父義朝と武家の国

 1159年 12月 9日 京 義朝屋敷


「嫌われたぞ」

 藤原信頼ふじわらのぶよりが完全に広間を辞去するのを待って義朝よしともが声を掛けた。

 義平は、まだ声も出せない。

「我等もこれにて、後は、お武家殿でご随意に」と、信頼一派の公家の集団はそう言うと、これまた、あっという間に下がっていった。

「相変わらず、無茶をするのう、おまえは。大阿呆おおあほうじゃ」義朝は、そう言うと、信頼用に敷いてあった畳を中央に自分で敷き直すや、その上にどかっと座った。

 源義朝みなもとのよしとも、河内源氏の頭領にしてすべての源氏を束ねる頭領である、この男も相当な押し出しと迫力である。すると途端、左右の配下の列に座っていた義朝の乳母子鎌田政清めのとごかまたまさきよが左右から抜き出て、上座と左右の家臣の中間ぐらいの微妙な位置に斜めに座る。

「まず、これを片づけよ、酒が不味まずうなるわ」と義朝、信西しんぜいの砂まみれの首を指す。

 下男が飛んできて首を片付けると。

「この大阿呆が、信頼殿のご子息にはのう、清盛きよもりの娘が室として入っとるんじゃ、何も知らんと噛みつきよってから」

 義平の表情が少し戻ってきた。

「おう、義平と坂東より上ったきた連中にも杯を、。酒をついでやってくれ。坂東よりの諸将、大儀じゃ。それから酌をする女も呼べ、もう皆見知った中じゃろうて、そのほうが、遅れてきのではないことは、わしがようわかっとるわ、期日より早う着いとることもな。清盛が熊野へ行きよったからちと早う仕掛けた」

 坂東武者の連中は、自棄酒やけざけとばかりに大きく杯をあおったが、義平は、大きくはあおらなかった。

「皆の者、改めて紹介いたす、我が長男、源義平じゃ」

 義平、無言で左右に一度づつ一礼する。

「こやつが我が弟を斬った。それも己が手でじゃ」左右一同、どっと受ける。感嘆とも称賛とも取れる笑いである。武勇は武者のほまれであることに間違いはない。

 義朝の乳母子の鎌田政清も声をかける。

「武者ぶりをあげたんじゃないか、この悪源太」義朝は、義平のことを決して悪源太と呼ばないが、この鎌田政清は平気で悪源太と呼ぶ。

「ありがたき、幸せ」と小さい声で義平、そして座り直すと。

「父上、申し上げたき儀、多数御座いまする」

「なんなりと申せ」

「はっ、大庭兄弟の件ですが、」

「聞いておる。ちゃんと文も読んでおるから心配いたすな、あいつらは、元から腹に一物持っとったんじゃ、かねがね、命じてもぐずぐず言うとった。それにお前を試したのかもしれんな」

「大庭殿は、大庭殿で尋ねらるるば、違う意見をお持ちでしょうが、どちらを信用なさるかは、父上に一任いたしまする」

「おう、心配するな、お前を信用する、それより、東海道の様子は如何だった?」

 お武家は戦をするのが生業なりわいである、軍事情報はしっかり伝えなければ、ならない。

「はっ、我等が一党に与力するものは、三河あたりまででございまする、尾張よりは、怖うて陣から離れてねむること叶いませぬ」

「そうか、が、保元ほうげんの折には、尾張、近江の者も与力したぞ」

「それは、伊勢平氏の清盛公と共闘なさったからでしょう」

「うむ」義朝も少し、苦しい。

「まずは、我等、河内源氏のみならず、その他の各地の二十一源氏一党で固まることこそ肝要かんようかと」

 言い切ってしまい、義平すこし、しまったという顔。

「うむ」

 悪源太とか呼ばれている義平であるが、その場その場で全力で物事に取り組んでいるだけである。それが、この男を悪源太と呼ばせている所以なのかもしれない、ついでに悪とつけられてはいるが、当時としては、"悪い"という意味では決して無く、すごいとか、桁外れのぐらいの意味である。

