Chapter1-episode13

まず、アサギリがそれに反応した。一瞬遅れて、空中で何かが炸裂する。瞬く間に路地いっぱいに煙が立ち込め、視界が奪われた。それと同時に、誰かに思いっきり後ろから口を塞がれた。

「っ……!?」

とっさに暴れようとしたが、すぐさま両手首を背中でつかまれてどうしようもなくなる。すると、背後の人物が耳元でささやいた。

「頼むから、じっとしといてくれよ?今助けてやるから。」

男性の声だった。驚いたアリスが身じろぎしようとすると、手をがっちりと押さえ込まれる。

「おっと、動くなって。……信じろとは言わないが、今この場は、味方だと思ってくれていい。」

アリスは、逡巡した。だが、すぐにうなずく。誰だか知らないが、あの騎士から狙われている状況から助けてくれるのならばためらってなどいられない。

背後の人物が、ふっと笑った気配がした。

「3つ数える。その間に、しっかり目を閉じな。あんたは、それだけすればいい。そうすりゃ助かるから。」

アリスはまたうなずいた。良い子だ、と背後の人物は言った。

「じゃ、いくぞ。3───」

徐々に、立ちこめていた煙が薄らいでいく。その向こう側に、うすぼんやりとアサギリの姿が見えた。

「2───」

目を閉じる。まぶたの裏で、アインの笑顔が見えた気がした。

「1───」

口を塞いでいた手が、腰に回った。同時に、膝裏を持ち上げられる。驚くほど簡単に身体を抱え上げられたアリスは、思わず出しそうになった声を唇を噛んで押しとどめた。

「───あげろ、ルカ!」

その声と同時に、身体を上に引っ張り上げられるような奇妙な浮遊感を覚えた。

そして、すぐに閉じたまぶたの向こう側が白く光った。思わず自分を抱え上げている人物の肩を強く掴むと、耳元でその人物は言った。

「閃光弾だ、安心しな!そのまま目、閉じてろよ!」

そうしているうちに、がくん、という衝撃とともに、どさっとどこかに投げ出された。ぱっと目を開けると、そこには見知らぬ二人の青年がいた。

一人は、明るい茶髪に薄青の瞳を持った背の高い青年。そして、もう一人は黒髪を無造作に結って帽子を被った青年だった。

そしてアリスが放り出されたのは、先ほどの路地に面するビルの非常階段だった。何階にあたるのかわからないがずいぶんと地面が遠い。

彼らの傍らには機体の大きなエアバイクが停めてあった。そこから伸びた配線はバイクの横に置かれた箱のようなものにつながっており、さらにそこから極太のワイヤーが帽子を被った青年の腰のベルトにつながれている。

これを操作して一気に魚よろしく釣り上げられたということを理解するのに、しばらくかかった。

アリスの顔を見た帽子を被った青年は、笑顔を浮かべた。

「よく頑張ったな。」

そして、すぐに彼は地上から忌々しげにこちらを見上げているアサギリに向かって口を開いた。

「よお、アサギリの旦那。こんなところで女を襲うたぁ、〈紅騎士〉の二つ名も泣くってもんだぜ?」

アサギリは剣を構えたまま、目を細める。

「こんなときに……よほど暇と見える。」

「大忙しの間違いだろ?」

彼は挑発的な笑みを浮かべた。それから、一瞬もう一人の青年に目配せをする。それで意図がわかったのだろう、茶髪の青年はすぐに配線を引っこ抜くと、エアバイクのエンジンをかけた。

キィン……という澄んだ高い音が辺りに響き始める。茶髪の青年は、半ば放心していたアリスの前に手を差し出してにっこりと笑ってみせた。

「さ、もうひとがんばりだよ!」

その笑顔につられるように手を出すと、彼はその手を握り軽々とアリスを立たせてエアバイクに乗せる。彼自身はその後ろに乗って、ハンドルを握った。

それを見た帽子の青年は、腰のワイヤーを外すと大元の箱ごとを持ち上げた。ひどく重たげなそれを手すりの上にのせた彼は、ためらいもなく箱を突き落とす。

そして、その行方を見届けることなくバイクの後ろに飛び乗った。

「よぅし、出発!」

場違いなほど明るい声で言った茶髪の青年は、ギアを切り替えた。

その瞬間、ふわりと車体が浮いた。青年がもう一度ギアを変化させると、バイクは勢いよく風を切って前進した。

眼下では、ちょうど帽子の青年が落とした箱が地面に落下したところだった。ものすごい物音とともに中身が飛び散ったのが見えた。アサギリは見事に全てを避けきっていたのだが、その隙にアリスたちをのせたエアバイクは路地を後にしていた。

何が起きているのかさっぱりわからないままだったが、とりあえず危機を脱したことは確かだった。

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