人間も人形も同じよ?

「お姉ちゃん?」


「……何よ」


 スピリアは不満げにプリムを見つめ返す。


「なんでこんなことをしようとしたのよ? リーフ君を魔導人形にしようだなんて、絶対におかしい!」


 非難の台詞を投げるプリムに対し、スピリアは片方の眉を上げる。


「おかしいですって?」


「だってそうじゃない! お姉ちゃんはリーフ君を思いのままにしてどうしたかったの? 操られたリーフ君は、今までのリーフ君と同じかしら? 違うでしょ? お姉ちゃんの操り人形になったリーフ君は、リーフ君じゃないわ! 彼そっくりの人形じゃない!」


 プリムはこの旅の中で気付いていた。リーフが自分に寄せている想いを。彼がどんな思いでローザシリーズという人形たちを作ってきたのか、それがわかったのだ。


 リーフがプリムと同じ人形を作り続けたのは、たとえプリムを思いのままに出来るような状態になっても、それが自分の好きなプリムではないと直感的にわかっていたからなのだ。プリムはプリムだからよいのだと、だから人形は人形なのだと。


「そんなことないわよ」


 責めるプリムにいらいらとした口調でスピリアは答え、続ける。


「わたしにふさわしい男なんてリーフぐらいでしょう? 将来を期待されている人形職人なのよ? ミールさんに認められた男。だからわたし、彼の力を最大限に引き出してあげようと思ったの。それができるのはわたししかいないと思ったのよ。なのにあいつ、このわたしを振ったのよ! 許せないったらありゃしない!」


「だからってそんな……。お姉ちゃんにとって、リーフ君ってなんなの? 彼は人間だよ? 血の通った、つらいときや嬉しいときを共有することの出来るかけがえのない存在なんだよ?」


「人間も人形も同じよ?」


 さらりと言ってのけるスピリアを前に、プリムはこのままの説得は不可能だと感じた。重要な部分が、完全にずれてしまっている。それはスピリアのもつ研究者としての思考の所為なのだろうか。


(人間も人形も対等に扱われるべきよ。でもそれは人間を人形にしていいということじゃない。人形にも人間と同じように扱われる権利があるってことじゃないの? 意のままに操るために傀儡師は存在するの?)


 プリムは悲しくなって、次の台詞を口にした。


「お姉ちゃん、自分がやったことわかっているの?」


「大したことじゃないわよ。この魔術を扱えるのもわたしだけなんだから。絶対に真似できるわけがないもんね」


 苛立った口調でありながら自信満々に語るスピリアに、プリムは悲しみをこらえることが出来ない。知っているつもりになっていた身近な存在の思考に自分がついていけないことを、分かり合おうと歩み寄ろうとしてもそれを受け付けようともしない深い溝があることを痛感した。


(――あたしとお姉ちゃんは違うんだ)


 その隔たりは決定的なもののような気がした。姉の後ろをついて回っていた自分との決別が、まさかこんな形で現れるとはプリムは予想もしていなかった。


(さようなら……)


 姉の人形のようになっていた自分と別れを告げる。ここからは自分の足で歩いていかなければならない。


「――で、まだ言いたいことはある?」


 感情に任せた言い方でスピリアはプリムに問う。


「……ないけど」


 急に問われて反応が鈍ったが、プリムは答える。


「じゃあしばらくお別れね」


「へ?」


 スピリアの台詞に合わせて二体の使用人型魔導人形が扉を開ける。その先には巨大な鳥の形をした魔導人形。スピリアはつかつかとそちらに移動する。あっけにとられたプリムには引き止める余裕がなかった。


「計画ではここにリーフがいるはずだったんだけど仕方がないわ。仕切りなおしよっ」


 ふわりと身軽に魔導人形に乗ると、プリムの台詞を待たずに飛び立ってしまう。


(なんて自分勝手な……)


 外に出て、小さくなっていくその影をプリムはずっと見つめる。あの様子では当分の間帰ってきそうにない。


(でも、これで終わったんだ)


 プリムは小さく笑むと、屋敷の中に戻った。

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