて思わず耳をふさぐしぐさをする。
「信号が強い」
貝原は頭を抱えながらクルクル周囲を走り出す。
「どこかで救難信号が出ている」
三神は赤い油から出た。
とっさに沢本は「こうや」の船体をつかみ上げた。
「放せ!俺は行く」
二対の鉤爪をばたつかせる三神。
「どこへ?場所は?」
沢本が聞いた。
「・・・どこだっけ?」
ハタッと暴れるのをやめる三神。
「信号がやんだ」
立ち止まる貝原。
「救助要請は入ってないぞ」
秋山がわりこむ。
沢本は三神を降ろした。
「どこからか助けてという声が聞こえた」
困惑する三神。
「どこからその信号が来ているのかわからなければ助けにはいけない」
沢本は言った。
同時刻。横浜防災基地。
ロビーに入ってくる四人の男女。
「羽生さん」
翔太があっと声を上げた。
振り向く執事の黒沢と智仁
「筑紫宮智仁さまですね」
羽生が声をかけた。
「はい。僕ですが」
智仁はうなづく。
「警視庁の羽生です」
「同じく田代です」
警察手帳を見せる羽生と田代。
「魔術師協会のエリックです」
「同じく和泉です」
ハンター許可証を出すエリックと田代。
「智仁さま。この方とどういう関係ですか」
羽生はクララの写真を出した。
「学習院のパーティで出会って文通やメールをしていました。時々、遊びに来たから都内を案内しました」
思い出しながら答える智仁。
「それは私も同行しました」
黒沢が名乗り出る。
「ニュースで殺されたのは見たよ。それにクララはこれを郵送したんだ」
智仁は時空の円環とルービックキューブを見せた。
「これは・・・行方不明だった時空の円環じゃない」
目を丸くする和泉。
「これは見た事がない。この文字は?」
エリックがわりこむ。
「カメレオンが使う文字だよ。これを手に入れたハンターは命がけでカメレオンの巣穴か基地から奪ったんだと思います」
オルビスは推測する。
「そうするとこれは危険ね」
和泉は危惧する。
「どこかで誰かが助けを求めているから僕は助けに行く」
「僕はそこに行く」
翔太と智仁は声をそろえる。
「え?」
翔太と智仁は顔を見合わせ困惑する。
「そこにいたのか?」
「え?」
翔太達は振り向いた。
四人の男女の自衛官が近づいてくる。
「佐久間さん」
翔太が声を上げる。
佐久間、間村、室戸、霧島がロビーに入ってくる。
「横須賀基地に来てくれる?重要な話があるし、火災調査団のメンバーも博多湾に行った三神達も呼んだ。その少年にも話がある」
間村は手招きした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます