決戦大原

1159年 12月 28日 朝 大原の里


 「どうする?」<宗衡むねひら>が尋ねた。平家の馬自慢の手練の武者が三騎、里に入ってしまった。三騎は各々、ものすごく距離をとり、こちらを睨めつけている。いや、睨んでいるかどうかまでは、わからない。直矢の届かぬ距離をを取っているのだ。

 大原の里の口を押さえられたことは存分に理解しているようだ。一騎は、北の方に兜はかぶらず、垂れ烏帽子えぼしをかぶり右手には弓を持っている。

 もう一騎は里の奥の奥まで入り込んでしまった。寂光院の近くまで入り込み里の者の屋敷に馬体を半分隠し、こちらを伺っている。小さな前立ての兜をかぶっている。

 最後の一騎は、里の南の方。惟喬親王墓の近く、里長のおおきな屋敷の低いへいふちを行ったり来たりしている。鎧の大袖を付けていない。片手に手綱、脇には薙刀を構えている。

「相談してる間はないな、いかなる手段を用いいても、討ち取らないと済まないぞ」と義平。  

「里のものがもう起きてくるぞ」と<牛担ぎうしかつぎ>が言うと。

「寝ずに我等の戦いぶりを雨戸の隙きから楽しんで覗いているさ」と義平。

「我等の最後をな、<宗衡>さっきの無様な様を取り返せ、我に防ぎ矢をしばしの間、放て」そう言うや、義平は、北の方にいる垂れ烏帽子の騎馬に向かい走り出した。得物は、石切と呼ばれる大刀だけだ。あの垂れ烏帽子の武者まで何町ある?三町ほどか、あぜを走るべきか、刈られた田を走るべきか考えている暇もなかった。飛んでくる矢が、それこそやじりが見える。二町。何歩かかるんだ、あそこまでに、、、。

 垂れ烏帽子の武者が馬上から矢を放ってくる。恐ろしいばかりのつがえ矢の速度だ。一呼吸の間に何矢放っているんだ?。義平の足元にぱすぱす矢が刺さる。大袖にも刺さる。

「<宗衡>放たんか!」義平の大音声。<鯱屠り>も義平に続き駆けてゆく。

「若殿、我もいざ付き従わん」<樫の木>も我慢できず、走り出した。

 <宗衡>、<牛担ぎ>が漸く、防ぎ矢を放ちだした。垂れ烏帽子の騎馬の周りに矢が刺さりだした。垂れ烏帽子の馬にも何本か矢が刺さり馬が立ち上がった。

 しめた。

 垂れ烏帽子のつがえ矢の調子が狂った。

「<鯱屠りしゃちほふり>左だ」

「おう」

 垂れ烏帽子が馬を収めている間に一気間を詰めると、源氏の殿軍二人は騎馬武者の両側から切りかかった。切りかかったのは、義平だけで、<鯱屠り>は銛で馬の腹を思いっきりついた。

 馬はさらに跳ね立ち上がり、垂れ烏帽子の武者を後ろにふり落とした。そのせいで義平の太刀を受けずに済んだが、義平はすかさず、一切振りかぶらず打ち込んだままの石切の返す刀で垂れ烏帽子の顎元に切っ先を宛て首を飛ばした。胴より大量の血が吹き出るのと同時に首は瓢箪崩山ひょうたんくずれやまに向かい岩でも放り投げたように飛んだ。

 それを見ていた、里長の屋敷の屏で半馬程度馬体をいだして南の端に控えていた、大袖なしの薙刀の騎馬武者が

「それっ」と声を上げるや、

 襲歩しゅうほで義平と<鯱屠り>の方へ駆出した。

 薙刀は廻いが広い。

「防ぎ矢だ、防ぎ矢」義平が狂ったように叫ぶ。

 しかし、防ぎ矢は飛んでこない。

「いやぁぁぁぁ」大袖なしが、薙刀を大きく振りかぶり振り込んでくる。薙刀は両手で扱うもの、重い。片手で手綱を操り片手であの大きな薙刀を操るものすごい膂力である。

 廻いでは負けない<鯱屠り>が銛で受けるが、騎馬の勢が付いているぶん、受けるのが背いっぱいで後ろに弾き飛ばされてしまった。

 義平は武者のすねでも斬りつけるつもりだったが、態勢がととのわず、中途半歩な打ち込みになり、相手の草刷くさずりかすめた程度で終わった。

 <樫の木かしのき>は抜刀したもののこの大袖なしの平家武者に近づくことすら出来ない。大袖なしの騎馬武者は義平らを簡単にさばき一帯を駆けに抜けると、とある里の者の屋敷で馬首を返した。

 こいつが一番手練てだれなのかもしれない。こいつを二番目に残したのは大きな誤りだったかもしれない。しかしこの平家の郎党たちも三騎離れたままだったの大間違いだったかもしれない。一騎づつなら五人で囲めるかもしれない。

