戦の前

1159年 12月 27日 朝、大内裏


 天気はは悪い、26日から曇りちらちら雪が降り27日になって地面一面には雪が白く薄く膜をはったように残ってる。凍えるような寒さだ。

 大内裏おおだいりに義朝一党は集合していた。義朝よしとも内裏だいり藤原信頼ふじわらのぶよりに会いに行ったきり戻ってこない。

 二条天皇、後白河上皇逃亡の噂は瞬く間に都全体に広まり、その日暮らしの雑兵はたった2日の間に大方が逃げた、逆に利害が完全に一致する一党の精鋭が残ったと言っても良い。

 噂では二条は平家一党の六波羅屋敷へ後白河上皇は京の北西に位置する仁和寺に向かったという話である。信頼一派追討の宣旨がもう出たとか、出ていないとか、そんなところまで噂は広まり進んでいた。藤原信頼一派は帝を奉じていたもののたった二週間たらずで追討の宣旨を受ける賊軍になったわけである。

 26日の軍議の後、義朝一党は、戦支度を済ませると、翌27日早朝から一斉に大内裏に向かった。帝の坐す内裏を囲むように大内裏が存在する。平城のようになっているわけでもなく浅い膝下程度の溝のような堀に人の背丈ほどの塀があるだけである、東西南北各所に門がある。南北にそれぞれ、三門ずつ、東西には四門ずつ問がある。帝の威厳だけで、持っているような場所だ。

 ここを天皇もいないのに、守ろうというのだから、義平からすると笑いを通り越してあきれの境地である。

 源師仲みなもとのもろなかの郎党たちは、二条天皇が忘れていった三種の神器のうちの八咫鏡やたのかがみをみなで回し持ち、戯れている。

 師仲自身が内裏に入り込み、探し出したという話である。

 景澄かげすみは玉砂利を掬っては、じゃらじゃらと落とし、掬っては落としを繰り返している、大戦おおいくさが始まるというのに、それほど緊張している様子はない。

 義平は、いつもは自分で要らない装備を省いた超軽量の大鎧を着用するのだが、今日は、かなり重武装である。八竜の大鎧に兜、いつもは外している大袖もつけている、そして腰には石切の大刀を穿き箙には錣に矢がたんまり入っている矢籠。そして葦毛の愛馬"瑞雲"には疲れさせてはいけないので、乗っていない。馬は騎馬武者にとって己の足と同じである。鞍さえ外してやりたいぐらいである。

 義平は、頼朝を探す。簡単に見つかる。恐らくこの大内裏にあつまった武者の中で一番幼く、小さい。ちょっとした荒武者に組み押しかかられたらひとたまりもないだろう。

 義平はかける言葉が見つからない。周りの空気を読み気丈に振舞っているのが、逆に哀れである。しかも新調したらしい鎧だけは全く汚れておらず立派そのものなのが、逆に辛い。兜が深く眉庇が目にかかり前が見づらそうな頼朝に

「まるで、歩く、鎧じゃな」と義平がたまらず、冗談交じりに声を掛けた、

「これは、兄上、お戯れを、この頼朝、これでも奸臣信西しんぜい討ち果たしし折に初陣はすませておりまする」

 そのときも、形だけ、参陣し父義朝のそばにいただけであることは想像に難くない。義平は、頼朝の少し大きすぎる兜を少し直してやった。

「父上の近くを離れるぬように」

「はっ、心得ましてございまする」

 頼朝は義朝の屋敷からこの大内裏に来るまで、一党とともに乗馬してきたわけだが、馬に乗るのすら、危なっかしい。

 命だけでもどうにか助けられれば、いいがと思うが、戦だけはなにがどうなるか義平にも一切わからない、ここで、逃すという手もあるなと思ったが嫡男が逃げたとあっては総大将の義朝の立場もないだろう。

