護身用の魔導人形、ウード

 道なき道をずんずん進んでいくと、そう経たないうちに開けた場所に出る。そこにはリーフがよく知る人物が立っていた。その奥にある巨大な飛行用魔導人形にも見覚えがある。


「お久しぶりですね、リーフ君。前回の査定以来でしょうか」


 三十を過ぎているはずだが、少年にしか見えない容姿を持つ男はにっこりと微笑んだ。羽織った真っ白で上質の外套は、腰まで伸びる長い銀髪とともに風に揺られている。宝石のように美しい色の瞳がリーフに向けられていた。


「まさか会長が直々に現れるとは思っていなかった」


「こちらもあなた一人でやってくるとは思いませんでしたよ」


 リーフの目の前に立っている人物は、魔導人形協会会長のミール=クリサンセマムだ。リーフは彼にその技術を高く評価してもらっており、査定の度に顔を合わせていた。アストラルシリーズのイールを発注した人物でもある。


「プリムは馬車に残してきた。あんたがいるような気がしたんでね」


「これの所為でしょうか?」


 ミールは足元に置いていた旅行用の大型鞄を開けると、中から乳児ほどの大きさの魔導人形を取り出して見せる。


「ウードだな」


 魔導人形の顔を見てリーフは呟く。その人形はミールから直接発注を受けた護身用の魔導人形であった。


「よく覚えていますね。イールのときといい、あなたは自分が作った人形の名前を全部覚えていらっしゃるのですか?」


「自分の分身みたいなものだからな。たぶん、顔を見れば全部わかる」


「あの奇妙なローザシリーズも、顔でわかると?」


「!」


 ローザシリーズの名前が出て、リーフは表情を固くする。


「プリムさんに瓜二つの観賞用人形。あんなものを作るあなたの気持ちが理解できませんよ」


「――そんなことをわざわざ言いにきたわけじゃないんだろ?」


 プリムの名前が出たことに、リーフはますます苛立ちを隠せない。


「無関係ではないと思いますけどね」


 ミールはその問いに対して肩をすくめた。


「用件はなんだ? プリムを待たせているんだ」


 リーフが問うと、ミールは真面目そうな顔をして口を開いた。


「――あなた、プリムさんの人形ですね?」


「気付いていたのか」


 普段なら唾を飲み込むところなのだろうが、人形となった今の身体ではそんな生体反応はない。リーフは改めて自分の身体が人形化していることを思い知らされる。


「イールの様子がおかしくなった時点でね。――一体何があったんですか? 生身の人間を魔導人形化するなんて通常はありえない」


 ミールの探るような目を見て、リーフははたと気付く。イールが何故自分の雑記帳だけを持ち去ったのかがわかったのだ。


「――なるほど、あんたは俺を疑っていたわけか。それで雑記帳を奪った。――残念だが、俺が故意に引き起こしたことじゃないぜ。それだけの技術と知識は持ち合わせていない」


「全くないわけではないでしょう? でないとアストラルシリーズなんて物騒なものを作成できるはずがないのですから」


「基礎技術としては充分だろうな。でも犯人は俺じゃない。プリムの指には指輪があったからな。――証拠としては不十分か?」


 たとえ当日の記憶がなかったとしても、それだけははっきり言えた。何故なら、プリムの指には契約エンゲージを示す指輪があったからだ。つまり、これは傀儡師が扱うべき魔術であり、派生した体系の異なる人形職人の扱う魔術によるものではない。ゆえに、傀儡師の扱う魔術にうといリーフが行うには限界がある。


「いえ、誰が犯人だろうと私は構わないのです」


「え?」


 意外な返事にリーフは目を丸くする。


「この魔術が公にならないうちに抹消することができればよいのですから」


「あんたそのために……」


「えぇ。そうですよ。――ですから、あなたがこんな状態になった経緯を教えてくれさえすれば私の目的は達成されます」


 淡々と告げるミールの台詞に、リーフは薄ら寒いものを感じていた。何故ならば――。


(この男、事例としての情報さえ集まれば、俺たちを口封じのために殺してもいいと思っていないか?)


 人間を人形にしてしまった例としての情報が欲しいだけ。その人間たちはことが公にならないうちに消えてもらった方がよい――彼がそう判断すれば国はそれを正しいこととしてお咎めなしで済ませるだろう。魔導人形協会会長という権力はそれだけの力を有していた。


「あいにく、こうなってしまった当時の記憶がないんだ。魂が砕け散った影響なのかもしれないがね」


「都合がいいのですね」


「それには俺も同感だ」


 あっさりとリーフがうなずくので、ミールはそれ以上の追究を諦めた。リーフを問い詰めたところで、有益な情報は出てこないと判断したのだ。彼は顔をしかめる。


「ならば厄介ですね……。わかりました。私も犯人を捜しましょう。私が先に犯人を見つけた場合、処分は任せてもらいましょうか」


「どっちにしてもそうなるだろうよ。んじゃ、俺は俺でこの件の真相を探るから、文句はつけないってことで」


「ばらばらに探した方が確かに良いでしょう。完全にその条件を飲むことはできませんが、今は不問と言うことであなた方を見逃します」


「助かるよ。俺は人形になるつもりはさらさらないんでね」


 それに対し、ミールは首を傾げる。


「――本当にないのですか?」


「あるわけないだろ?」


「ふぅん……。ではそういうことにしておきましょう。今日は情報を提供してくれた礼としてこちらのウードを差し上げます。どうぞ」


 引っかかるところがあったが、ミールはあまりのんびりしている時間がないことに気付いて、持っていたウードをリーフに投げ渡す。


「おいおい、人形は大事に扱えって!」


 しっかり受け取るとミールをにらむ。人形を大事にしない人間は好きになれなかった。


「またお会いしましょう」


 リーフの文句を聞き流してにっこり微笑むと、後ろに待機させていた飛行用魔導人形に颯爽と乗り込む。かと思うとその人形は垂直離陸して飛び去った。


「…………」


 飛び去った方角をしばし見つめ、リーフは人形に視線を移す。


(会長が絡んできたとなると厄介だな……)


 リーフは頭痛を感じながらプリムの待つ馬車に向かった。

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