Chapter1-episode10

買ったパンを預けて〈ライラック〉を出たアリスは、少年―アインに手を差し出した。

「はぐれちゃうとまた迷子になっちゃうから、手つなぎましょ?」

「うん!」

彼は手を握り返してくれた。思ったよりもずっと小さくて柔らかい手だった。

「さて、それじゃあ行きましょうか……と言いたいところなんだけど……。アインくん、どっちの方向から来たかわかるかな?」

「えっと……。」

アリスが尋ねると、アインはきょろきょろとあたりを見まわしたあと、アリスが来たのとは反対方向を指さした。

「たぶん、あっち。」

「そっか!じゃあそっちに行ってみよう。」

アリスとアインは歩き出した。

お昼休みのピークはすぎているので、往来にスーツ姿の人々はそれほど多くない。騒がしさと忙しなさの過ぎた、穏やかな夕暮れまでのひとときだ。

見慣れた光景であるのだが、時折ビルの窓ガラスに映るのはいつもとは違う自分の姿。小さい子と手を繋いで歩くなんてこととはついぞ縁のなかったアリスは、自然と笑みを漏らしていた。

「ふふっ……」

すると、アインが不思議そうな表情を浮かべてアリスを見上げてきた。

「どうしたの?」

「ん?ううん、何でもないの。私にはきょうだいがいないから、ちょっと嬉しくなっちゃって。」

気恥ずかしくなったアリスは、アインから視線を外すと前を向いた。エアバイクの機影が、魚のように道の上を滑っていく。

「……弟がいたらこんな感じだったのかなぁ。」

ぼんやりとそんなことを呟くと、不意にアインが尋ねてきた。

「アリスさんは、きょうだいいないの?」

「うん、私は一人っ子なんだ。アインくんは?」

「ぼくもひとりっこだよ。」

「そっかあ、じゃあお揃いだね!」

笑いかけると、アインは一瞬びっくりしたような顔をした後、すぐにこれ以上ないくらい嬉しそうな笑顔を浮かべた。

通りの交差点までやってきた。ここから向こう側は、中間階層第11街区になる。残念ながら、アインを覚えている人とは会えなかった。

(うーん……ここから先は行けないなあ。これ以上行くと、〈ライラック〉から遠くなっちゃう。)

そう思って、アインに声をかけようとしたそのときだった。

「あっ!!」

アインが突然大きな声を上げて、アリスの手を振り切って駆けだした。とっさのことで、止めるのが遅かった。

「アインくん!!」

アリスも小さな背中を追って走り出す。ここで見失うわけにはいかない。

 

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