 くつわを持ち直した、景澄かげすみが声をかけた。

「なぁ、内裏だいりってもっとすごいところかと思ってたけど、案外そうでもないな」

「そうだな、でも聞くところによると、最近に立て直したって話だぞ」

「それでこれか、あっちの漆喰がはがれたまんまなんだよ、おまえがさぁ三河あたりでしーふぁんとかいう人の建てた、あぼーきゅうとかいうところはなししてただろう」

「始皇帝の阿房宮だ」、

「もっと豪勢なのかと思っていたよ、だって、天子様が御座するところだろ」

「ああそうだ、ここが日ノ本の中心だ、あっ違った、今は六波羅か」

 景澄はもう一つピンと来ていないようだ。義平が諭すように言った。

「みんなが途中でいろいろピンはねしてるからな、」

「そうなのか」

「そうだろう、、本当ならこの本朝全て全部おまえの言うところの天子様のものだぞ」

「それを俺も思っていたんだよ」

「とりわけ、最近は侍とかいう一番物騒な連中が一番ピンはねしてるからな」

「そうなのか」 

「野良仕事半分できっちり耕している、半農半豪の地侍もいるが、おれや親父殿なんか、鋤や鍬なんか生まれてから一度ももったこともないぞ、稲の一本も育てていない、それが弓と刀だけ振り回してるだけで食えてるんだから、一番"たち"が悪いじゃないか」

 荘園での辛い百姓仕事を思い出したのか、景澄は黙りこんだ。

「逃げるなら今のうちだぞ」

「えっ」

「今なら、まだ間に合うぞ、近江へ帰れ、朝餉もすました後だろう、たった一日の距離じゃないか」

「俺がそんな臆病だと思っているのか、一応、おまえの轡持ちだぞ」

「臆病とかそういう問題じゃなくて、戦だけはどうにもならないから、守ってやれぬということだ」

「俺がおまえを守るんだ」

「騎馬に追いつける人はいないよ、いるとしたら、為朝ためともの叔父上ぐらいだな」

「そうだな」

 二人は、また黙りこんでしまった。

「なぁ、怒らないか」景澄が義平に向き直り口を開いた、いつになくなにやら真剣な面持ちだ。

「なんで、おれが怒るんだ」義平があごひもを解き兜を脱いだ、鍬形を取ろうかなと思う。

「おまえ、偉い人にしか、文句言うわないもんな」

「俺より、恵まれてて偉い奴はみんな基本敵だし嫌いだな」と義平。

「なんとなく、わかるよ、それ。それより、橋本に行って、母上に会ったのか」

 今度は義平が沈み込み黙りこんだ。

「会ってないだろう、会いに来たんじゃなかったのか」

 まだ義平黙り込んでいる。

「何回か、行こうかと思ったけどな、行けなかったよ、悪源太としたことが大したことないな」

 今度は景澄が黙りこんだ。

「訊いて悪かったな、すまん」

「いいよ事実だ、会いに行けばよかったって、今になって思うよ。探し当てられなくとも、行って探すべきだったと。親父殿には京に来てから割りと思いの丈ぶつけられたけど、母には会わず終いというか、鎌倉にいた時のまんまだ、今になってというか、こんななってめちゃめちゃ後悔してる。やっぱり俺は義賢よしかたの叔父上にも言ったけど遊び女の息子、卑怯未練の塊なんだな」

「そんなことないぞ、下の方の侍になればなるほど、みんな義朝の大殿様よりお前のほうが、棟梁に向いているって言ってるぞ」

「俺は遊び女の子だからな、好かれるのは下のものだけなんだろう。だけど、そんなことあまり口にするなよ、義平に謀反の噂ありの一言で、これだ」 

 義平、首に手刀を軽く当てる。

「噂をすれば、なんとやら、親父殿だ」

 義朝が、承明門しょうめいもん建礼門けんれいもんをくぐり、出てきた。鎧姿に兜は被っておらず烏帽子をかぶっている。

 義朝の足取りは荒い。

 

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