 大袖なしの騎馬武者が里の者の屋敷の先で名乗りを上げた

くされ源氏の下郎ども、われこそは、播州ばんしゅう国人こくじん兵馬司へいばつかさ赤羽二郎正国あかばじろうまさくに

 聞いたことすらない役職に名だ。しかも我等と同じ次男坊とは泣けてくる。結局、嫡男は後ろで控え次男や三男が真っ先に殺し合ってるのだ。殿軍しんがりの源氏五人衆は名乗る名前すら持っていない。名乗るとしたら義平だろうが、義平はこのもっとも武家らしい儀式が大嫌いときている。

「名乗る名もなしか、下郎共、ここが貴様らの死に場所と覚えろあの川が貴様らの三途の川ぞ」

 この武将、口も相当悪い。

 しかし、戦いは思わぬことで終わった。

「ぐえっ」と今まで聞いたこともない苦しげな声を赤羽二郎正国が上げると突然馬上から落ちた。

 五人とも何が起こったのか最初一切分からなかったが、すぐに分かった。

 赤羽二郎正国の真後ろには、血まみれのすきを持ったながれが立っていた。

 流が鋤で鎧の背板ごと女がてらに思いっきり打ち付けたらしいかった。流が叫んだ。 

「御武家はみんな敵だ、平家も源氏もない、みんな死ね!」

 義平が言った。

「気をつけねば、我等もあの鍬で打ち付けられるぞ」

「若殿、あそこにまだ、一騎残っておりまする」<樫の木>が里の奥を指差し促した。

 小さな前立ての兜の武将は突っ込む機会を完全に失ったようだ。

 さきほどより、距離をとり、嫌がる馬を無理やり小さな歩幅ながらどうにか後退させている。

「五人対一人だ、なぶり殺しにしますか」と<鯱屠り>

 小さな前たての武将は表情こそわからぬが途方にくれているようだ。

 義平が大声を出して小さな前たての武者に問いかけた。

「そこもとぉ、もう決着はつき申した。手向かいいたさぬのなら、命だけはお助けしよう」

「若殿」<樫の木>が義平を諌め、

「おい、義平」<宗衡>がにじり寄った。

「あいつは我等と同じじゃないか、捨て駒の先駆け。その早駆けで先陣を駆けた誉れ高き武者ぞ、大原の里のものがどうするのかは知らぬがな、もう大岩様が街道を塞いでおる、いらぬ恨みをかう必要などない」

 一同なんとか納得したようだ。

 義平が尋ねた。

「名は何と申される?」 

 小さな前たての武者は心が揺れているようで、返事がない。まだ馬を一歩一歩後退させている。しかし、さがったとて逃げられる場所はない。この若狭街道の奥には駆けていった義朝の郎党が居るばかりである。

 そうこうしているうちに、日が高く登りだし、里のものが屋敷からぽつぽつ出てきだした。

「それがしは、源義朝が長子、源義平と申す、悪源太と申したほうがとおりはよいか?離れておっては話すのも難儀じゃ、まず名乗られよ」

 小さな前たての武者はまだ逡巡しているようである。なにせ、悪源太と申せば我が叔父を大蔵合戦で相当な卑怯な方法で討ち取ったと聞いている。信じてよいのか、、。

 小さな前たての武者は長い間、唇を咬んでいたが、とうとう観念したようである。

「それがしは、難波三郎経房なんばさぶろうつねふさと申すもの」

「難波三郎経房、馬上で名乗るとは、無礼であろう!」<樫の木>が咎める。

「そう言うな、戰場での命のやりとりの際ぞ、礼儀などないわ」と義平。

 、難波三郎経房は、馬を数歩進め、下馬した。難波経房はまさに文字通り兜を脱ぐと、

「この、難波三郎経房、源義平殿に降り申す。このとおり」

 というや、腰の大刀と脇差し、弓を差し出した。

 <樫の木>が得物全部をうやうやしく受け取った。

「悪いが馬もいただく、駆け戻って清盛公に知らされてはたまらぬのでな、あと寒いかも知れぬがその鎧もいただく」

「具足は?」

「それは構わぬ、好きにされよ」

 誇り高き、意志の強そうな武者が直垂一枚で血まみれの甲冑をつける義平を見つめていた。

「清盛公はどこまで迫っておられる?」

 難波三郎経房はしぶり応えない。

くだったのであろう、応えぬか」<鯱屠り>が怒声を上げる。

「まぁ、よい。誇り高きお方なのであろう、その高き誇りゆえいつかは苦労なさいまするぞ」

 難波三郎経房は、応えようとしたが、相当悔しげな表情を浮かべ、うつむき押し黙った。

 義平が周りに聞こえるかどうかの小さな声で囁いた。

「逃げられよ、大原の里のものがどうするかまではこの義平存ぜぬゆえ」

 もう一度、難波三郎経房は義平を憎々しげに睨みつけたが、どんどん増える大原の里の衆の数を見るや、瓢箪崩山ひょうたんくずれやまでなく、具足に直垂一枚で叡山えいざんの方にあっという間に駆出した。

「本当にこれで良いので」<樫の木>が尋ねる。

「明日は我が身だ」と義平。

「さ、この穏やかな里を我等のような不浄なものが長居して侵しておるとあの流とか申す小娘に鍬で背を割られるぞ、急ぎ父上のおられる堅田まで早駆けじゃ、いざ」

 義朝が郎党五人衆は、惟喬親王墓まで行き、馬にまたがると堅田かただ目指して駆けた。

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