都編

義平と右衛門督

1159年 12月 9日 京 義朝屋敷


 翌日、義平は隊列をきちっ整え、源氏の白旗を堂々と掲げ入京した。都の義朝屋敷へ一路向かった。京の義朝屋敷は六条堀川小路ろくじょうほりかわこうじにある。清盛の六波羅の屋敷も六条にあるが鴨川の東岸にある、お互い鴨川を挟み左京の数辻を挟んで屋敷を建てていたことになる。

 義平は、これまた、時期悪く丁度、除目じょもくの真っ最中に屋敷へついたことになった。除目じょもくとは簡単にいえば論功行賞のことである。

 大概、こういったものは、一番えらい人物のところでところに家臣がぬかずいて、行われるものであるが、今回は、源義朝がこの事件の主客、権中納言ごんちゅうなごんにして、中宮大夫ちゅうぐうだゆう、そして右衛門督うえもんのかみである藤原信頼ふじわらののぶよりを酒宴にと招いたところそのまま除目じょもくになってしまったのである。

 藤原信頼は、馬に乗れるのか心配なぐらいの肥満で、それが逆に周りに威圧を与える押し出しにもなっている、この肥満のことから当時からすでに唐で乱を起こした安禄山あんろくざんに例えられたりもしている。

 この除目じょもくで義朝は、ただの左馬頭ひだりのうまのかみだったのが、播磨国を領地とし播磨守はりまのかみとなり、保元の乱以降、平清盛と官位でかなり差をつけられていたのが、大きく近づき官位でも双肩する位置までのし上がってきたことになる。義朝の子、頼朝は右兵衛権佐うひょうのすけに、この三条殿襲撃事件に付き従った源頼範みなもとのよりのり摂津守せっつのかみに、源兼経みなもとのかねつね左衛門尉さえもんのじょう足立四郎遠元あだちしろうとおもと右馬允うまのじゅうに、義朝が誰よりも信頼する自身の乳母子めのとご鎌田次郎政清かまたじろうまさきよ兵衛尉ひょうえふになり、政家と改名したが、本書では、これ以降も鎌田政清とする。

  

 義平が引き連れた、坂東武者一行は、義朝の京屋敷に着くと、主だった将だけ義平が率いてそのまま大広間にとおされた。無論、くつわ持ちに過ぎない景澄かげすみは、この広間には通されていない。

 百人は入れるかというような大広間で此度の襲撃事件に参加した、公家、主だった武者が全員そろっていた。

 上座には、二人。左側に畳一枚敷き差をつけ、右衛門督うえもんのかみである藤原信頼が座し、隣には、畳なしで源義朝が着座していた。左右には、信頼に与力した公家から、在京の武者が左右にざっと揃っている。武士の左右の一番は伏見を治め伏見源中納言ふしみのげんちゅうなごんと呼ばれる源師仲みなもとのもろなか摂津源氏せっつげんじ出雲守源光保いずものかみみなもとのみつやす。など錚々そうそうたる武者が並ぶ。

 河内源氏の武者はある程度、上洛したことのない義平でも顔や名前が一致するが、河内源氏の範疇をこえ摂津源氏となると概ね知らぬものばかりである。

 酒の匂いがぷんぷんし、つい最前まで殺し合いをしてきた男たちの殺気を緩和しているものの、座は恐ろしいばかりのはりつめた気で満ちている。

 さすがの、義平も手綱を締めてかかる、しかし、堂々と上座に向い真ん中に歩を進めると最前列の真ん前にざっと大刀を置くや、座し両手をついた。義平に従って上洛した坂東武者達一行が同じ姿勢になるのを待つと、しっかとした大音声で挨拶を申し述べた。

「これに侍りまする、それがしは、播磨守はりまのかみ、源義朝が長子、源義平と申しまする。その源義平めが権中納言ごんちゅうなごんにして、中宮大夫ちゅうぐうだゆう、そして右衛門督うえもんのかみであらせられまする藤原信頼ふじわらののぶより様に拝謁いたしまする、常世とこよつる東国より坂東武者150騎を引き連れ馳せ参じ、只今、着陣いたしましてございまする。此度の奸臣かんしん藤原信西ふじわらのしんぜいを討ち取りましたる、誠にもって祝着至極しゅうちゃくしごく。並びに、恐悦至極きょうえつしごくにてございまする」

