名探偵シンカイと邪悪な森の魔女


 昔々あるところ、深い森の奥に邪悪な魔女が住んでおりました。


 邪悪な魔女は魔女であったので、邪悪な魔術を使うことができました。


 ある時、町の恋する愛らしい町娘が深い森の奥、邪悪な魔女の元を訪れました。


 恋する愛らしい町娘は恋する愛らしい町娘なのでとある殿方に恋をしていましたから、邪悪な魔女な邪悪な魔術で惚れ薬を作ってもらい、それでとある殿方のハートを射止めてやろうという算段だったのです。


 邪悪な魔女は恋する愛らしい町娘に言いました。


 魔術というのは素敵に便利な万能の力ではなく、厳密な契約によって執行されるリスクを伴うものです。あなたはとても愛らしいので、惚れ薬のちからになど頼らなくても、とある殿方のハートを射止めることができると思うので、自分で頑張ってみてはどうか。


 恋する愛らしい町娘は愛らしくもとても利発な娘でしたから、邪悪な魔女は邪悪なので困っている人を無償で助けてあげる程度の親切心も持ち合わせていないことが分かりましたから、機転をきかせて邪悪な魔女の喉に果物ナイフを突きつけながら言いました。


 黙れ。四の五の言わずに惚れ薬を寄越しやがれ。


 邪悪な魔女は大きなため息をひとつついて、首を振って言いました。


 魔術はなんの対価も支払うことなく執行できるものではありません。惚れ薬を調合するにには、この綺麗な綺麗な大粒で桜色の真珠の魔力を使わなくてはなりません。真珠の対価として金貨三枚を頂ければ調合致しましょう。


 邪悪な魔女はとても邪悪ですから、なお無償で親切をすることを拒みましたが、恋する愛らしい町娘は愛らしくもとても利発な娘なので、機転をきかせてこう言いました。


 あい分かった。しかし、騙されて偽薬を掴まされたのでは堪らない。貰った惚れ薬がちゃんと機能して首尾よくいけば、その後で対価を支払おう。


 もちろん、恋する愛らしい町娘はとても利発な娘ですから、対価など踏み倒すに決まっています。邪悪な魔女はとても邪悪なので、邪悪な魔女に対価を支払うということは邪悪に加担するのと同じことです。利発で善良な恋する愛らしい町娘が邪悪な魔女に対価を支払うなど、とうていできることではありません。


 こうして、利発な恋する愛らしい町娘は、機転をきかせて邪悪な魔女から惚れ薬を巻き上げることに成功し、その惚れ薬の力で見事とある殿方のハートを射止めました。


 時折、森の邪悪な魔女が対価を要求しにやってきましたが、そのたびに恋する愛らしい町娘は持ち前の利発さで機転をきかせて、邪悪な魔女を森の奥に追い返していました。


 そうして、とある殿方と幸せに暮らしていた恋する愛らしい町娘のところに、ある日、悪魔がやってきたのです。


 魔術は厳密な契約と対価によって運用されている。対価の踏み倒しを認めれば魔術の仕組みそのものが崩壊してしまう。お前が得た利益の対価、利息をつけて貰い受けるぞ。


 いかに恋する愛らしい町娘が利発であろうとも悪魔の力には勝てません。


 恋する愛らしい町娘は、邪悪な魔女の邪悪な謀で、悪魔にその愛らしさを対価として奪われ醜く老いさらばえ、とある殿方にも捨てられて、永劫に荒野を彷徨う運命となってしまいました。


 邪悪な魔女はとても邪悪なので、それを見てまた深く溜め息をついて首を振り、悲しいような困っているような顔でフフッと笑いました。


 そのようなとても邪悪な魔女が深い森の奥を歩いていますと、ひとりの素敵な殿方が行き倒れているのを見つけました。


 邪悪な魔女はなにか邪悪な企みでもあったのでしょう。その素敵な殿方を介抱し、回復するまで家で休ませてやりました。


 邪悪な魔女の治療を受けてすっかり回復した素敵な殿方は、深い森を立ち去る前に邪悪な魔女に言いました。


 美しい人、助けてくれてどうもありがとう。このお礼はいつか必ずしましょう。


 邪悪な魔女は素敵な殿方に言いました。


 いいえ、わたしは魔術を使わずに、普通の治療を施しただけのことですから対価は必要でありません。これはただの親切です。


 しかし、素敵な殿方はたいへんに素敵だったので、数日後にお礼としてとてもとても大きな青いダイヤモンドを持って邪悪な魔女の元を再び訪れました。


 邪悪な魔女は素敵な殿方に言いました。


 こんなとてもとても大きな青いダイヤモンド、一体どうなさったのですか?


