Chapter1-episode12

アインはどんどん先へ行ってしまう。人々の足元をすり抜けるようにして駆けていく少年を追いかけていくだけで精一杯だ。

「アインくん、待って―!!」

アリスの声に、アインが足を止めてこちらを振り返った。それはほんの一瞬のことだったが、確かに彼はこちらを見ていた。

『ごめんね。』

肩越しに振り返った少年の口元は、笑みをたたえながら、はっきりとそう動いた。

その意味を考えている暇もなく、アインは道を折れる。何も考えずにそのあとを追ったアリスは、思わず立ち止まってしまった。

そこはビルとビルの谷間のような、細い袋小路だった。そして、そこにアインの姿はどこにもない。アリスの前を走っていて、確かにここに曲がったはずの少年の姿は、忽然と消えていた。

「どういう、ことなの……?」

呆然としていたアリスだったが、意を決して路地へと足を踏み入れた。もしかしたら、物陰に隠れているのかもしれない。

「アインくん……?いるなら、出てきてくれるかな……?」

高いビルに囲まれて仄暗い路地に、自分の声と靴音だけが響く。そのことが、妙に気味が悪くて不安になった。誰かに、どこかから見られているような気がする。

「アインくん……?」

こつ…と、もう一歩踏み出した時だった。

「……来たか。」

いきなり背後から声が聞こえて、心臓が止まるかと思った。振り返ると、いつの間にそこにいたのだろうか、壁に背を預けてこちらを見ているひとりの男性がいた。

一房だけ色の違う、キャメルの髪。こちらに向けられる色素の薄い紫色の瞳は硬質で冷たい光を帯びている。まとう服は真紅で、腰のベルトからは剣の柄の部分だけが下がっていた。

「あなたは……。」

非常に危険な人物であることは、彼が出す雰囲気全体が物語っていた。警戒感を露わにするアリスに、男性はちらとも笑わずに口を開いた。

「―—俺はアサギリ。〈紅の咆哮〉にて、筆頭騎士を務めている者だ。……まあ、名乗ったところで、お前には意味のないことだが。」

起伏に乏しい声で言いながら、アサギリと名乗った男性は腰に下げた柄を握った。すると、ヴン……という虫の羽音のような音とともに微細な光の粒が柄の先に収束し、一振りの剣を形成する。青白い光をまとうそれを握ったアサギリは、無表情に続けた。

「この剣は本来、人を斬るために作られたものではないのだが……これも仕事だ。」

真紅の騎士は、つ、と目を細めた。それだけで、場の空気が一気に張り詰めた。

「何も知らないままの娘を殺すのは本意ではない。せめて、楽に逝かせてやろう。」

アリスは、無意識に数歩後退っていた。この急展開する事態に、思考回路はすっかりオーバーヒートしてしまっていた。

ひとつ確実に言えることは、このままでは殺される、ということだった。

「……な、なんで……?」

ようやく口をついて出た言葉に、アサギリは無言を貫いた。

そして、極限まで緊張が高まった、その時だった。

ひゅん、という、何か重いものが空を切る音が聞こえたのは。

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