 そして、座したまま頭を更に下げ、一礼する。引き連れてきた坂東武者たち一行も引き続き、揃って頭を下げる。

「そのほうが、悪源太か」

 信頼の挨拶はこう始まった。頬を歪め、顔斜めにして義平を覗き込む。

「はっ、ちまたではそう呼ばれておりまする」

為朝ためともほど、大きゅうないではないか」

「はっ、それも、よう言われまする」

「わしが、信頼のぶよりじゃ、悪源太にしては、ちと遅かったのではないか、うん?」

 調子を合わせたように、左右の公家、武者がどっと笑う。

「もう事は、済んだ」

「はっ」義平は、頭を下げたまま。

「欲しい国をいうてみよ、思いのままぞ」

「はっ、この義平、国など要りませぬ」

「ならば、官位か」

「はっ、官位はもう悪源太というものを貰うておりまする」

 これは、万座すべて、受けた。今度は、本気の嘲笑ちょうしょうの笑いが大きく左右から広間中に響く。信頼まで笑っている。

「ほう、変わっておるな、、え、義朝」と言い、藤原信頼は隣に座する義朝を見る。

「ほとほと、困った息子でございまする」

「母親似か?ん?」藤原信頼は、そう訊き頬を歪めニヤリとする。全部知ってるのか、たまたまなのか、わからないのが逆に怖い。

 義平は、返事をしなかった。そのことが、場の笑いにつながらなかった。ここにいる全員が知っているのである。

「悪源太よ、上洛の折には、信西しんぜいに会いたいと申しておったそうじゃな、ん?」

「はっ」今度は、返事をする。

「尋ねたき儀、誠に多く、、」そこまでいったところで信頼がうっとおしそうに手を振り遮った。

「会わせてやろう」

 信頼が、片手に酒の拝を持ったまま、もう一方の手で何かを呼び寄せる仕草をすると、なにかが義平の前にごろごろと転がってきた。やや赤く黒く砂まみれの塊が。


 信西の首である。


 入京そうそう眼前に首である。

「首には訊けぬな」笑う信頼。

「さすがの悪源太も口が利けぬと見える」と言うやいなや、信頼は大きく笑い出した。合わせたような左右の大笑い。

「そこにおる、光保みつやすが土中より掘り出して首をはねた、あまり詳しく聴かぬほうがいいぞ、あまりにもむごいゆえの」

 義平も、源光保みなもとのみつやす光宗みつむね親子の名前だけは、知っている。摂津源氏の流れをくむものだ。ちらっと言われた方向を見ると光保は酔いが回っているのか、目が座ったまま赤い顔をしてにやにやしている。この男なら、それぐらいのことをしでかしそうである。

「京は怖い所ぞ、うん?、昨日まで日ノ本を取り仕切っておったものが今日には、これじゃ」信頼は手を首にちょんちょんと当てる。

「今のうちに官位を貰っておいたほうが身のためかもしれんぞ、うん?。わしはな、帝も上皇も手に入れた、国、官位並びに宣旨せんじ、全て意のままじゃ。ぎゃははははははは」

 信頼は狂ったように笑い出した。

 まるで、董卓とうたくじゃないか、、。義平は、思った、そして、更に思った、この男は本当に狂っているのかもしれないと。

 義平は、もう一度、頭を下げると大音声で言い出した。義平の頭は信西の首に当たらんばかりである。

「恐れながら申し上げまする。それでは、平清盛公を討つ宣旨せんじをこの義平にお与えくださりませ、清盛公は現在、わずかな供回りのみで熊野詣でに、い出ており平家の軍勢と切り離されておると聞き及んでおりまする。この好機を逃しては、後に我等の後顧の憂いになることは必定、五十騎いや、たとえ十騎でもかまいませぬ、どうか、」

 そこまで義平がいった時に信頼がまたうっとしいそうにさえぎった。

「ならぬ」否定は早かった。

「遅参したが故、手柄が欲しいか、悪源太、うん?」

「ちがいまする」こちらの否定も早かった。目の前に首を置かれては早くなるのかも知れない。

「この義平のように、官位、宣旨では、まつろわぬ者、それこそ、都を離れれば離れる程、いまだ多くおりまする。どうか、清盛公追討の宣旨をこの義平にお与えになれば、、右衛門督うえもんのかみ様の天下もそれこそ、末永く、、」

「義平!」義朝が見兼ねて、義平をいなした。

「その方、今、わしにまつろわぬと申したな、そして、更にこのわしに意見するつもりか、」

 信頼が身を乗り出してきたと思ったら、

「昨夜より、張り付いておったのじゃ、流石に疲れた、わしはさがる。」と信頼は言い、上座から義平の真横をとおり下がろうとした。そのとき、

しばらく」

 義平は、中腰になり両手で藤原信頼の袖を掴んだ。藤原信頼の顔が変わった。

「貴様っ!、なにか勘違いをしておるのではないか、官位も何も持たぬくそ田舎侍がしかも事の大事に遅参いたし、このような、大刀を穿いたままわしに拝謁はいえつ出来るだけでも、ありがたいと思わねばならぬものを、袖を掴むとは、なにごとじゃまるで身分をわきまえぬ遊び女じゃな、」信頼が腕をはらうと、義平は、自身の自慢の膂力りょりょくにも関わらず、信頼の袖を離してしまった。袖を離れた手はたまたま、実の叔父義賢よしかたを切り捨てた大刀"石切いしきり"の上に落ちた。

 藤原信頼はその義平の手を大刀ごと足で踏みつけた。そして顔を近づけると

「ゲスな女陰ほとの臭いじゃ、くさいくさい遊び女の匂いがするぞ」そういうと、

「ぎゃはははは、、」と大音声で笑い声を挙げ、大広間を下がっていった。

 義平、完敗である。

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