 素敵な殿方は邪悪な魔女に言いました。


 気にすることはない。実はわたしはこの国の王子なのだ。王子の命を助けてくれたあなたには、国の宝でもって報いるべきだろう。あなたのような美しい人にこそ、このとてもとても大きな青いダイヤモンドはふさわしい。


 邪悪な魔女はとても邪悪なので、ではそういうことならば、と遠慮もなくとてもとても大きな青いダイヤモンドを受け取りました。


 しかし、実は素敵な王子はとてもとても大きな青いダイヤモンドを恐ろしい国王に断りなく勝手に持ち出していたので、そのことで恐ろしい国王の怒りを買い、ギロチンで首を落とされてしまいました。


 一方、とてもとても大きな青いダイヤモンドを手に入れた邪悪な魔女は、とてもとても大きな青いダイヤモンドの無尽蔵とも思えるほどの潤沢な魔力を使い、望みのものを全て手に入れ、深い森の奥に建てた大きなお屋敷で、自分好みのイケメン執事を何人もはべらせて末永く幸せに暮らしました。



めでたしめでたし。




 と、ここでようやく登場するのが我らの主人公、名探偵シンカイです。


 名探偵シンカイは邪悪な魔女を指差して高らかに言いました。


 そうは問屋が卸すものか!邪悪な魔女は罰を受けなければならない!


 邪悪な魔女は困惑した顔で名探偵シンカイに言いました。


 そう言われても、わたしは罰を受けなければならないような悪いことはなにもしていません。


 名探偵シンカイはとても頭が良いので、邪悪な魔女の言い訳になど惑わされません。


 邪悪な魔女のせいで素敵な王子が死んだではないか!


 邪悪な魔女は言いました。


 素敵な王子を殺したのは恐ろしい国王ではありませんか。それに、とてもとても大きな青いダイヤモンドを恐ろしい国王に断りなく持ち出したのは素敵な王子の咎であって、わたしは関係ありません。


 素敵な王子から貰ったとてもとても大きな青いダイヤモンドを悪用しただろう!とてもとても大きな青いダイヤモンドを悪用するのは悪いことだ!


 わたしはお礼にと頂いたとてもとても大きな青いダイヤモンドを対価に、その魔力で魔術を執行しただけです。対価を支払って魔術を執行するのは悪いことではありません。


 そのとてもとても大きな青いダイヤモンドは恐ろしい国王のものだ!


 わたしが素敵な王子から命のお礼にと頂いたものです。恐ろしい国王に断りなく持ち出したものだとは知りませんでした。


 とてもとても大きな青いダイヤモンドを手に入れるために邪悪な魔女が素敵な王子に取り入ったに決まっている!


 森で行き倒れているのを見つけた時点では、わたしは彼がこの国の素敵な王子であることも知りませんでした。どうして素敵な王子がお礼にととてもとても大きな青いダイヤモンドを恐ろしい国王のところから持ち出してくることなど予測できましょう。


 邪悪な魔女は邪悪だ!恋する愛らしい町娘も邪悪な魔女に愛らしさを奪われ醜く老いさらばえ荒野を彷徨う羽目になったのだ!


 彼女から愛らしさを奪ったのは悪魔であってわたしではありませんし、悪魔が彼女から愛らしさを奪ったのは彼女が魔術の対価を踏み倒したからです。彼女は魔術の対価を踏み倒したので、魔術の運用の監視役である悪魔にその対価を利息を含めて取り立てられたのです。


 邪悪な魔女はそれを見て笑っただろう!


 ことがあそこまで至ってしまえば、一介の無力な魔女に、笑う以外に一体なにができましょう。


 認めたぞ!やっぱり笑ったんじゃないか!人の不幸がそんなに嬉しいかこの邪悪な魔女め!


 名探偵シンカイの喝破に聴衆の拍手が沸き起こります。


 殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!


 こうして、名探偵シンカイの活躍で邪悪な魔女はギロチンで首を落とされ、世界からまたひとつ邪悪が消え去ったのでした。



 めでたしめでたし。

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