ハートレス・インハピネス

人生

プロローグ

 朝からパーリー




 朝起きて、自分の息が臭いと感じた時――ふと、隣に女の子が眠っているところを想像した。

 一夜限りの相手とか、恋人、あるいは奥さん。誰でもいいけど。

 おはようのキスなんかして、相手に顔をしかめられたらどうしよう。

 まあそれ以前に、何か致したあと体も洗わずそのまま眠ることが耐えられないというか、そもそもそんな相手はいないのだけれど。


 自分の顔立ちは「中の上」くらいだと自負している。だからそのぶん、こうした些細なことが大きな幻滅に繋がるのではないかと思う。

 なんでも許されるのはきっと「上」以上のイケメンだけだ。


 親知らずの虫歯と、昨夜ちゃんと歯磨きしなかったことが原因なのだろうけど――他にも、日常の何気ない「自分でも嫌だと思うところ」が気になって、家族以外の誰かと同棲なんて自分には出来ないのではないかと、最近ふとした拍子に考える。

 相手に良く見せようと見栄を張ったり癖を隠したりして、心が窮屈な日々を送るんじゃないだろうか。


 交際もそうだが、結婚なんて難しい。

 日々弟妹の面倒を見ているから育児や家事はまだしも――


 愛があれば乗り越えられるのだろうか、なんて。



「……寝起き早々、何を考えてんだか……」



 それも誕生日の朝から、生きてる価値とか、将来の展望みたいなものを考えて落ち込んでいる。

 これまでの人生で最悪のスタートなんじゃないだろうか。


 しかし無理もないか。


 その前日――



   死んでくれ



 ――と、知らない大人に頭を下げられたのだから。


 相手はもちろんこちらの誕生日を知った上で、別れ際には「おめでとう」と言ってくれはしたものの、祝われたというより呪われた気分だ。


 ともあれ、いつまでも落ち込んでいたって仕方ない。



 ――今日から新学期、新学年……高校三年生だ。



 ベッドから身を起こし、手早く制服に着替える。

 部屋を出たら洗面所で顔を洗い、入念に歯を磨こう――


「お?」


 狭いマンションのリビングで、普段は自分が起こしている弟と妹が待っていた。珍しく早起きしているものだなと感心していたら、二人は後ろ手に隠し持っていた何かを前に突き出して――



「誕生日おめでとう!」「……おめでとー」



 クラッカーが炸裂し、俺は呆気にとられて開きかけた口をそのままに表情が固まってしまった。

 そうしている間にも、小学生の弟がばたばたと冷蔵庫に向かい、昨夜は見当たらなかったバースデイケーキを取り出した。


「お前らそのケーキどうしたよ」

「ちゃ、ちゃんとお小遣いで買ったから! マジで!」

「……うんうん」

「怪しいんだが」


 大方、入院している母から出してもらったのだろう。


 それはさておき――純白のショートケーキにぶすぶすと突き刺したロウソクは十七本。

 小学生の妹がコンロで別の一本に火を灯し、他の十七本にもその火を移して――全十八本。


 火を扱う妹に不安を覚えつつも二人のするに任せて――


「お前ら……朝からパーティーって浮かれすぎだろ……。ていうかケーキなんて重くて食えないから……」


 そう言ってやるのだが、まあ、夜はバイトで遅くなるからパーティーなんて出来そうもないし、それを考慮してのことだろう。

 二人に促されるまま席につき、朝なので電気を消しても全然暗くならないダイニングで行われる誕生日パーティー。とはいっても食べ物はケーキだけで、弟妹がバースデイソングを軽く歌って――


「ふうーって、一息に!」

「……一度に消せたら、願いごと叶うって」


 言われて、俺は少し考えて――ふっ、と。


 ロウソクの炎は一息にかき消され――今日もまた、新しい一日が始まるのだ。



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