悟りを開いとけば、ぽっちでも気にしない

 席につき、とりあえずコーヒーを一口。

 程よい温度が冷えてしまった体内を溶かすように温めてくれる。


「……」


 それよりもと、カップを置いたおれは店内をぐるりと軽く見渡した。

 どこを見ても店内にはリア充ばかり。

 ここにいる全員が今という時間を楽しんでいるようだ。

 全く、何故、人というのは誰かと媚びる習性があるのだろうか。

 動物と同じように一度野生に戻り、孤独に慣れれば媚びることなどする必要がないのに。むしろ、1人の方が圧倒的に楽だ。

 気を使わなくていいし、何かに遠慮する必要もない。なんでも好きにできる。


「はは……」


 たまらず、笑みがこぼれてしまう。


「ねぇ」


 そんなおれを見て、遥香は眉間にシワを寄せながら、声をかけてきた。


「なんだよ」


「あんたが何を考えようと勝手なんだけど、お願いだからその歪んだ笑みで笑うのだけはやめて。あたしまで変な目で見られそう」


「歪んでるとは失敬な」


 むしろ、悟りを開いた高僧の笑みだと思うが。

 なんて思いながら、遥香と他愛もない話をする。思えば、こうやって2人きりで何かを話すのも、久しぶりだな。

 それから話し込むこと1時間ほど。


「そろそろ帰ろっか」


「ん、ああ、そうだな」


 店内も混雑してきたため、それを察した遥香がそう言ってきたので、おれはトレーを返却口に持っていき、店から出ようとした。


「あれ、遥香じゃん」


 すると、入れ替わるように店に入ってきた人物に声をかけられた。


「玲香……」


 ハッとした表情で遥香はその人物の名前を口にした。


 市川玲香いちかわ れいか

 おれ達と同じクラスで遥香のグループとよくつるんでいるやつだ。

 ポニーテールが特徴の女子。

 ポニーテールが似合うのって漫画の世界だけかと思ってたけど、こいつは例外のようだ。


 ってそんなことよりも、なんだって、遥香と出掛ける度にこうクラスの連中と会うんだよ……

 あれか?磁石のように惹かれ合う運命なのか?こいつらは。そんなラブコメ展開嬉しくないぞ。


「奇遇じゃん。こんなとこで会うなんて」


 言いながら、市川はおれの方を少しだけ見てきた。全く、面倒なことになりそうだな……


「そう……ね……」


 ばつが悪そうに遥香はうつむいたままだった。そりゃそうだ。

 この前の遊園地の時に同じシチュエーションになって、どれだけ気不味い思いをしたか。ま、その原因を作っているのはおれなのだが。


 さて、この場を切り抜けるにはどうするべきか。

 また前みたいに付き合ってもらってたって言うべきなのか。

 とか、おれが色々と頭を悩ませていると。


「ふっ……」


 市川が突然、鼻で笑い出した。


「少し前に噂で聞いてたけど、やっぱ本当だったんだ。あんたたちが付き合ってるって」


「「……はっ?!」」


 市川の発した言葉に二人揃って素っ頓狂な声を上げてしまう。


 いつの間にそんな噂が……

 そんな噂、周りで誰も話して……って、おれ友達いねぇから聞くわけなかったな。

 うっかり忘れてた。むしろ、このまま忘れてたままがよかったわ。


「付き合ってなんかいないって。これは……」


「いいって。この場で認めちゃいなよ」


 なんとか取り繕うとした遥香だが、あっさり市川がその言葉を遮ってしまう。


「クラスの人気者がまさかこんな空気と付き合うなんてね。意外」


 まさに格好のネタを見つけたと言わんばかりにほくそ笑む市川。その笑みはまるで女王。いや、悪女と言うべきか。ていうか、空気言うな。傷付くわ。


「二人は付き合って長いの?」


「いや、だから付き合ってないってば……」


 困惑する遥香。

 しかし、市川がその言葉を信用するわけもない。

 ったく、めんどくさい噂が流れてるもんだ。

 一体、どういう流れで付き合ってるなんて結果に至るのか。

 おれは頭を抱えて、遥香の方をちらっと見た。すると。


「付き合ってなんかいない。だけど友達だよ」


 はっきりとした口調で、しっかりと市川の目を見て遥香はそう言った。


「少し前から喋るようになったんだ。意外と楽しいよ」


 ふふっと微笑むように笑う遥香。

 その表情を見て、ぽかんとした様子の市川。いや、面を食らったとでもいうべきか。

 かくいう、おれも面を食らった。

 まさか、遥香からそんなことを言うなんて夢にも思っていなかったからだ。

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