 しかし、言わねばならぬことは、言わねばならない。これが、お武家の道である。

「それより、申し上げたき儀ですが」

「お前でも、口籠くちごもるのか?今度は、わしに噛みつくか」どっとまたも場が受ける。

「ずかっと申し上げまするが、、」

 ちらっと義平が、後ろの三浦義明や、千葉氏、波多野氏、上総広常かずさひろつねのほうを見る。

「どうか、これ以降、一切、都や朝廷とは縁をお切り下さりませ、これは、我が一人の申し出にあらず、坂東武士全員、東国に居りまする武士から武家ではなき領民すべての申し出にて、この場にて言上たてまつり申し上げまする」

 義平は、そう言うや、両手を床つき頭を深々と下げた。すると東国の武士団が全員頭を深々揃え一礼した。

 場は、恐ろしいほど完全に沈黙した。

 義朝は黙っている、頭を下げたままの義平には表情が読めない。

 義平は、床についた手をずりずりと大刀"石切り"のほうに、にじり寄せた。

 何一つ、音がなかった。

「何を待っとるんじゃ」

 義朝がようやく、声を発した。

「お前は、ほんに大阿呆じゃのう、そんなことが出来ると思うとるのか?」

 がばっと、なにかから開放されたように義平が頭を上げた。

「出来まする」

「だからお前は、阿呆じゃというておる」

「阿呆で結構、阿呆ですから出来まする、奥州藤原氏をご覧下さりませ」

「あれは、最果さいはての地ぞ、これからの地なんじゃ、それゆえ自立しておる。遠すぎて放って置かれておるともいえるが」

「では、我等も、お武家の国をどうか、東国八州とうごくはっしゅう建立こんりゅうするのです。お公家や、みかどの誰かと組しておる限りは、永遠にこの者どもの争いに巻き込まれ争いは絶えませぬ。父上もご存知でしょう」

「では、尋ねる、そのほうが、義賢よしかたを討ち取った後、誰がそれを修繕し始末たのじゃ、わしじゃ!、わしが、都でいろいろ手を回したからこそ、報復の連鎖が切れとるんじゃ」

「違いまする、都でごちゃごちゃあたっからこの義平が大藏で叔父上を斬って修繕し始末たので御座いまする、義賢殿が先ほどの信頼殿の衆道しゅうどうの相手であったことはことは父上もご存知でしょう。義賢殿は信頼殿に早い話、捨てられたのでございまする」

「それみるがよい、我が弟とて、都と縁が切れると、きっちり滅ぼされとるじゃないか」

「それ故、縁を切るのでございまする!!」

「その方も気付いておるんだろう、いや、後ろの坂東衆も気付いておるに違いない、これは、牛車ぎゅうしゃの両輪なのじゃ、鎌倉の留守居るすいを守るその方らと都で出張るこの義朝と」

「後ろの坂東衆や、いや、国元の領民が父上や、政清の叔父上のことをなんと呼んでおるかご存じですか?」

「おまえのような阿呆に言われんでも知っとる!わ」

「義明殿のような上から恵みをもらうおこもの下々に至るまで"都武士みやこぶし"と呼んで馬鹿にしておりまするぞ」

「よう知っとるわ、だがその"都武士"によってお前らは守られとるんじゃ」

「どうか、どうか、御武家の国を、誰にも頼らぬ、国を、それしか、ございませぬ、この義平、伏して、伏して、お願い申し上げたてまつりまする」

「それに、もう信西を討ち取り帝も上皇も閉じ込めておる、走りだしてしもうたんじゃ、もう遅い」

「走りだしたのなら、止まれまする、そして望めば違う方向にも走り出せまする」

 重い沈黙が流れた、これは、この場にいる河内源氏だけの問題ではないのだ。摂津源氏。

その他の武士がみな、朝廷に使われ、領国での経営の二重生活を強いられているのだ。

「おまえ、さっき、わしを斬るつもりであったろう」

「・・・・・・」無言の義平。

 それを聞くや義朝の用心棒でもある乳母子の政清が片膝をついて立ち上がった。

「床についた手が刀に向かっとたわ。なにか合図を待っとっただろ。合図がなかったのが、証拠ぞ、だれも国元で自立できるとは、思うておらん」

 義平、本日二敗目。

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